TwitterSSまとめ2

【怖い人はどっち?】
「……おにいちゃん、おめめまっかっか……こわい……」
 すれ違いざまにどこかの子供に言われ、ルージュは目を丸くしてその子を見下ろす。
「ひっ……」
「なにいってるのよ、あかいおめめもキレイじゃない! わたしのおうちにいるうさぎちゃんとおんなじだわ。ぎんいろのかみのけも、とってもキレイよ」
 おびえる少女の隣にいた少し気の強そうな少女が慌ててフォローに入り、そんな少女たちへ、ルージュは穏やかに微笑む。
「この髪と目の色って、そんなに珍しいかな? 綺麗だと言ってくれてありがとう。そっちのお兄ちゃんと僕は、双子の兄弟なんだ」
 無表情で隣に立っているブルーを見遣って言えば、
「ふたごなのに、どうしてかみのけとおめめのいろがちがうの?」
 目を瞬かせて不思議がられ、ルージュはうーん、と穏やかな微笑を苦笑に変える。
「……ちょっとした事情があってね。でも、顔はほとんど同じだろう? 大丈夫、僕は怖くないよ。そっちのお兄ちゃんのほうがよっぽど怖いよ」
「おい」
 ルージュの言葉にブルーが渋面を作り、その冷たい青い瞳と威圧感に、可哀想に少女たちは、揃っておびえ出したのだった。

【頑張れ、新生活】
「今まではご近所さんからのお裾分けや店の惣菜、外食でなんとかしのいできたけど、そろそろ自炊にも挑戦してみないとね」
 ルージュの言葉に、今まさに「店の惣菜」を食べていたブルーが手を止める。
「……お前、できるのか?」
「いや、まったくの未経験だよ」
「俺も料理は一切したことがないぞ。包丁を握ったことすら無い」
「……やっぱりそうだよね。キングダムにいた時はもちろん、旅をしていた時ですらその必要がなかったし。でもこうして暮らしている以上、いつかは直面することだと思っていたから……幸いレシピが載っている本なら何冊かあるし、まずはそれを手本にやってみようか。ええと、例えば……簡単なものだったら――」
 パラパラと自前の本をめくり、「簡単蒸し野菜」というページを開いた。ブルーも身を乗り出し、ルージュと共に本を覗き込む。
「……シリコンスチーマー? って、何……?」
「……くし形切りとは何だ?」
 ――前途多難だ。

【とある日の朝の光景】
「ブルー、起きて。朝食ができたよ」
「う、ん……」
 ベッドの中でもぞもぞと身じろいで毛布の中に埋もれて行ったブルーを見て、ルージュは呆れたように溜息を吐く。
「まったく……旅をしていた時はしゃんとしていたはずなのに、僕と暮らし始めてから時々こうだよね。ちょっとたるみ過ぎなんじゃないかい?」
 そう言いながら毛布を無理やりまくり上げると、ブルーは恨めしそうにルージュを睨み、渋々といった様子でようやく体を起こした。普段はきっちり一つに束ねられている長く淡い金の髪は乱れ、うっすらと開いていた目も、すぐに閉じられてしまいそうだ。
「ほら、しっかり。寝たら駄目! ……まあ、以前は常に気を張っていたみたいだし、僕もそうだったから、これは生活がうまく行っているってことでいいのかな」
「……お前の前でまで気を張る必要は、ないからな……」
 寝惚け声で本音を言われて、ルージュは苦笑とも照れ笑いともつかない笑みを浮かべたのだった。

