とあるモブ男と紅の術士が出会って飲んで別れるだけの話
オッス、俺モブ男 ! どこにでもいる、ただの陰キャオタク! おまけに「男の三重苦」と言われているチビ・デブ・ハゲ……いや、まだハゲてはないな……年々薄くなってきてる気はするけど……とまあ、見事にソレに該当しちゃってたりする俺だけど、シュライクの片隅で毎日かわいい彼女たち(二次元)に囲まれて、それなりにハッピーな日々を送ってる。なけなしの給料はほぼ全て彼女たち(二次元)に貢いでるから、財布の中身は、常にスッカスカだ。
だが一緒に暮らしてる母ちゃんは、そんな俺のことを良く思っていないらしい。ある日突然部屋に突入してきたかと思うと俺の背後で仁王立ちし、ガミガミと怒鳴り立て始める。
「アンタ、またアニメばっかり見て! いつになったら本物のお嫁さんを連れて来るんだい!? 本当にいい年こいて、毎日毎日……恥ずかしいと思わないのかい!」
いや、ちっとも恥ずかしくはないんだが? ちょっと何言ってるか分からない。これだから無趣味の素人は。俺は振り返りもせずに、アーアーきこえなーいと耳を塞いだ。どうせ三次元の女は三高(高学歴・高収入・高身長)のイケメンにしか興味がないんだろう? 残念ながら俺は、その真逆を行く低学歴・低収入・低身長のド底辺だ。でも二次元の女の子たちはいつだってかわいいし、いつでも俺だけを見ていてくれる。どっちがいいかなんて、明白だ。
だから俺は、今日も我が道を行く。後ろで母ちゃんがまだ何か喚 き立てているが、そのうち諦めて出て行ってくれるだろうと、華麗にスルーすることにした。あー、今日も俺の彼女たちがかわいい。
でも、今日の母ちゃんは違った。はあ、と大きく溜め息を吐いた後、再び俺に話しかけてくる。
「……これはよく外のリージョンに出かけるっていうご近所さんから聞いた話なんだけどね。最近ルミナスって所で、ルージュっていう銀髪の美人が人探しをしてるらしいって、ちょっとした噂 になってるんだよ。なんでも、おんぶる? とかいう今流行りの脱出ゲーム? か何かに一緒に挑んでくれる相方を探してるんだってさ。アンタ、確か銀髪が〝ヘキ〟とか言ってたよね。ここいらでいっちょガツンと男らしいところを見せて、あわよくば仲良くなるチャンスじゃないかい?」
なっ、ナンダッテー!? 銀髪の美人!? 「ルージュ」だなんて、名前までカワイイ! 母ちゃんの言うとおり、銀髪美人は俺の〝ヘキ〟だ。銀髪ってちょっとミステリアスで、儚げな感じがしない? さらに言うと目の色が赤や紫だったら最&高。ぶっちゃけそのコがどんな性格をしてても、銀髪ってだけで推せるんだよね。ルミナスで待ってるルージュちゃんってコは、何色のおめめをしてるのかな? 「ルージュ」だから、やっぱり赤い目をしてるんだろうか。
「興奮し過ぎ。気持ち悪いねぇ、豚みたいにブヒブヒ言って。そんなんじゃ、即逃げられるよ。しゃんとおし。……ま、現実の女の子に目を向けたってだけでもちょっとは進歩したってことなのかねえ……」
正直言うと、三次元の女の子と話すのは怖い。なぜなら、好かれる自信がこれっぽっちもないからだ。でも母ちゃんの言うとおり俺ももういい年だし、ぶっちゃけそろそろ、俺を精神的にも物理的にも癒してくれる現実の彼女が欲しい。それが生身の銀髪ちゃんだっていうんなら、やっぱこの話は見逃せないよね。――ええい、ままよ! 俺はまだ見ぬルージュちゃんとのあれこれを妄想しながら、ルミナスへと旅立った。
ルミナスはシュライクと隣接しているご近所リージョンだったらしく、まさにシップでひとっ飛び! てな感じであっという間に到着した。生まれてこの方シュライクから出たことがなかった俺は、短い船旅だったにもかかわらずガキんちょのように興奮していた。ホントは推し(フィギュア)も連れて来たかったんだが、ルージュちゃんに引かれる可能性大なので、泣く泣く我慢したのだ。偉いぞ俺。
