出会い・前編

 ミドルポート近海を航行していた大型船に目をつけたハーヴェイは、同じ縄張り内で暴れ回る数人の海賊たちと共に、その船へと乗り込んだ。こちらの船が小さく、小回りが利くことを利用した素早い戦法だ。
 タラップを一気に走り抜けて船内に突入すると、既に臨戦態勢の船員たちが出迎える。外観から、それなりの金持ちの船だろうと判断して襲いかかったのだが――。
「……なあ、こいつら……」
「……ああ……これは、金持ちの船なんかじゃねえみたいだな」
 剣や槍、斧などの武器を手にした連中のなりは、海賊とそう変わらない……と言うより、海賊そのものだ。小綺麗な衣服に身を包み、形ばかりの武器を構えておびえている連中を想像していただけに、自分たちとよく似た出で立ちの敵を見た海賊たちは、思わず唖然としてしまう。それまで不敵な笑みさえ浮かべていたハーヴェイも、まったく同じ気持ちだった。
「なんだぁ? 金持ちっぽく化けた海賊の偽装船かよ?」
「……それにしちゃあ、ずいぶんと積荷の少ねえ船だよなぁ……」
「――海を荒らし回る海賊どもめ。我々の船に乗り込んだが最後、生きて帰れると思うなよ!」
 不意に、この場には不似合いな若い男の声が響き渡った。どう聞いても、目の前のむさ苦しい荒くれどもが出すような声ではない。油断なく武器を構えながらも、新たな敵の正体を確かめるために、声の主を探す。
 その人物は、軽く道を開けた荒くれどもの背後から姿を現した。こちらを見下ろしていたのは、ハーヴェイより頭一つ分は背の高い青年だった。すらりと伸びた痩躯を地味な色合いの服で包み、充分に「美青年」と呼べる端正な顔をしかめて睨みつけてくる。どこか品のある青年と荒くれどもの組み合わせは、あまりにも不釣り合いだ。その光景にぽかんとしていると、背高い青年は片手を腰に当ててゆっくりと前進し、海賊たちの先頭に立っていたハーヴェイを見下ろした。身長差をものともせずに真正面から睨み返すと、青年は目を丸くした後、ぽつりと呟く。
「……なんだ、まだ子供じゃないか」
「!!」
 頭に、一気に血が上った。童顔である事は自覚しているが、自分とそう歳の変わらない見かけの青年に言われると、悔しさも倍増だ。剣を持っていない左手で作った拳を強く握り締めたハーヴェイは、怒りを押し殺した低い声で言い返す。
「……俺は、これでも22だ。そういうてめえはいくつなんだよ」
「……それは奇遇だな。俺も同じ歳だ」
「だったら、俺はてめえに子供扱いされる筋合いはねえ。仮に子供だったとしても、ナメてかかると痛い目に遭うぜ?」
「人の船を襲うような子供には容赦などしない。その腐った根性を叩き直すまでさ。……無駄話はここまでだ! 覚悟しろ、海賊どもめ!」
 この声を合図に、青年の後ろで暇を持て余していた荒くれどもが、雄叫びを上げて一斉に向かってくる。たちまち大混乱となる敵艦の甲板上で、青年はその場から一歩も動かなかった。自身は戦わず、傍観するつもりなのか――そう思った矢先に青年の右手が上がり、一瞬、鋭い光が煌めく。
 気付いたと同時に、〝それ〟が放たれた。まっすぐにこちらへ向かってきた光を、剣で払い落とす。
 足下に落ちた〝それ〟は、小さく鋭利な刃だった。急所に当たれば、命を落としかねない。近距離戦を得意とするハーヴェイにとって、最も危険な類の相手だ。
 舌打ちする間もなく、二投目が放たれる。それも間一髪で弾き飛ばしたハーヴェイは、荒くれどもを相手にするのを諦めて青年と対峙した。強敵を前にして、体中の血が沸き立つ。