【Happy Birthday!】※自誕に書いた話
「ブルー、今日は何の日か覚えているかい?」
 唐突なルージュの言葉に、ブルーはわけが分からないといった様子で首を傾げる。
「? 思い出せないな。何かの日なのか?」
「嫌だな、年に一度の記念日なのに。……でも君ならそう言うかもと思って、こっそり用意しておいたんだ」
 キッチンのほうへと歩いて行き、ルージュは冷蔵庫から四角い箱を取り出した。それをテーブルの上に置いて開いてみせると、中には「Happy Birthday」という文字が描かれたホールケーキが入っていて、それまで不思議そうな顔をしていたブルーも、ようやく思い出す。
「ああ……そういえばそうだったな。今日は、俺とお前の誕生日か」
「そう。君に内緒でバースデーケーキを予約して、君が読書に夢中になっている隙に出かけて受け取ってきたんだよ。今、蝋燭を立てるからね」
 ルージュがケーキの上に「2」と「3」の形の蝋燭を並べて立て、火を点ける。
「さあ、1本ずつ吹き消そう。今年1年も平穏無事に過ごせますように、ってね。一息で消すんだよ」
 腰を屈め、二人はそれぞれの蝋燭に向かってふう、と強く息を吹きかけた。火は見事一息で消え、ルージュは小さく拍手をする。
「……また一つ、小さな願いが叶ったな。君と迎える初めての誕生日は、こんなふうに祝いたいと思っていたから。これからもずっと、続けて行けるといいね」
「……そうだな」
 しばし蝋燭から出ている煙を見つめていた二人だったが、ブルーはすぐに現実に引き戻された。視線を蝋燭からケーキに戻すと、彼は眉間に皺を寄せる。
「――ところで。このケーキは、今日明日で食べ切れるのか? 俺は1日に一切れでいいし、そもそも甘い物はあまり得意ではないんだが」
「うーん、頑張って食べ切るしかないね。運良く誰かが食べに来てくれるとも思えないし。それこそ食後に必ず食べるとか」
「それは御免だ。……さてはそこまで考えていなかったな?」
「僕たち二人の誕生日ケーキなんだから、君も頑張ってよ。最近のは、甘さ控えめのものが多いって話だし」
「だが、甘いことに変わりはないだろう。……くそっ、こんな時にクーンみたいな奴が近くにいれば……」
 ホールケーキの消化に頭を悩ませた二人だったが、なんとこの日に“運良く”かつての仲間たちの何人かがやって来てブルーとルージュの誕生日を祝い、中でもクーンやサイレンス、コットンは大喜びでケーキの大半を平らげて帰って行ったという。