そんなわけで、初! ルミナス。なんか、もうね、シップ発着場からして独特で、異世界感が漂ってる。このリージョン自体がテーマパーク的な? 受付のおねーさんも神秘的な装いで、あー外の世界に来たんだなーって感じだ。
で、肝心のルージュちゃんはどこにいるんだろうな? とドキドキしながら発着場の扉を開けると、これまた不思議な雰囲気の広場に出た。つまり、ここが「おんぶる」とかいうゲームの入口なのかね? でもその割には人気 がないしなんかもう一つ青い扉があるし、手前と奥に道があるしで、どこに進んでいいか分からない。しかも奥へと進む道の手前には、銀髪赤眼の風変わりな赤い服を着たどえらい美形が立っている。この美形が、いわゆるスタッフさんなんだろうか。
「あのぉ~、人を捜してるんすけどぉ」
「奇遇ですね、僕もです。今、僕はこの奥にある『オーンブル』に同行してくれる人を探していて……」
「……へっ?」
「……え?」
「おんぶる」じゃなくて「おーんぶる」ね……じゃなくって! 今、なんつった? 「オーンブルに同行してくれる人を探してる」? じゃあ、母ちゃんが言ってた「銀髪の美人」「ルージュ」って。
「えっと……それじゃあ、あなたがウワサのルージュさん……?」
「はい。でも、噂って? どこかで噂になってるんですか? なぜだろう。少し前にシュライクから荷物を届けに来たんだ、旅行が好きな自分にとってリージョン間を巡る仕事は天職だ、って気さくに話しかけてきたあの人が、僕を気にかけてくれていたんだろうか。……ところで、あなたもオーンブル挑戦者の方ですか?」
「……」
――ガッデム! 銀髪は銀髪だが、野郎じゃねえかあぁぁ! ああ~確かに銀髪「美少女」「美女」とは一言も言ってませんでしたねえええ母ちゃあぁん! なんだよ、男なのに「ルージュ」って! いくらどストライクな銀髪赤眼だって、野郎に用はなくってよ! 俺は表面上は平静を装い、内心では思いっきり天を仰いだ。コミュ障チキンゆえ、罵倒することなどできなかったからだ。もちろん、あ、やっぱり結構ですぅ~さいなら! とも今更言えない。事前によく確認しなかった俺が悪うございましたよ、ええ!
しかしいつまでも黙っているわけにはいかないので、とりあえずルージュちゃん改めルージュの話を聞くことにした。髪はボサボサ気味だがとにかく顔がいいし、モデルみたいな体型してんのが余計に腹が立つな、クソッ。
「ま、まあ、そんなところっす」
「そうですか。ではご一緒しましょう、と言いたいところですが……失礼ながら、戦闘経験はお有りですか? 見たところ、武器を所持していないようですが」
「へっ? 戦闘経験!? 無い無い、まったく無いっす! 俺、ただの一般人っすから! っていうか、武器!? まさか、モンスターとガチバトルするんすか!?」
「何だって……? では、どのような話を聞いてここに?」
明らかに、戸惑っている。ルージュはまじまじと俺の顔を覗き込み、首を傾げた。言えない、下心丸出しでここに来ただなんて。母ちゃんの適当過ぎる説明に加えて、「銀髪美人」「ルージュ」というワードだけで食い付いてしまった俺が悪いですね。あまりにも浅はかでした。どう答えていいか分からず目を泳がせている俺に、ルージュはふう、と小さく息を吐いた後、少し考えてから続ける。
「……分かりました。オーンブルは光の迷宮以上に危険な場所だと聞いているので、他を当たることにします。ですがあなたは、一度は僕を気にかけてくださった身。このままお別れするのもなんだか忍びないですね。――そうだ、せっかくですから、ルミナスオリジナルカクテルを奢 ります。まずは、陽術の館へ行きましょう」
よく分からないが、カクテルを奢ってくれるらしい。酒は決して嫌いじゃないから、素直にご馳走になるか。俺はルージュと共に、「ヨウジュツの館」とやらへと続く扉をくぐった。
