粗品と呼ばないで

「……なぁ、ブルー。気付いてるか?」
 横に並んで声を掛けてきたリュートに、ブルーは訝しげに答える。
「何がだ」
「タンザーを出てから、ずっと尾行されてる」
「……何?」
 俺としたことが、ルーンの石を得たことで安心して気が緩んでいたのか。険しい表情で後ろを振り返ると、そこには一匹の小さなスライムがいるだけで――いや、なぜこんな街中にスライムが。当然敵モンスターとみなしてブルーが即座に攻撃術の詠唱を始めると、スライムはぴゃっ! と驚いたように飛び上がり、リュートが慌てて止めに入る。
「ちょっ、待て待て! 倒せとは言ってない! ……あちらさんに戦う意思はないみたいだぜ? ただ、いつの間にかついてきてたってだけで……もしかしたら、俺たちの仲間に加わりたいんじゃないかと思ってさ。なあ、そうなのかい?」
 リュートが尋ねると、スライムはどこか嬉しそうに体を左右に動かしてみせた。他のリージョンにいるスライムのように言葉を話すことはできないものの、人語は理解できるらしい。だがブルーは険しい表情を崩さぬまま、スライムを見下ろす。
「こいつが? クーンのような意思疎通のできるモンスターならまだしも、こんな得体の知れない奴の面倒など見きれんぞ」
 そう言っていったんは言葉を切ったものの、すぐに何かを閃いたらしく、ブルーは続ける。
「……こいつの同族と戦ってみれば分かるか。敵側につくようならば、一緒に倒してしまえばいい。――無機質系のモンスターがいる場所へ向かうぞ。ゲンたちを連れ戻して来い」
「うわあ、無慈悲……同族と戦うって、結構キツいものがあるんじゃないかねえ」
 苦笑いしながらも、リュートは向こうの店で買い物をしているゲンたちを呼び戻すために走って行った。

「……この子、悪い子じゃないよ。本当にボクたちの仲間になりたくてついてきたみたい。だから、わざわざ同族同士で戦わせるのはやめようよ」
 モンスター同士、何か通じ合うものがあるのだろう。クーンが、提案者であるブルーに懸命に訴えた。その傍らではゲンが剣の柄でスライムを突き、メイレンに咎められている。
「お前には、こいつが何を言っているのか分かるのか?」
「なんとなく。今は、ちょっと怯えてる。でも戦う時は、頑張ってボクたちの役に立ちたいって」
「……」
「モンスターにおける変わり者か。まあ、私に言われたくはないだろうが」
 上級妖魔でありながら医者でもあるヌサカーンが、スライムを無表情で見つめながら呟いた。皆の注目を浴びて恥ずかしくなったのか、スライムが体を縮こまらせる。
「――心拍数上昇。現在、緊張状態にあると思われます」
「スライムでも緊張することってあるのね……ちょっと繊細な個体なのかしら」
 T260の分析に、メイレンが興味深そうにスライムに近付く。それに気付いたスライムはまたもやぴゃっ! と飛び上がり、素早くクーンの背後へと移動した。どうやらこの顔触れの中で、自分を庇ってくれそうな存在だと認識したらしい。それを見て、メイレンがわずかに目を吊り上げる。
「失礼ね、取って食ったりしないわよ。私にそういう趣味はないわ。……クーンの言うとおりわざわざ同族同士で戦わせる必要はないと思うけど、実力と誠意は見てみたいわね。だから、ブルーの提案には半分賛成。どこか戦える場所に向かいましょう」
「俺も賛成だ。敵さんも強くなってきてるしな。便利な能力をガンガン吸収して、クーンとタメを張れる戦力になってくれることを期待してるぞ」
 メイレンとゲンの言葉に応えるように、スライムは一度、力強く伸び上がった。

 ブルーのリージョン移動で一瞬にしてシュライクに到着し、一行は、武王の古墳へと入った。ここは無機質系も多く徘徊しているがモンスターの種類が豊富で、冒険者たちの間では“稼ぎのダンジョン”として有名だからだ。