【双子術士、ナンパに遭う】
「君たち、美人さんだね。髪の色が違うけど、双子?」
 買い物帰りに立ち寄ったカフェで突然声を掛けられ、ブルーとルージュは少々驚いた様子で顔を上げた。
 相手は、三人の若い男。三人ともが派手でだらしない服装をしていて、よく見れば耳だけではなく、顔のそこかしこにピアスをつけている。いわゆる「ナンパ」に遭っているのだとすぐに理解したが、どう応じればいいか分からずに、ルージュは曖昧に微笑む。
「ええ、双子ですよ。そして見れば分かると思いますが、僕たちは男です」
「やだなあ、女の子だとは思ってないよ。男の子だけどずいぶんキレイな子たちだなぁと思って声を掛けたんだよ。……どう? 俺たちと一緒に向こうでちょっとお喋りしない?」
 そう言ってリーダーらしき男が、路地裏の方向を指差す。――これは色々とまずいのではないか。咄嗟とっさにブルーを振り返ると、彼は穏やかな微笑を浮かべながら男たちに尋ねる。
「……お喋りとは、どのような?」
「お、お喋りはお喋りだよ。楽しいよ、怖くないよ。俺たち紳士だから、そんなに警戒しなくたって大丈夫だって」
「ただのお喋りなら、ここでもできるでしょう? どうしてわざわざ人気のない場所へ誘おうとするんです?」
「ここだと、他のお客さんの迷惑になるでしょ? なら、人のいない所でゆっくりオハナシしたほうがいいじゃない?」
「……それもそうですね。ならば、行きましょう」
 柔らかい笑顔で男たちを魅了し、ブルーが立ち上がる。ああ、「作っている」なとルージュは即座に思い、また、ほんの一瞬目配せしてきたブルーの鋭い視線に、店の中で無用な騒ぎを起こさないように敢えて誘いに乗ったのだと、瞬時に察した。ルージュも立ち上がるとわざと不安そうな表情を作り、ブルーのすぐそばに並んで歩き出す。
 案の定三人の男たちは、路地裏のかなり奥まで青年たちを連れて行った。ここならば、大声や大きな音を出しても誰も来ないだろう。むしろ好都合だ。だが、まだ演技は続けなければならない。ブルーとルージュは、おびえたように身を寄せ合う。
「へへ……じゃあ、ゆっくりじっくり“オハナシ”しようか」
「くっついちゃって、かわいいねぇ……大丈夫だよぉ、優しくするから」
 舌なめずりをしながら、二人の男がブルーとルージュそれぞれの髪を手に取り、頬に触れかけた――次の瞬間。
「……汚い手で触るな」
「……やっぱりそうか。でも、ここなら存分に暴れられる」
「え?」
 二人同時に素早く身をかわ躱し、これまた同時にエナジーチェーンを放った。魔力の鎖にきつく縛り上げられ、二人の男が低く呻く。一人取り残されたリーダーらしき男は、情けなく尻餅をついて青と紅の術士たちを茫然と見つめるだけだ。
「おっ、お前ら、術士だったのか……!」
「術士の法衣を着ていないから分からなかったのかい? 頼りない見た目で悪かったね」
「さて、貴様はどうする? 抵抗するようならば、あいつらと同じ目に遭ってもらうことになるが」
「しっ、しないしない! 勘弁してくれ、許してくれ! 俺らはただの一般人なんだ! 下心を持ったりして悪かったよ!」
 リーダーらしき男は演技ではなく、本気でおびえている。そんな男を二人の術士は冷たく見下ろし、手を一振りして部下の二人の鎖を解いてやった。三人の男たちは一つ所に固まると、おとなしくついてきた時とはまるで違う青年たちの態度と威圧感に、ガタガタと身を震わせる。
「――目障りだ、さっさと消えろ。二度と俺たちの前に姿を現すな」
「は、はいぃ……」
 あたふたと走り去って行く三人の男たちを無言で見送った後、二人は顔を見合わせ、短く溜め息を吐く。
「……戦うすべを持たない上に、素直な一般人で良かったね。下手に抵抗されていたら、命を奪ってしまっていたかもしれない」
「そうだな。……この私服のせいで侮られたのか。やはり外出時は、術士の法衣を着ておくべきなのか……?」
「この服を買った店の店員が言っていた“ゆるふわ”スタイルじゃ駄目なのかもね。僕たちって筋骨隆々ってわけじゃ全然ないし、術士だって一目で分かる装身具くらいは身に付けておくべきなのかも」
 今はごくシンプルつ色違いの“ゆるふわ”スタイルな二人の青年術士は、薄暗い路地裏から明るい表通りへと戻るべく、同じペースで再び歩き出したのだった。

【希望の桜】※「再会 -Lute-」の外伝的な話
 「お前たちに見せたいものがある」。ブルーのかつての仲間の一人であるゲンが、再会の挨拶もそこそこにそう言った。隣にはつい先日再会を果たしたばかりのリュートもいて、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。
「ワカツへ、という話だったが……失礼ながら、まだ再興したとはとても言えない状態だろう。何か新たなものでも見つかったのか?」
「ああ。『希望』だ」
「希望?」
「来てみりゃ分かる。まあ、部外者のお前たちがどう感じるかは分からんがな」
 ゲンに言われるままブルーはゲートを開き、ルージュも含めた四人は、一瞬にしてワカツへと移動した。

 ブルーが思った通りワカツは相も変わらず荒れ果て、陰鬱な空気に包まれていた。だがゲンが指し示したのは廃墟と化した城ではなく、城から少し離れた場所にある細い道だった。剥き出しの地面には草が生い茂り、ちょっとした獣道のようだ。
「この先だ」
 やや上り坂になっている細道を、ゲンは早足で進んで行く。いったいどんな所へ連れて行かれるのかとやや戸惑っているブルーとルージュへ、リュートはへらっと笑ってみせる。
「まあ、ついてきなよ。超絶いいもんが見られるぜ」
「いったい何なんだ。勿体ぶらずに教えろ」
「まあまあ、着いてからのお楽しみってことで。先に教えちまったらつまんないだろ」
 それだけ言って先を行くリュートの後に、二人の術士も続く。
「……僕こそ部外者もいいところなのに、本当についてきて良かったのかな。リュートもゲンさんも、君の仲間なのに」
「ゲンは細かいことは気にしない男だし、リュートとは数日前に会ったばかりだろう。それにお前は、俺の身内だ。あの二人もそういう認識なんだ」
「いくら身内でも、交友関係はまた別の話だと思うんだけど……こっちが気を遣うというか……」
「お前も一緒にと言ったのはあいつらだ。いいから、しのごの言わずについてこい」
 面倒になったのか、それきり黙って歩いて行くブルーの背中を、身内とは……と考え込みながらルージュも追った。