「ヨウジュツの館」で出されたカクテルは、いかにも女の子が喜びそうなキラキラした飲み物だった。どうやら、光るアイスキューブってヤツを入れて「光」をイメージしたらしい。ってことは、やっぱり「闇」もあるのかな。
「『闇』というより『影』ですね。オーンブルは、別名『影のリージョン』とも言われているらしいので。陽術の館のカクテルが女性向けなら、陰術の館のカクテルは性別を問わない大人向け、といったところかもしれません」
ということで、次は「インジュツの館」へとやって来た。……が、おいおい、さっきとずいぶん雰囲気が違うな? 薄暗い……というか不気味ですらある場所で、スタッフも神秘的なおねーさんじゃなくて、怪しい笑みを浮かべる婆さんだ。ルージュが言うには、本来はこの館のさらに奥にあるオーンブルってダンジョンに入るつもりだったらしい。お~、怖い怖い。一般人で良かった~。
胡散臭い婆さんが作ってくれたオリジナルカクテルはオーンブルをイメージしたという毒々しい紫色をしていたが、味はこっちのほうが好みかな、なんて思ってると、酒が入っていい気分になったのか、ルージュがヨウジュツとインジュツの違いやそれぞれの魅力を熱く語り始めた。一般人の俺には何が何やらちんぷんかんぷんだったが、どうやらルージュはマジックキングダムって所から来た魔術士で、いわゆる術オタクらしい。なるほど、ファンタジーな恰好をしていたのはそういうことだったのね。術のことを語るルージュは自分の好きなものを語る時の饒舌早口オタクそのもので、話の内容はほとんど理解できなかったものの、その気持ちは分かる、分かるよ~と、なんだか微笑ましくなった。ジャンルは違えど、オタクって、意外といるものなんだよな。人生において、アツくなれるものがあるっていうのはいいコトだ。
「ふう……すみません、術のこととなるとつい熱くなってしまって。モブ男さんが住んでいらっしゃるシュライクの武王の古墳にも、印術――『しるし』と書くほうの『いんじゅつ』ですね――のひとつである『勝利のルーン』が刻まれた石があると聞いています。いずれ、そこにも向かうつもりです」
へえ、そんな大層なものが。あそこはモンスターがウジャウジャ徘徊してるから、腕に自信のある冒険者の溜まり場になってるってことしか知らなかったな。あそこともう一つの古墳(済王の古墳)と生科研(生命科学研究所)は色々と危ない場所だから近付くなって、ガキの頃からしつこく言われてたっけ。そう考えるとシュライクって、もしかしなくても結構やべぇリージョンだね?
そんなこんなでルージュとの少しオシャレで大人な時間はあっという間に過ぎ去り、そういえば母ちゃん以外の人間とこんなに話したのは久しぶりだなと気付いた。といっても俺からグイグイ行ったわけではないが、これはこれで思ってたよりは楽しかった、気がする。俺一人だったらルミナスに来ることはもちろん、オシャレなカクテルなんて一生縁がなかっただろうし。ルージュが男だったのは残念だが、外のリージョンに出るきっかけを作ってくれた彼には、感謝しなければならない。
「あー、その……今日は、ありがとうっす。何も力になれなかったのに、オシャレなカクテルを2杯も奢ってもらっちゃって」
「いえ、こちらこそ。もし僕のことを誰かにお話しすることがあれば、うっかり危険に巻き込んでしまわないためにも、モンスターとの戦闘があることと目的地が危険であることを、きちんと話してくださいね」
ルージュに見送られ、俺はシュライクに帰るシップへと乗り込む。これからルージュはちゃんと戦える仲間を集めて旅を続けて、すごい術士になるのだろう。そんな君を応援してるよと伝えると、ルージュは一瞬なぜか複雑そうな表情になり、それからまた、元通りの柔和な笑みを浮かべた。彼、俺よりずいぶん若そうだけど、穏やかな態度の中にちょいちょい翳 りというか、不穏さみたいなものを垣間見せてたんだよね。俺の気のせいかな? 苦労の多い人生を歩んできたんだろうか?
