それはきっと、一時の気の迷い
珍しいこともあるものだと、ハーヴェイは目を丸くした。まだ昼間だというのにシグルドが自室のベッドに横たわり、静かな寝息を立てているからだ。
(……酒の匂いはしねえな……酔っ払って寝てるわけじゃなさそうだ。顔色も悪くない。ただ単に、昼寝をキメてるだけか)
頭領であるキカの右腕を務めていることで、人一倍神経を使うからだろうか。じわじわと疲労が蓄積していたのかもしれない。加えてシグルドは自分の相棒でもあり、何かと突っ走りがちな己 をよくサポートしてくれる。他にもナレオに稽古をつけたり、頻発する己とダリオのケンカの仲裁をしたりと、実に盛りだくさんだ。そりゃ疲れるよなと、一人で納得する。
(こいつは、人のために働き過ぎだな。たまには誰にも邪魔されずに体を休めたいって気持ちは分かる。無理やり起こすのはやめとくか)
俺にだって、それくらいの情けはある。だから今は、好きなだけ寝かせておこう。そう決めてハーヴェイがシグルドに背を向けた、その時。
「……ん……ハー、ヴェイ……」
唐突に名前を呼ばれ、ハーヴェイは、驚いて振り返った。だがシグルドの目は閉じられたままで、その口からは、再び気持ちの良さそうな寝息が聞こえてくる。
「……んだよ、寝言かよ。驚かせんなよ……」
俺たちは夢の中でも組んでいるのか。ここにいる現実の俺を差し置いて? なんだか、ちょっと腹が立ってきたぞ。やっぱり今すぐ叩き起こして、俺の暇つぶしに付き合わせるか。などと考え直し、ハーヴェイは再び、シグルドのベッドに近付いた。肩を揺さぶって起こそうと手を伸ばしかけ――だがその手が、シグルドに触れる直前で引っ込められる。
「……」
身長差があり過ぎて普段は見下ろされてばかりだが、今は必然的に、己が見下ろす形に。寝顔も無防備を通り越してアホ面とすら思え、おかしさと愛おしさのような感情が同時に込み上げた。この島に来た当初の警戒心剥き出しだった男と同一人物だとは、とても思えない。しかしそれだけここに馴染み、相棒である自分にも気を許しているということなのだろう。まだまだ海賊らしからぬところはあるが、シグルドにとっても、今やこの海賊島は「ホーム」なのだ。
(……もう、ミドルポートからの刺客に怯 えることはねえ。こいつはキカ海賊団の一員で、俺の相棒だ。これからもずっと、こうして一緒に)
シグルドの穏やかな寝顔を、ほぼ真上から眺める。もしここに仲間たちがいたら、「そのままキスでもすんのか」「いっそしちまえよ」「キース! キース!」などと囃 し立てられていただろう。仲の良さと距離の近さを揶揄 されることなど、日常茶飯事だ。
(本当にしちまうか。……って何考えてんだ、俺は)
ふと頭をよぎった考えに、ハーヴェイは、ブルブルと身を震わせた。こいつは恋人とかじゃねえ、あくまでも相棒だ。しかも俺より図体のでかい野郎だぞ。俺にそっちの趣味は。
(……何だ、なんでドキドキしてんだ、俺。こいつとならいいかなんて、思っちゃいねえ。思っちゃいねえぞ)
湧き上がる気持ちを否定しながらも、視線はシグルドの薄く開いた唇に。ごくりと唾を飲み込んだハーヴェイの顔が、吸い寄せられるようにそこへと近付き――
目が、合った。うっすらとではあるがシグルドの目はいつの間にか開かれていて、ハーヴェイをぼんやりと見つめている。
「!!」
鼻先に息がかかるほどの至近距離。ハーヴェイの頭の中が真っ白になり、飛び退くことも忘れて固まった。一方のシグルドはゆっくりと瞬きを繰り返し、現在の状況を把握しようとしている。
「……ハーヴェイ……?」
囁くように名を呼ばれた瞬間、急激にハーヴェイの思考能力が戻ってきた。彼は素早く顔を上げるとズボンのポケットから一本のペンを取り出し、それを見せつけるように手に握る。
「……チッ、もう起きちまったか。せっかくお前が爆睡してる間に芸術的な顔にしてやろうと思ったのによ」
「……なっ……! お前まさか、俺の顔に落書きしようとしていたのか!?」
「あーあ、もう少しだったのによぉ。残念だぜ」
「やられる前に起きて良かったよ。まったく……子供か」
――食材調達メモ用に、ペンを携帯していて本当に良かった。ナイス、俺!