 無言で歩くことしばらく。先へ進むにつれて薄桃色の花びらが地面に落ちていたり宙を舞っていることに気付き、俯き加減に歩いていたブルーははっと顔を上げた。そして、数日前に自身が口にしたことを思い出す。
「……もしや、この花びらは……」
「お、やっと気付いたか。――着いたぞ。花びらの大元――『希望』は、この奥だ」
 ゲンが振り返って足を止め、既に『希望』の正体を知っているリュートと共に、二人の術士に先へ行くよううながす。二人がゆっくりと歩を進めると、ほどなくして、一本の大木が見えてきた。その大木には薄桃色の花が咲き乱れ、先程よりもたくさんの花吹雪が舞っている。
「これが、俺たちの『希望』――すなわち『桜』だ。かつては何本もあったんだがな。桜の木も完全に無くなっちまったと思っていたが、奇跡的にここに、一本だけ残っていた。まさしく、希望の桜だ」
「……」
 ブルーとルージュは、桜を見上げたまましばし言葉を失った。花を見て綺麗だと思ったことはあったが、心を奪われるという感覚は初めてだった。舞い落ちる一片の花びらを手のひらで受け止めて、ようやくルージュは溜め息混じりに呟く。
「……綺麗だね。いや、綺麗という一言では言い表せないくらいだ。想像以上だった」
「……」
「……ブルー?」
 ルージュ以上に感銘を受けているのか、ブルーは一言も話さない。その代わり彼が一歩、また一歩と足を踏み出すと、突然ざあ、と強い風が吹き、無数の花びらが舞い上がった。それによって彼の姿がわずかに霞んだように見え、リュートが慌てて飛び出してくる。
「ブルー! 止まれ、ブルー!!」
 駆け寄ってブルーの肩を掴み、彼が我に返って歩みを止めたことを確認すると、リュートは深い溜息を吐いた。その後ろでは、ゲンがニヤニヤと笑っている。
「お前が桜に攫われてしまいそうで……ってヤツだな。まあ、そう思っちまうのも分からんでもない。美し過ぎるものには、不安や恐怖を覚えたりもするもんだ。……桜の花は元々白いが木の下には死体が埋まっていて、その死体から血を吸うことでこの色になっている、なんて俗説もあるくらいだしな」
「え……何それ、怖っ……」
「わはは。夜の桜は、もっと凄いぞ。見慣れている俺ですらゾクゾクするくらいだ。いつか見に来るといい。……今はこの一本だけになっちまったが、絶対にまた、往時の状態に戻してみせる。何年先になるかは分からんが、残りの人生は、ワカツ再興に捧げるつもりだ」
 ゲンの力強い言葉に、ブルーの肩に手を置いたままのリュートが神妙な面持ちで頷いた。彼らのそばへと移動したルージュもまた、ゲンの横顔をじっと見つめる。
「……っと。悪い、辛気臭くなっちまったな。だが、俺がこいつを『希望』と言ったのが分かっただろう? 昔はよく花見酒をしたもんだが、ここではさすがにな。さ、帰るか」
 来た道を戻って行くゲンの後に、三人も続く。名残惜しそうに桜を振り返ったためにブルーが最後尾となったが、そのおかげか、前を行くルージュの髪に張り付いている花びらを見つけ、ブルーは距離を詰める。
「……ルージュ、止まれ。髪に花びらがついている」
「え? ……うん、分かった」
 後ろ髪と前髪に、一枚ずつ。ブルーに花びらを取ってもらった後に、ルージュは少し恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう。これ、僕一人だったら気が付かずにあちこち行って、道行く人たちに笑われてたやつだ」
「そんな髪型をしているからだ。外出時は適当でいいから束ねろといつも言っているのに」
「うーん、いつも忘れてしまうね。解いているほうが楽だから、つい」
「……」
「おーい! 二人とも、何そこでイチャイチャしてんだぁ!? 置いてくぞー!」
 リュートの呼び声に、彼といつの間にか距離が開いていたことに気付いた二人は、ぱっと離れる。
「ごめん! すぐ行く!」
 そう返して早足で緩やかな下り坂を下りて行くルージュの後を、ブルーも追う。
 彼らの行く道には、風に乗って流れてきた薄桃色の可憐な花びらがひらひらと舞い踊り、また、地面を点々と彩っていたのだった。