 いざ戦闘に突入すると、スライムは果敢に敵へと立ち向かった。戦闘経験が少ないためか役に立つとは言い難く、しばらくの間はすぐに弾き飛ばされては戦線離脱する、を繰り返していたが、運良く残ることができた時にはブルーたちが倒したモンスターの能力を吸収し、その力を少しずつ発揮するようになっていった。やる気は充分らしい。
 さらに奥へと進むと、いよいよスライムの同族である無機質モンスターと出くわした。相手は明らかにスライムより格上だったが、スライムはひるむことなく格上の同族と対峙し、戦い、時には身に付けたばかりの回復技でブルーたちを援護した。人間たちに味方することに、本当に迷いは無いようだ。
「お前、やるなあ。もう既に立派な戦士の一員だよ。なあ、ブルー?」
 戦闘終了後にリュートが言えば、
「ああ。戦力としてはまだいささか物足りなさがいなめないが、なかなか的確な立ち回りだった。少なくとも、足手纏いだとは思わなかったぞ」
「だってさ。リーダーにお褒めいただけたぜ、良かったなあ」
 ブルーの返答を聞いた途端、スライムが楽しげに体を左右に揺らし始める。
「……お? 喜んでるのか?」
「うん、とっても喜んでるよ。『褒めてくれて嬉しい、ありがとう、これからも頑張る』だって」
 クーンの翻訳にリュートはうんうんと頷き、ブルーの表情も少し和らぐ。
「へえ、健気で可愛い奴じゃないか。……たくさん戦って疲れただろうし、そろそろ宿に行かないか? あんまり遅くなると、どこの宿も入れなくなっちまうぞ」
「そうだな、そうするか。――引き上げるぞ。往路では相手にしなかったモンスターを倒しつつ、宿へ向かう」
 ブルーの指示で、方々に散っていた仲間たちが彼の元へと集う。敢えて徒歩で帰ることを選んだブルーに仲間たちは、スライムを仲間の一員として認め、鍛える意思があるのだと知って、彼なりの思いやりを感じ取ったのだった。

 宿に着くと、疲れていたらしいメイレンとクーンは早々に部屋へと篭り、ゲンとリュートは夜に飲むという酒を調達しに行き、T260は中島製作所へと向かい、ヌサカーンは野暮用があると言って何処かへと消えた。仲間たちは好きにさせておくことにして、一人部屋を取ったブルーは、長い溜め息を吐いてベッドに腰掛ける。
(……さすがに疲れたな。タンザーの体内の気色悪さと異臭が少々こたえたようだ。今日は深夜近くまで読書などせずに、早く寝たほうがいいのかもしれない)
 しばらく座っているうちに眩暈めまいすら覚え、きつく目を閉じる。そのまま眩暈めまいが治まるのを待ち、再び目を開けると、いつの間に入り込んで来ていたのか、目の前の床にスライムがいた。一人になったことですっかり緊張を解いていたブルーは、一気に全身を強張らせる。
「……お前……いつ入って来た? いくらお前が小さいとはいえ、ここは一人部屋だ。休みたいのなら、もっと広い部屋に――」
 だがスライムは体をふるふると左右に揺らしたかと思うと、次には潰れて横に広がった。どう見ても「ここで休みたい」という意思表示に、ブルーは短く溜め息を吐く。
「……そこでいいのなら、好きにしろ。だが、ベッドの上には上がって来るなよ。睡眠を妨害したら、追い出すからな」
 ブルーの言葉に、スライムは分かった、とばかりに一瞬だけ体を伸ばす。そして再び潰れると、それきり動かなくなった。完全に、ここで寝る気らしい。
 そんなスライムをしばらく無言で見つめていたブルーだったが、邪魔にはならないだろうと判断し、自らも眠る準備を整えるべくバスルームへと向かった。ブルーが物音を立ててもスライムはその場からぴくりとも動かず、明かりが消えてからも、ブルーの睡眠を妨害するようなことはなかった。
 ――そして、翌朝。既に一階のロビーで待機していたブルーとスライムを見て、メイレンと共に階段を下りて来たクーンがほっとした表情を見せる。
「おはよー、ブルー! ……なぁんだ、ブルーと一緒にいたんだね。ブルーの部屋で寝てたの?」
「ああ。勝手に入り込んで来たが、邪魔にはならなかったからな。好きにさせておいた」
