双子の日2022

【とある日の朝の光景/11/25いい双子の日】
「ふわあぁ……おはよう、ブルー」
「ああ。おはよう、ルー……何だ、その頭は」
 それぞれのベッドから出て朝の挨拶を交わしたところで、ブルーが露骨に眉をひそめた。「え? 何?」と首を傾げたルージュの長い銀髪にはひどい寝癖がついていて、言うなれば、盛大に爆発している。ブルーはすぐにブラシとヘアウォーターを手にすると、ルージュに椅子に座るよう命じた。素直に従ったルージュの後ろに回り、ブルーがルージュの髪を小言と共に整え始める。
「半乾きの髪のまま寝ただろう。風呂から上がったら、根元を中心にしっかり乾かせ。あと、乾かす前に流さないトリートメントをつけろと何度言ったら分かるんだ。最低限の手入れをしていれば、ここまで酷い状態にはならないはずだ。おい、聞いているのか」
「……朝からお小言は勘弁してよ」
「そう思うのなら、俺が常日頃言っていることを守れ。みすぼらしい奴の隣など歩きたくはないからな」
「失礼だな、外に出る時はちゃんとして……痛っ! ちょっと、乱暴に……」
「お前の髪が凄まじく絡まっているからだ。俺は悪くはない」
「……」
 わずかに口を尖らせて黙り込んでしまったルージュの髪に、ブルーはヘアウォーターを吹きかけてしっかりと濡らし、ドライヤーをかけながらブラシで丹念に梳かす。時間が経つごとに櫛通りが良くなって行き、しまいには見違えるほどに、サラサラの髪になった。自分で適当に梳かした時とは、まったく違う。ブルーからもういいぞ、と言われて鏡の前に立ち、ルージュは、おお……と小さく感嘆の声を上げる。
「凄いな、我ながら別人みたいだ。君は、これを毎朝やっているのか」
「そうしなければ、外には出られないからな。そもそも、お前ほど髪が爆発したことはないが」
「君がいれば美容師要らずだね。家事雑用の半分以上は僕が引き受けているわけだし、こういう細かいことは君に任せてもいいのかもしれないな」
「甘えるな。今後もここまで俺にさせるようであれば、金を取るぞ」
「じゃあ、僕も君のご飯を用意したりベッドのシーツを干したりした時は、お金を請求してもいいかい?」
「……」
「……」
 互いに挑むように見つめ合い、だがすぐにルージュがふふ、と笑うと、それにつられたように、ブルーもふ、と微かに微笑んだ。こんな他愛もないやりとりが朝からできることが嬉しくて、改めて、幸せだと思う。
「せっかく君に髪を綺麗に整えてもらったんだ。今日は久しぶりに少し着飾って、マンハッタンにでも行こうか」
「悪くないな。気になっている店もあることだ、今回こそ寄らせてもらうぞ」
 モーニングもマンハッタンでとることにして、二人は着て行く服についてまたあれこれと話し合う。そんな仲良し双子を、窓から射し込む眩い朝日が明るく照らし出していた。

【青が紅で、紅が青で/12/13双子の日】
 水の都、オウミ。
 シップ発着場から出てきたヒューズを見て、紅い服に紅い瞳の青年・ルージュが、柔和な笑みを浮かべた。その隣にいる青い服に青い瞳の青年・ブルーもヒューズを見てこそいるが、その表情は変わらず、柱にもたれたまま腕を組んでいる。
「よう、お二人さん。こうして直接会うのは、ちと久しぶりか?」
「そうだね。携帯電話では時々連絡を取り合っているけれど」
「その携帯電話だが、少しは使いこなせるようになったか? 最初は自分たちには必要ないとか言ってたが、いざ持ってみると、なかなか便利なもんだろ?」
「うーん……使いこなせているとは言い難いかな。電話ならばまだしも、メッセージを打ち込むのは、僕もブルーもまだ苦手気味で。ならば直接話したほうが早い、ってね」
「まだ若いのに年寄り臭いこと言うなよ。電話は、いつでも出られるわけじゃない。だから、短い文章くらいはすらすら打てるようになっとけ。……で? 最初はレストランでメシを食うんだっけか?」
 ヒューズの言葉に、ルージュは頷く。
「多忙な君のことだから、きっといつも適当なもので済ませているんだろう。だから、たまにはゆっくり食事を取ってもらおうと思ってね。ここの魚介料理は体にいいし、美味しいから」
「おう。ここの料理は、魚を挟んだサンドイッチしか食ったことがねえな。今日は名物料理が食えるんだろ? しかもお前らの奢りで。楽しみだぜ」
「うん。心行くまで堪能していって」
 ルージュとの会話が終わるとヒューズは、無言でこちらを見ているブルーに目を遣った。ブルーはルージュほど愛想は良くないが、可愛げがまったく無いわけではないことを、ヒューズは知っている。
「ブルー、お前も奢ってくれるんだろ? ありがとな」
「ふん。今回だけだからな」
「はいはい、ありがた~く味わわせてもらうさ。ちょうど腹も減ってるしな」
 軽い調子のヒューズに笑顔のルージュ、照れ隠しなのかツンと顔を背けているブルー。三人は、さっそくレストランへと向かった。