【この旅の果てに】※こどもの日SSその1
「ブルー、みてみて! ゲンさんに兜を作ってもらったんだ。ワカツでは今日はナントカっていう日らしくて、兜とか鎧を飾るフーシューがあったんだって。おもしろいよね!」
 ゲン手作りの紙製の兜を頭に被りながら無邪気にはしゃいでいるクーンを、ブルーは眩しそうに見つめた。そんな彼の隣に並び、リュートも細い目をさらに細めて微笑む。
「ゲンさんいわく、今日はこどもの日とは別にナントカっていう日でもあって、そっちは男子の健やかな成長を願う日だって話だったけど……クーンって、男子じゃないよなあ? 女子でもないし。ま、でもどっちかっていうと男子みたいなもんか。やんちゃボウズって感じだしな」
「……」
「……もしかしてブルーもあの兜、被ってみたいのかい?」
「まさか。俺は子供ではない」
 リュートの言葉に、ブルーは即座に反論した。だがそれはもちろん冗談で、リュートの表情が、真面目なものへと変わる。
「月日の流れは容赦ないからなあ。どんなに願っても、俺たちはもう子供には戻れない。でも、童心に帰ることはできる……この旅が無事終わったらなんとか一日時間を作って、思いっきり飲んで、遊んで、夜通し騒ごう。俺、いいスポットを知ってるんだ」
 そう言ってへらっと笑ったリュートへ、ブルーはしばし間を置いた後、やや表情を和らげて答える。
「それは、お前がそうしたいだけだろう。俺は、羽目は外さんからな。……が、この旅を終えたら、俺はキングダムに戻ることになる。キングダムに戻れば、必然的にお前たちとも別れなければならない。悪くはない提案かもしれんな」
「だろ~? まだ若いんだし、人生一度ははっちゃけとかなきゃ損だぞ、損! 色々なしがらみとか吹っ飛ばせるような、最っ高の一日にしようぜ。それまでに、よぉ~くプランを練っておくからさ」
 楽しそうに言うリュートを横目に、ブルーは、そう遠くはない未来に思いを馳せる。
 ルージュをたおし、完全な術士となった、その後は? 眩い外の世界や仲間たちと過ごす輝かしい日々を知った今、果たして俺は、あの鬱屈とした魔術王国に変わらぬ忠誠を誓い、一生を終えることに何の疑問も持たずにいられるのだろうか……?