もう会うことはないのだろうが、この旅は決して悪いものではなかったな、機会があれば他のリージョンにも行ってみるか、などと思いながら、俺はシップの座席に背を預けた。
それから、数週間後――
街中で、淡い金髪に青い瞳、青い服を着たルージュそっくりのとんでもない美形とすれ違ったが、もちろん自分から話しかける勇気はなく、俺はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
2Pカラー、もとい双子の兄弟がいるなんて話、聞いてませんが!? おかげで俺はルージュと青い男のことが気になり過ぎて、以来一人で悶々とする羽目になったのだった。
――ヤツらはとんでもないものを盗んでいきました。とある、モブ男の心です。
だが一緒に暮らしてる母ちゃんは、そんな俺のことを良く思っていないらしい。ある日突然部屋に突入してきたかと思うと俺の背後で仁王立ちし、ガミガミと怒鳴り立て始める。
「アンタ、またアニメばっかり見て! いつになったら本物のお嫁さんを連れて来るんだい!? 本当にいい年こいて、毎日毎日……恥ずかしいと思わないのかい!」
いや、ちっとも恥ずかしくはないんだが? ちょっと何言ってるか分からない。これだから無趣味の素人は。俺は振り返りもせずに、アーアーきこえなーいと耳を塞いだ。どうせ三次元の女は三高(高学歴・高収入・高身長)のイケメンにしか興味がないんだろう? 残念ながら俺は、その真逆を行く低学歴・低収入・低身長のド底辺だ。でも二次元の女の子たちはいつだってかわいいし、いつでも俺だけを見ていてくれる。どっちがいいかなんて、明白だ。
だから俺は、今日も我が道を行く。後ろで母ちゃんがまだ何か
でも、今日の母ちゃんは違った。はあ、と大きく溜め息を吐いた後、再び俺に話しかけてくる。
「……これはよく外のリージョンに出かけるっていうご近所さんから聞いた話なんだけどね。最近ルミナスって所で、ルージュっていう銀髪の美人が人探しをしてるらしいって、ちょっとした
なっ、ナンダッテー!? 銀髪の美人!? 「ルージュ」だなんて、名前までカワイイ! 母ちゃんの言うとおり、銀髪美人は俺の〝ヘキ〟だ。銀髪ってちょっとミステリアスで、儚げな感じがしない? さらに言うと目の色が赤や紫だったら最&高。ぶっちゃけそのコがどんな性格をしてても、銀髪ってだけで推せるんだよね。ルミナスで待ってるルージュちゃんってコは、何色のおめめをしてるのかな? 「ルージュ」だから、やっぱり赤い目をしてるんだろうか。
「興奮し過ぎ。気持ち悪いねぇ、豚みたいにブヒブヒ言って。そんなんじゃ、即逃げられるよ。しゃんとおし。……ま、現実の女の子に目を向けたってだけでもちょっとは進歩したってことなのかねえ……」
正直言うと、三次元の女の子と話すのは怖い。なぜなら、好かれる自信がこれっぽっちもないからだ。でも母ちゃんの言うとおり俺ももういい年だし、ぶっちゃけそろそろ、俺を精神的にも物理的にも癒してくれる現実の彼女が欲しい。それが生身の銀髪ちゃんだっていうんなら、やっぱこの話は見逃せないよね。――ええい、ままよ! 俺はまだ見ぬルージュちゃんとのあれこれを妄想しながら、ルミナスへと旅立った。
ルミナスはシュライクと隣接しているご近所リージョンだったらしく、まさにシップでひとっ飛び! てな感じであっという間に到着した。生まれてこの方シュライクから出たことがなかった俺は、短い船旅だったにもかかわらずガキんちょのように興奮していた。ホントは推し(フィギュア)も連れて来たかったんだが、ルージュちゃんに引かれる可能性大なので、泣く泣く我慢したのだ。偉いぞ俺。
そんなわけで、初! ルミナス。なんか、もうね、シップ発着場からして独特で、異世界感が漂ってる。このリージョン自体がテーマパーク的な? 受付のおねーさんも神秘的な装いで、あー外の世界に来たんだなーって感じだ。