上半身を起こして溜め息を吐くシグルドから距離を取り、ハーヴェイは不敵な笑みを浮かべながら、懸命に平静を装ったのだった。
ハーヴェイが己の内に芽生え出した真の気持ちに気付くまで、あと少し。
(……酒の匂いはしねえな……酔っ払って寝てるわけじゃなさそうだ。顔色も悪くない。ただ単に、昼寝をキメてるだけか)
頭領であるキカの右腕を務めていることで、人一倍神経を使うからだろうか。じわじわと疲労が蓄積していたのかもしれない。加えてシグルドは自分の相棒でもあり、何かと突っ走りがちな
(こいつは、人のために働き過ぎだな。たまには誰にも邪魔されずに体を休めたいって気持ちは分かる。無理やり起こすのはやめとくか)
俺にだって、それくらいの情けはある。だから今は、好きなだけ寝かせておこう。そう決めてハーヴェイがシグルドに背を向けた、その時。
「……ん……ハー、ヴェイ……」
唐突に名前を呼ばれ、ハーヴェイは、驚いて振り返った。だがシグルドの目は閉じられたままで、その口からは、再び気持ちの良さそうな寝息が聞こえてくる。
「……んだよ、寝言かよ。驚かせんなよ……」
俺たちは夢の中でも組んでいるのか。ここにいる現実の俺を差し置いて? なんだか、ちょっと腹が立ってきたぞ。やっぱり今すぐ叩き起こして、俺の暇つぶしに付き合わせるか。などと考え直し、ハーヴェイは再び、シグルドのベッドに近付いた。肩を揺さぶって起こそうと手を伸ばしかけ――だがその手が、シグルドに触れる直前で引っ込められる。
「……」
身長差があり過ぎて普段は見下ろされてばかりだが、今は必然的に、己が見下ろす形に。寝顔も無防備を通り越してアホ面とすら思え、おかしさと愛おしさのような感情が同時に込み上げた。この島に来た当初の警戒心剥き出しだった男と同一人物だとは、とても思えない。しかしそれだけここに馴染み、相棒である自分にも気を許しているということなのだろう。まだまだ海賊らしからぬところはあるが、シグルドにとっても、今やこの海賊島は「ホーム」なのだ。
(……もう、ミドルポートからの刺客に
シグルドの穏やかな寝顔を、ほぼ真上から眺める。もしここに仲間たちがいたら、「そのままキスでもすんのか」「いっそしちまえよ」「キース! キース!」などと
(本当にしちまうか。……って何考えてんだ、俺は)
ふと頭をよぎった考えに、ハーヴェイは、ブルブルと身を震わせた。こいつは恋人とかじゃねえ、あくまでも相棒だ。しかも俺より図体のでかい野郎だぞ。俺にそっちの趣味は。
(……何だ、なんでドキドキしてんだ、俺。こいつとならいいかなんて、思っちゃいねえ。思っちゃいねえぞ)
湧き上がる気持ちを否定しながらも、視線はシグルドの薄く開いた唇に。ごくりと唾を飲み込んだハーヴェイの顔が、吸い寄せられるようにそこへと近付き――
目が、合った。うっすらとではあるがシグルドの目はいつの間にか開かれていて、ハーヴェイをぼんやりと見つめている。
「!!」
鼻先に息がかかるほどの至近距離。ハーヴェイの頭の中が真っ白になり、飛び退くことも忘れて固まった。一方のシグルドはゆっくりと瞬きを繰り返し、現在の状況を把握しようとしている。
「……ハーヴェイ……?」
囁くように名を呼ばれた瞬間、急激にハーヴェイの思考能力が戻ってきた。彼は素早く顔を上げるとズボンのポケットから一本のペンを取り出し、それを見せつけるように手に握る。
「……チッ、もう起きちまったか。せっかくお前が爆睡してる間に芸術的な顔にしてやろうと思ったのによ」
「……なっ……! お前まさか、俺の顔に落書きしようとしていたのか!?」
「あーあ、もう少しだったのによぉ。残念だぜ」
「やられる前に起きて良かったよ。まったく……子供か」
――食材調達メモ用に、ペンを携帯していて本当に良かった。ナイス、俺!
上半身を起こして溜め息を吐くシグルドから距離を取り、ハーヴェイは不敵な笑みを浮かべながら、懸命に平静を装ったのだった。
ハーヴェイが己の内に芽生え出した真の気持ちに気付くまで、あと少し。
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