 少し時間をずらして遅めに入店したというのに、店内は、ほぼ満席だった。観光エリアにある人気レストランのため、自分たちと同じことを考えた客が多いのだろう。並ばず入ることができたのが奇跡なくらいだ。
 メニューのいくつかには「おすすめ」「人気」マークが記されており、三人はしばらく、真剣に悩んだ。だがそれをヒューズは不思議に思い、ルージュとブルーの顔を交互に見回す。
「なんだお前ら。オウミに住んでるんだから、ここにも来慣れてるんじゃないのか」
「このレストランに来ているのはきっと、半分以上が観光客だ。地元の人間は、案外こういう所には来ないものだよ」
「それもそうか。……あー、そろそろ何にするか、本気で決めねえとな。食ってる最中に呼び出しが来たら、せっかくのメシを残すことになっちまう」
「こういう時くらい、電源を切っておけばいいだろう」
 ぼそりと突っ込みを入れたブルーへ、ヒューズは大袈裟に肩をすくめてみせる。
「そういうわけにもいかねえの。よっぽどのことがない限り他の連中に回すようには言ってあるが、なんたって俺は、エースなんでね。他の隊員からヘルプが入りゃ、即駆け付けなきゃならない。だからもし急な呼び出しがあったら、そういうことだと思ってくれ。……よし、俺はこれにする。お前らも決まったか?」
 同時に頷いたルージュとブルーを見て、ヒューズはさっそく、近くにいた店員を呼んだ。ゲストだというのに、すっかり仕切っている。さすがは年長者といったところだろうか。
 それぞれが異なる料理を注文し、それらが来るまでの間、ヒューズは二人へ、最近の出来事を語って聞かせた。彼は以前と変わらずあちこちを飛び回っており、かつての仲間たちとも交流があるらしい。ルージュもブルーも懐かしそうに目を細めてヒューズの話に聞き入り、料理がテーブルに並べられてからも、話は続いた。だがヒューズは、途中からどこか違和感を覚えていた。かつての仲間のことを話す時、ルージュもブルーも、なぜか歯切れが悪かったのだ。あまり思い出話に浸ると寂しくなるからだろうかなどとも思ったが、おのれは彼らと何度も会っているし、今までに、こんなことはなかった。――何かがおかしい。ヒューズは、向かい側の席で料理を口に運んでいる双子の青年たちの顔をじっと見つめ、やがて、普段とのわずかな違いに気付く。
「……? どうしたんだい? ヒューズ」
「……そうじろじろと見られていると、食べにくいんだが」
「……なるほどな。仲間の思い出話がなけりゃ、きっと最後まで気付かずじまいだったぜ。まさか、お前らにそんなイタズラを仕掛けられるとはなぁ。小道具まで使って、よく化けたもんだ」
「……」
「……」
 ヒューズの言葉に、それまで笑顔だったルージュが笑みを消して溜め息を吐き、ブルーの顔が、苦笑いへと変わった。一瞬にして二人のまとう雰囲気が変わり、淡い金髪に青い瞳の青年が、先に口を開く。
「はは、バレてしまったか。やっぱり記憶の共有だけじゃ、お互いの仲間のことは上手く語れないものだね」
「だから言っただろう。どうせすぐにバレると」
 銀髪に紅い瞳の青年が、冷めた表情で片割れを見つめる。――そう、ヒューズが見破ったとおり、淡い金髪に青い瞳の青年は「ルージュ」であり、銀髪に紅い瞳の青年は「ブルー」だったのだ。つまり双子の青年は今、姿が丸ごと入れ替わっている。ヒューズは、双子ならではの悪戯を仕掛けられたというわけだ。
「いや……だってマンハッタンにあんな店があるなんて知らなかったし、ちょうどブルーと僕の髪色にそっくりなウィッグとカラーコンタクトがあったから、試しに誰かをだましてみたくなって。僕たち、せっかく双子なんだし」
「俺はルージュがどうしてもというから、仕方なく乗ってやっただけだ。もう二度とやらんぞ」
「その姿のまま素で喋るのはやめろ、脳がバグる。……で、俺がだまされる側の人間に選ばれたってワケね。ったくどいつもこいつも、俺になら何をしてもいいと思いやがって。ドッキリは、仕掛けられるより仕掛けるほうが好きだっつーの」
 そう言って料理を早食いし始めたヒューズを、青い青年が「よく噛んで食べないと喉に詰まるよ」とたしなめた。対して紅い青年は呆れたようにヒューズを一瞥し、自身は品良く飲食を再開する。
 だがそんなヒューズの行動は、吉と出た。双子の青年たちよりはるかに早く食べ終わって間もなく、彼の胸元の携帯電話から、着信音が鳴り響いたのだ。
「おい、今日はよっぽどのことがない限り夕方までかけてくるなって……何だって? ついにアイツを捕らえた? そりゃでかした! なら、俺直々に尋問しなきゃなんねえな。俺が帰るまでの間、しっかり拘束しとけよ。さんざんナメたマネをしやがったこと、思いっきり後悔させてやるぜ」
 通話を終えるなりヒューズは立ち上がり、双子の青年たちに向き直った。そして、
「……ってことで、長いこと追ってた事件の犯人が、ようやく捕まったらしい。さんざんウソ情報に翻弄されたもんだから、やっぱり直接とっちめてやりたくてな。せっかく誘ってくれたってのに慌ただしくて悪いな。だがメシは最高に美味かったぜ、ごちそーさん。じゃあな」
 片手を上げ、早足で店を出て行った。残された双子の青年たちは顔を見合わせ、やれやれといった様子で溜め息を吐く。
「……まあ、こうなるだろうとは思っていたけど。彼はどこまでも仕事人間なんだね」
「だがおかげで、やっと元に戻れる。さっさと食べて、さっさと帰るぞ。双子の兄弟とはいえ、やはりお前の恰好は落ち着かん」
「確かに。頭が重たいし、視界もぼやけてきている気がするんだよね。……でも、ちょっと楽しかったな」
 ふふ、と悪戯っぽく笑った青い青年に、紅い青年は、無言で渋面を向けたのだった。
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