で、肝心のルージュちゃんはどこにいるんだろうな? とドキドキしながら発着場の扉を開けると、これまた不思議な雰囲気の広場に出た。つまり、ここが「おんぶる」とかいうゲームの入口なのかね? でもその割には
「あのぉ~、人を捜してるんすけどぉ」
「奇遇ですね、僕もです。今、僕はこの奥にある『オーンブル』に同行してくれる人を探していて……」
「……へっ?」
「……え?」
「おんぶる」じゃなくて「おーんぶる」ね……じゃなくって! 今、なんつった? 「オーンブルに同行してくれる人を探してる」? じゃあ、母ちゃんが言ってた「銀髪の美人」「ルージュ」って。
「えっと……それじゃあ、あなたがウワサのルージュさん……?」
「はい。でも、噂って? どこかで噂になってるんですか? なぜだろう。少し前にシュライクから荷物を届けに来たんだ、旅行が好きな自分にとってリージョン間を巡る仕事は天職だ、って気さくに話しかけてきたあの人が、僕を気にかけてくれていたんだろうか。……ところで、あなたもオーンブル挑戦者の方ですか?」
「……」
――ガッデム! 銀髪は銀髪だが、野郎じゃねえかあぁぁ! ああ~確かに銀髪「美少女」「美女」とは一言も言ってませんでしたねえええ母ちゃあぁん! なんだよ、男なのに「ルージュ」って! いくらどストライクな銀髪赤眼だって、野郎に用はなくってよ! 俺は表面上は平静を装い、内心では思いっきり天を仰いだ。コミュ障チキンゆえ、罵倒することなどできなかったからだ。もちろん、あ、やっぱり結構ですぅ~さいなら! とも今更言えない。事前によく確認しなかった俺が悪うございましたよ、ええ!
しかしいつまでも黙っているわけにはいかないので、とりあえずルージュちゃん改めルージュの話を聞くことにした。髪はボサボサ気味だがとにかく顔がいいし、モデルみたいな体型してんのが余計に腹が立つな、クソッ。
「ま、まあ、そんなところっす」
「そうですか。ではご一緒しましょう、と言いたいところですが……失礼ながら、戦闘経験はお有りですか? 見たところ、武器を所持していないようですが」
「へっ? 戦闘経験!? 無い無い、まったく無いっす! 俺、ただの一般人っすから! っていうか、武器!? まさか、モンスターとガチバトルするんすか!?」
「何だって……? では、どのような話を聞いてここに?」
明らかに、戸惑っている。ルージュはまじまじと俺の顔を覗き込み、首を傾げた。言えない、下心丸出しでここに来ただなんて。母ちゃんの適当過ぎる説明に加えて、「銀髪美人」「ルージュ」というワードだけで食い付いてしまった俺が悪いですね。あまりにも浅はかでした。どう答えていいか分からず目を泳がせている俺に、ルージュはふう、と小さく息を吐いた後、少し考えてから続ける。
「……分かりました。オーンブルは光の迷宮以上に危険な場所だと聞いているので、他を当たることにします。ですがあなたは、一度は僕を気にかけてくださった身。このままお別れするのもなんだか忍びないですね。――そうだ、せっかくですから、ルミナスオリジナルカクテルを
よく分からないが、カクテルを奢ってくれるらしい。酒は決して嫌いじゃないから、素直にご馳走になるか。俺はルージュと共に、「ヨウジュツの館」とやらへと続く扉をくぐった。
「ヨウジュツの館」で出されたカクテルは、いかにも女の子が喜びそうなキラキラした飲み物だった。どうやら、光るアイスキューブってヤツを入れて「光」をイメージしたらしい。ってことは、やっぱり「闇」もあるのかな。
「『闇』というより『影』ですね。オーンブルは、別名『影のリージョン』とも言われているらしいので。陽術の館のカクテルが女性向けなら、陰術の館のカクテルは性別を問わない大人向け、といったところかもしれません」
ということで、次は「インジュツの館」へとやって来た。……が、おいおい、さっきとずいぶん雰囲気が違うな? 薄暗い……というか不気味ですらある場所で、スタッフも神秘的なおねーさんじゃなくて、怪しい笑みを浮かべる婆さんだ。ルージュが言うには、本来はこの館のさらに奥にあるオーンブルってダンジョンに入るつもりだったらしい。お~、怖い怖い。一般人で良かった~。