「ふふ、すっかり懐かれたみたいね。今日もよろしくね、スライムさん」
「――スライム様のステータス、全快。極めて良好な状態です」
「ブルーの顔色も、元に戻ったな。一晩寝ても良くならないようであれば、疲労によく効く薬を処方しようと思っていたところだ。今回は、その必要は無さそうだが」
 ブルーたち以上に早くロビー入りしていたT260が素早く分析し、隣にいたヌサカーンも、医者としての見解を述べた。彼には決して頑強とは言えないおのれの状態がいつも筒抜けだなと、ブルーは何とも言えない気持ちになる。
「……おー、遅くなったな。ヒック」
「おはよう、ウップ……調子に乗って、ちょいと飲み過ぎちまったや。ヌサカーン、なんかいい薬ない?」
 そんな中、最後にフラフラと階段を下りて来たゲンとリュートを見て、メイレンがキッと目を吊り上げた。ほどなく漂い始めた酒気に、クーンがたまらず鼻をつまむ。
「うわ、お酒くさーい!」
「二人とも、旅の最中だというのに何を考えているの! 一切飲むなとは言わないけど、羽目を外し過ぎでしょう! ……あなた、確か『冷気』を覚えてたわね。あの二人に食らわせてやりなさい!」
 メイレンの言葉に従って、スライムがゲンとリュートに向かって氷のブレスを吐き出した。『冷気』をまともに食らった酔っ払い男二人は、途端にあたふたと動き回る。
「ぐわあっ! 冷てえ!」
「うわああっ、凍える、凍える!」
「少し頭を冷やしなさい! ……ブルー、あなたはリーダーなんだから、こういうのはしっかり取り締まらないとダメよ。放任主義は良くないわ」
「足手纏いになるようなら置いて行くまでだ。だが、ゲンとリュートには剣士として、前線で戦って貰わねばならない。常に危険と隣り合わせなんだ、これからはもっと、気を引き締めて欲しい」
 ブルーに静かに見つめられ、ようやく落ち着いたゲンとリュートはうっ、と気まずそうにたじろいだ。それから二人は力なく項垂れ、ぼそぼそと反省の言葉を口にする。
「……悪かった。確かに、昨夜はちと飲み過ぎた。だが、おかげでシャキッとしたぜ。戦闘では、決しておくれは取らんぞ」
「俺はゲンさんみたいな剣豪で酒豪ってワケじゃ全然ないからなあ。ベロンベロンに酔っ払ったら弱体化しちまうだけだし。以後、気を付けます……」
 『冷気』で受けたダメージはヌサカーンが白衣を翻したことで治癒し、一行は、宿の外へと踏み出す。
「うわあ、いい天気!」
「本日の降水確率、0%。今後数日間は、穏やかな天候に恵まれるでしょう」
「しばらくこの町でのんびりしたいところだけど、そういうわけにはいかないのよね。次の目的地はどこ?」
「そうだな。次は――」
 ブルーが各リージョンの情報が記されている本を開き、その一つ一つを指でなぞる。
「……私自身は、最終的には秘術の資質を会得したい。だが、アルカナ・タローはまだ1枚しか所持していない。となると、次はバカラあたりか。バカラには、金のカードがあると聞いている。カジノとやらが有名らしいが、浮かれるなよ」
「バカラ! いっぺん行ってみたいと思ってたリージョンだ。いや~、楽しみだな~」
「……言ったそばからあなたって人は……」
 ぱあっと顔を輝かせたリュートに、メイレンが呆れてツッコミを入れる。それを見てゲンが笑い、クーンがカジノって何? と尋ね、メイレンより早く、T260が質問に答えた。最後尾を歩くヌサカーンは会話には加わっていないものの、どこか彼らを面白がるように眺めている。その横をスライムが素早く通り過ぎ、先頭のブルーに追いついた。まるで自分もいるよ! とアピールせんばかりの活発な動きに、ブルーは微笑みこそしなかったが、わずかに目を細める。
 旅は、まだまだ続く。シップ発着場へと向かいながらブルーはよく晴れた青空を見上げ、これから経験するであろう様々なことに思いを馳せたのだった。
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