失われた片翼 -Side Blue-

 突如ぷつん、と音がして、首飾りの紐が切れた。細かい石が地面に散らばり四方八方に転がって行くのを、ブルーは茫然と見つめる。
「……何だ……? キングダムに何かあったのか、それとも……」
 足下に落ちたペンダントトップを拾い上げ、燃えるような赤色の空を見上げる。鮮やかな夕焼けを映した青い瞳が、困惑と不安に揺れた。

「貴方の双子の兄弟・ルージュは、旅の最中さなかに命を落としました」
 『ゲート』を使って音もなく現れたマジックキングダムからの使者の言葉に、ブルーは耳を疑った。そのあまりの衝撃に、思わず訊き返してしまう。
「命を、落とした……?」
「これにより貴方は、完全な術士となる機会を永遠に失いました。ですが、貴方は生まれつき魔力の強い双子。そして見たところ、時空術の資質はまだ得ていない様子。よって、どちらかの資質の会得後に帰還を許可します。さすれば貴方一人でも、十分にキングダムの力となりましょう」
「……」
 信じられない。この手でたおすはずだったまだ見ぬ片割れが、道半ばで死んだなど。
 信じたくない。お前のせいで俺は、生涯不完全な術士のまま生きて行かねばならないという事実を。
 凄まじい喪失感に襲われてその場にくずおれそうになるのを懸命に堪えながら、ブルーは、絞り出すような声で使者に尋ねる。
「……ですがキングダムは、双子に生まれながら完成されることのない術士を必要とするでしょうか? 私は校長からも期待されて、キングダムを旅立ったというのに。完全な術士にはなれない私が時・空どちらか一方の術の資質を得たところで、果たして意味はあるのでしょうか……?」
「意味はあります。空術と時術はその特性から、資質を会得できるのはこの世で一人のみ。そのため修得の難易度も高いとされますが、極めて強力な術です。空間を、もしくは時間を自在に操ることができれば、如何なる敵も打ち倒すことができるでしょう。両術には、それだけの価値があるのです」
 こう説かれてもなお迷い、苦悩するブルーへ、使者は淡々と続ける。
の者が落命したのは貴方のせいではありません。貴方はただ、おのれに課せられた使命を果たせば良いのです。――報告は以上です。誇りあるマジックキングダムの術士として、これからも励みなさい」
 そう言って使者は、姿を消した。後には、言葉を失い立ち尽くすブルーだけが残された。

 マジックキングダムの術士としての務めを果たすため、ブルーはムスペルニブルに居を構える妖魔の君・ヴァジュイールを介して時間妖魔のリージョンへと踏み込み、時術を編み出した妖魔・時の君を斃して時術を統べる者となった。
 だがブルーに、達成感はなかった。「心が二つに分かれている」ままのため心術の資質は得られず、自身が使いこなせるのは生まれつき資質を会得している魔術を除いて新たに修得した陽術・秘術・時術のみと、物足りなさは否めない。
(やれることはやった。あとはキングダムに帰るだけだ。だが……こんなはずではなかった。俺は生涯凡庸な術士として、キングダムで生きることになるのか。未熟なばかりに死んだ片割れに、未熟なままの術士。とんだ笑い者ではないか)
 帰りたくない。そんな思いが頭をもたげた。このまま行方をくらますことができれば、どれだけいいだろう。
 だが例えその道を選んだとしても、キングダムの術士たちはきっと、地の果てまで追ってくる。マジックキングダムに生まれ育った術士は故郷に絶対の忠誠を誓わされ、終生術を究めることを義務付けられるのだから。
 故郷へ帰還することに躊躇ためらいが生じたブルーの心情を見透かしたかのように、マジックキングダムからの使者が現れた。やはり〝見張られている〟――ブルーの心に、絶望が広がる。
「無事に時術の資質を会得したようですね。お疲れ様でした。さあ、共にキングダムへ帰りましょう。校長が、首を長くしてお待ちです」
「……はい」
 マジックキングダムに絶対の忠誠を誓い、他の生き方を知らないブルーに、逆らうすべはなく。一度は迷いながらも彼は故郷へ戻ることを選び、使者と共に『ゲート』をくぐった。
 マジックキングダムの術士たちや校長を含む学院の者たちはブルーの帰還を喜び労ったが、片割れを失い『完全な術士』になることができない彼へ次第に哀れみと好奇の目を向け始め、双子の術士としての矜持を傷つけられたブルー自身も、精神的に追い詰められて行った。

 それから、わずか数日後のことだった。マジックキングダムが、大災厄に見舞われたのは。

 学院の地下から大量のモンスターが湧き出したことで大勢の術士が死に、マジックキングダムは、一瞬にして瓦礫の王国と化した。
 身に付けた術を駆使し全力で応戦したブルーはなんとか生き延び、彼同様運良く生き残った術士たちに乞われて地下に隠されていた『地獄』と呼ばれる空間へと赴いたが、彼が地上へ戻ってくることは、二度となかった。
 残された術士たちは代わる代わる『地獄』へと続く道の前に立ち、再びモンスターが溢れ出さぬよう結界を張り封印を維持しながら、崩壊したマジックキングダムを復興させていった。どの術士たちも疲弊し、ブルーが知ることのなかった『新生児処理施設』で作られた人工双子たちが成長するのを心待ちにした。術士たちの限界がとうに超えていたのもあってか、次に〝選ばれた〟宿命の双子は当時のブルーとルージュより五、六歳も年下の者たちだった。
 彼らもまた「双子の片割れを殺せ」と命じられ、一人の『完全な術士』となるため、マジックキングダムを旅立って行った。ブルーが行方知れずとなったことで術士たちの間では時術の存在そのものが消滅したのではないかとまことしやかに囁かれたが、真相を知る者はなかった。

 ――そして歴史は、悲劇は繰り返される。
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