 獲物を狩る野性の獣のように素早く飛びかかるハーヴェイへ、今度は複数の刃が放たれる。いくつかを避け、もういくつかを剣で弾き落としてから、一気に距離を詰めた。長身の青年の体は宙を切る剣からぎりぎりの所で逃れ、後方へと飛ぶ。
「くっ……どこまでも目障りな!」
 扱う武器は異なれど、実力は互角。戦いを楽しんでさえいる様子のハーヴェイに、青年は苦々しい表情でうめいた。容赦なく剣を振り回し続けるハーヴェイも、精悍な顔に不敵な笑みを浮かべて答える。
「お上品な顔して、てめえも海賊なんじゃねえのか? 少なくとも、あんたのお仲間はどう見ても海賊にしか見えないぜ? ……だいたい、こんなでかい船に乗っておきながら、旗を掲げていないなんて怪しいな」
「き、貴様ら海賊と一緒にするな! 我々ミドルポート艦隊は海の平和と秩序を守るために、貴様らのようなならず者を……」
「ミドルポート艦隊? ……はっ、何が〝海の平和と秩序〟だ。てめえらの噂は聞いてるぜ。本物の海賊より冷酷非情、通りかかる船を襲ってめぼしいモンを奪った後、証拠を揉み消すために一人残らず海に沈めてるって言うじゃねえか。それで正義の味方気取りたぁ、聞いて呆れるぜ!」
「黙れ!!」
 おとなしそうな外見に似合わず、逆上しやすい男のようだ。先ほどの冷静さはどこへやら、頬を紅潮させてでたらめに刃を投げてくる。当然、ハーヴェイはそのすべてを難なくかわした。
 周囲に目をやると、青年側の荒くれどもは甲板に転がって呻いている。勝負はついたも同然だ。味方を戦闘不能に追い込まれ、冷静さを欠いた青年に勝ち目はない。
「ちっ……ミドルポートの船っていう割にはシケてるな。ロクなモンがねえ」
 屈辱に震える青年を残し、海賊たちは積荷を物色して口々に文句を言う。それでも何も盗らないわけではなく、それなりに高価そうな品を手にしていた。もはや、嫌がらせにも近い。
 青年にこれ以上戦う気がないと悟ったハーヴェイは、武器をおさめて背を向けた。戦意を喪失した相手を痛めつける趣味は無い。何より、この青年がミドルポートの人間であることを利用させてもらういい機会だ。
 相手に向き直り、顎を引いて胸を張った。挑発するようなポーズで、威勢良く。
「俺は、この辺で売り出し中の二枚目海賊・ハーヴェイ様だ! そのうち、群島中に名をとどろかす大海賊になってやる。よぉーく覚えとけよ、色男!」
 高らかに宣言したハーヴェイは、颯爽と身を翻してミドルポート艦を後にした。

 ミドルポートに帰った青年の怒りは、なかなか治まらなかった。
 共に船に乗り込んでいた荒くれどもは、一時的に雇った捨て駒なのでどうでもいい。代わりはいくらでもいる。
 だが、主であるミドルポート領主には冷たくあしらわれ、無能扱いされた。感情を押し殺してひたすら頭を下げ続け、引き続き海賊の取り締まり任務に当たるように言われて、現在に至る。
 自室に戻るなり、テーブルに思いきり両拳を叩きつけた。机上に置いてあったティーカップや筆記具等が、騒がしい音を立てて数センチ跳ね上がる。
「……くそっ……!」
 乱暴に座ると、華奢な椅子の脚が危うい音を立てて軋む。それにも構わず、青年はおのれの胸元を服の上から押さえ、誰にともなく怒鳴り散らした。
「その名前、絶対に忘れるものか。……ハーヴェイ……貴様だけは、どんなことがあろうと海の底に沈めてやる……!!」
 目を閉じても、あの顔が瞼の裏に浮かぶ。
 海賊にまんまとしてやられた青年は、その夜、怒りのあまり一睡もできなかったのだった。
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