胡散臭い婆さんが作ってくれたオリジナルカクテルはオーンブルをイメージしたという毒々しい紫色をしていたが、味はこっちのほうが好みかな、なんて思ってると、酒が入っていい気分になったのか、ルージュがヨウジュツとインジュツの違いやそれぞれの魅力を熱く語り始めた。一般人の俺には何が何やらちんぷんかんぷんだったが、どうやらルージュはマジックキングダムって所から来た魔術士で、いわゆる術オタクらしい。なるほど、ファンタジーな恰好をしていたのはそういうことだったのね。術のことを語るルージュは自分の好きなものを語る時の饒舌早口オタクそのもので、話の内容はほとんど理解できなかったものの、その気持ちは分かる、分かるよ~と、なんだか微笑ましくなった。ジャンルは違えど、オタクって、意外といるものなんだよな。人生において、アツくなれるものがあるっていうのはいいコトだ。
「ふう……すみません、術のこととなるとつい熱くなってしまって。モブ男さんが住んでいらっしゃるシュライクの武王の古墳にも、印術――『しるし』と書くほうの『いんじゅつ』ですね――のひとつである『勝利のルーン』が刻まれた石があると聞いています。いずれ、そこにも向かうつもりです」
へえ、そんな大層なものが。あそこはモンスターがウジャウジャ徘徊してるから、腕に自信のある冒険者の溜まり場になってるってことしか知らなかったな。あそこともう一つの古墳(済王の古墳)と生科研(生命科学研究所)は色々と危ない場所だから近付くなって、ガキの頃からしつこく言われてたっけ。そう考えるとシュライクって、もしかしなくても結構やべぇリージョンだね?
そんなこんなでルージュとの少しオシャレで大人な時間はあっという間に過ぎ去り、そういえば母ちゃん以外の人間とこんなに話したのは久しぶりだなと気付いた。といっても俺からグイグイ行ったわけではないが、これはこれで思ってたよりは楽しかった、気がする。俺一人だったらルミナスに来ることはもちろん、オシャレなカクテルなんて一生縁がなかっただろうし。ルージュが男だったのは残念だが、外のリージョンに出るきっかけを作ってくれた彼には、感謝しなければならない。
「あー、その……今日は、ありがとうっす。何も力になれなかったのに、オシャレなカクテルを2杯も奢ってもらっちゃって」
「いえ、こちらこそ。もし僕のことを誰かにお話しすることがあれば、うっかり危険に巻き込んでしまわないためにも、モンスターとの戦闘があることと目的地が危険であることを、きちんと話してくださいね」
ルージュに見送られ、俺はシュライクに帰るシップへと乗り込む。これからルージュはちゃんと戦える仲間を集めて旅を続けて、すごい術士になるのだろう。そんな君を応援してるよと伝えると、ルージュは一瞬なぜか複雑そうな表情になり、それからまた、元通りの柔和な笑みを浮かべた。彼、俺よりずいぶん若そうだけど、穏やかな態度の中にちょいちょい
もう会うことはないのだろうが、この旅は決して悪いものではなかったな、機会があれば他のリージョンにも行ってみるか、などと思いながら、俺はシップの座席に背を預けた。
それから、数週間後――
街中で、淡い金髪に青い瞳、青い服を着たルージュそっくりのとんでもない美形とすれ違ったが、もちろん自分から話しかける勇気はなく、俺はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
2Pカラー、もとい双子の兄弟がいるなんて話、聞いてませんが!? おかげで俺はルージュと青い男のことが気になり過ぎて、以来一人で悶々とする羽目になったのだった。
――ヤツらはとんでもないものを盗んでいきました。とある、モブ男の心です。
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