紺青の吟遊詩人

 出会った時から、不思議な雰囲気を持つ男だとは思っていた。他人に話す必要などない、おのれの身の上話を初対面で話してしまったくらいには。話を聞いたその男は、ただ「面白そうだな」と言ってついてきた。他人と関わるのは好きではないが、術の資質を集めるには、それなりの戦力が必要だ。最初はそれだけの理由で声を掛けた一人に過ぎなかった。
 だが、いざ実戦となると、足手まといと言ったほうが良かった。突出した能力があるわけではなく、剣はろくに使えない、攻撃を行ってもほとんどダメージを与えられない、打たれ弱く、すぐに気絶する。あまりの“お荷物”ぶりに何度か別れようとも考えたが、憎めない人柄とコミュニケーション力の高さから、すぐに仲間内のムードメーカーであり兄貴分のような存在となっていった。個性豊かな仲間たちを率いる青年――ブルーもまた、そんな彼に少なからず気を許している自覚はあった。
 そして今日も彼は、彼自身と同じ名前を持つ楽器「リュート」を奏でながら、おかしな歌を歌っていた。言葉の一部を即興の歌にすることもあれば、それなりの長さの自作の歌を披露することもある。しかしそれらはお世辞にも上手いとは言えず、不協和音と言っても良い。今日の宿はそんなリュートと同室で、一人で静かに過ごしたいブルーにとっては騒音でしかなかった。
「……リュート。その耳障りな歌をやめろ」
 ブルーの刺々しい言葉に、リュートが弾き語りを止めてわずかに口を尖らせる。
「え~? この歌、割と自信があるんだけどなぁ。どっかの街中で歌った時は、結構好評だったぜ~?」
「それは、その場にいた客の遠慮があったからだろう。お前は、自分の歌の音程と作詞作曲のセンスの酷さを自覚していないのか? 金を取れるどころか、金を寄越せと言われるレベルだぞ」
「ひっでぇなぁ……ホント、ブルーって俺には容赦ないよなぁ。他の連中の前では割と礼儀正しいのにさ。……あ、もしかして愛情の裏返し、ってヤツ?」
「言ってろ。俺はもう寝る」
 そう言うなりベッドに入って背を向けたブルーへ、リュートはしばらく沈黙した後、おもむろに楽器を抱え直すと再び弦を弾き始めた。先程とは異なる落ち着いた曲調だったが、歌声が入った途端にブルーが振り返る。
「おい! 俺はもう寝ると言っているだろう。静かにしろ!」
「今日は怒りっぽいなぁ。そんな神経がささくれ立ってるブルーのために、ヨークランドに伝わる定番の子守唄でもと思ったのに」
「いらん。俺は幼子ではない」
「うーん……じゃあ、とっておきを出すかぁ。子供の頃に本で読んだヨークランドの伝説をマジメに歌にしたヤツ。なんせ長いし誰かに聞かせるのは久しぶりだから、上手く歌えるかは分からないけどな。今日は特別サービスだぜ」
「だから、歌自体をやめろと――」
 なおも抗議しようとしたブルーが、不意に動きを止めた。いつもは陽気なリュートの纏う空気が変わった、と感じたからだ。
 静かな前奏が奏でられ、やがて、囁くような語りが始まる。まるで吟遊詩人のような佇まいに、自然とブルーは身を横たえるのをやめ、ベッドの上に座って聴く体勢に入った。
 うたの中に天使が登場すると、ブルーはますます聴き入った。宗教色の強いマジックキングダム出身のブルーにとって、天使は身近な存在だからだ。リージョン世界やヨークランドの成り立ち、他のリージョンとの関わり。話が進むにつれてリュートのうたは伸びやかなものへと変わり、繊細な旋律と共に、物語はさらなる盛り上がりを見せた。決して広くはない室内に、「リュート」の音色と歌声が響き渡る。
 再びの静謐せいひつな語りと演奏で、「ヨークランドの伝説」は締め括られた。楽器のリュートによる最後の一音の余韻が消え、弦からそっと指を離したリュートがゆっくりと顔を上げると、ブルーの陶然とした表情が目に入る。
「……何だ、まともな歌も歌えるではないか」
「……へへ。俺の本気、お気に召していただけたかい?」
 頬を掻くリュートへ、ブルーがクレジットの袋を掲げた。彼はその中からいくらかを選び取り、リュートへと突き付ける。
「受け取れ。これは、俺個人のクレジットだ」
「え? ……ええっ!? こんなに受け取れねえって! 俺が勝手にやったことだしお前は仲間なんだから、おひねりなんて要らないよ。……あー、どうしてもって言うんなら、今度何か美味いもんでも奢ってくれよ。それでいいから」
「そうか、ならばそうしよう。ただし、他の連中まで連れて来るなよ? 他の奴らにまで奢ってやる義理はないからな」
「分かったよ。そうだな~、じゃあ、マンハッタンのちょっといいレストランあたりがいいかな~。ファーストフード店しか入ったことないし」
「覚えておく」
「ああいうトコって、男二人で入りやすいかどうかってのが問題だけどな。悪いな~、デートの相手が俺なんかで」
 へらへらと笑うリュートにブルーは呆れ顔を向けたものの、もう先程までの刺々しさはない。そんなブルーへ、リュートは楽しげに続ける。
「歌って、楽しいぜ。思いっきり歌うと、気分が晴れやかになる。いつかブルーも歌ってみるといいさ。綺麗な声してるから、訓練すればかなりいい歌い手になれると思うぜ」
「……俺が? 冗談を言うな。歌は聞くだけでいい。変に注目を浴びたくもない」
「見た目もいいし、絶対人気が出ると思うんだけどなぁ。ま、歌ってみたいと思った時は、ぜひ俺に相談してくれよ。全力で協力するからさ」
「有り得ないな。……今度こそ寝る。これ以上の歌は要らんからな」
「うん、さすがに疲れたから俺も寝るよ。おやすみ、ブルー」
「ああ。……おやすみ」
 青年たちがそれぞれのベッドへと潜り込み、ブルーが明かりを消すと、部屋には闇と沈黙が訪れる。よほど疲れたのかすぐにリュートの寝息が聞こえてくると、暗闇の中で色々と思考を巡らせていたブルーにも少しずつ睡魔が訪れ、彼もほどなくして眠りに落ちていった。

 そして、翌朝――
 宿中に響き渡っていたリュートの歌は、仲間たちだけではなく他の宿泊客や宿の主人からも褒められ、いくつもの“おひねり”を手に、大いに照れる当人の姿があったのだった。
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