 人並みの感情が芽生えた青年はまだ、旅の果てに待ち受けるものを知らない。

【術士の卵たち】※こどもの日SSその2/ブルー勝利ルート
 ぱたぱたと廊下を走る音と共に、ブルー先生! と元気に呼ぶ子供たちの声が聞こえる。
「こら、廊下を走るな。宿題は終わったのか?」
「うっ……まだだけど。この前の演習で、先生が使ってた術を教えてほしいんだ。黒い影がブルー先生の真似をするやつ」
「……陰術の『シャドウサーバント』か。だがあれは、陰術の資質を得なければ習得できない高位の術だ。お前たちにはまだ早い」
「えー! じゃあ、光る剣のヤツは!?」
「あれも、陽術の資質が必要な高位術だ。まだ初級術でさえ上手く使いこなせていないだろう。まずは先生が出した宿題を終わらせて、自分が今使える術を上手に扱えるようになってからにしなさい」
「はぁ~い……」
 しょんぼりと肩を落として去って行く子供たち――未来を担う術士の卵たちを、現マジックキングダムの指導者兼魔術学校の校長となったブルーは、優しい表情で見送る。
 キングダムの復興は、周囲のリージョンからの協力もあって上手くいっている。おのれとルージュに非情な選択を強いたこの国を、見捨てることだってできた。だが、ブルーはそうしなかった。全ては、自分たちのような悲劇を何も知らない子供たちに味わわせないため。健全な環境で、この国を以前よりも発展させたい――だから、この道を選んだのだ。
 “――毎日忙しいけど、楽しそうだね、ブルー”
 内から語りかけてくるルージュへ、ブルーは静かな微笑を浮かべて答える。
「……ああ。お前は旅に出たかったようだが、俺はやはり、他にないこの魔術王国を再興したいし、このリージョンに生を受けた子供たちの成長を見守りたい。これが、俺の生き方だ。後悔などしていない。お前だって、将来的にはここに帰って来るつもりだったのだろう?」
 “あはは、バレてたか。……ああ、キングダムを完全に見捨てたわけじゃない。改めて各地を旅して見聞を広めて、多くの価値観を学んでから戻るつもりだった。根っこの部分は君と同じだね。やっぱり僕たちはキングダムの術士だし、兄弟だ”
 ルージュの言葉に、ブルーはふ、と短く笑う。
「ブルーせんせーい! しゅくだいおわったから、じゅつをおしえて!」
「宿題が終わった? 本当か? どれ、見せてみなさい」
 先程の子供たちより幼い子供に呼ばれ、ブルーは学院長のみがまとうことを許されたローブをはためかせて歩き出したのだった。

【双子術士、アルバイトをする】
「! これは……!」
 ソファーに座って新聞を読んでいたルージュの声に、それまで無心でコーヒーを淹れていたブルーが、はっと顔を上げる。
「どうした」
 何か、重大ニュースでも載っていたのだろうか。まさか、マジックキングダムで新しい動きでも? などと咄嗟とっさに考えを巡らせたが、ルージュの返事は、何とも気の抜けるものだった。
「……マンハッタンのショッピングモールで、今回の連休の間だけ且つ短時間、風船やチラシ、ティッシュ配りのアルバイトを募集しているって。時給もそこそこ。良いと思わない?」
「……」
 ――身構えた自分が馬鹿だった。はあ、と溜め息を吐いたブルーへ、だがルージュは新聞の求人広告覧から目を離さずに付け加える。
「しかも、着ぐるみ着用で。ということは、お客さんと喋る必要がない。これ、面倒な客を相手にするのは嫌だっていう君にも向いていると思うんだけど」
 「客と会話する必要がない」というところで、ようやくブルーも興味を示した。淹れ終えたコーヒーを二つのカップに注ぎ、それらをテーブルの上に置いてから、短く礼を言ったルージュの隣に腰掛ける。
「……なるほど。確かに着ぐるみを着ていれば話す必要がないし、風船なんぞを貰いに来るのは、子供しかいないはずだ。子供には、適当にそれらしく動いて愛嬌を振りまいておけばいい……それで金が貰えるのなら、喜んでやってやる」
「乗り気になったね。――よし、そうと決まればさっそく応募しに行こう。早くしないと取られてしまうしね」
 コーヒーを飲み干して素早く『ゲート』を開くと、二人は一瞬にしてマンハッタンのショッピングモールへと移動した。

「……」
 意気揚々と現れた青年たちを見て、アルバイトの採用担当者は絶句した。募集はまだ締め切ってはいなかったものの、想定外の応募者が来たからだ。
「……あの……まだ応募、締め切っていませんよね?」
「え、ええ……ですが、少々お待ちください」
「……?」
 明らかに戸惑いながら奥へと引っ込んで行った担当者を見て、二人は一気に不安になった。いったい、自分たちの何が悪かったのだろうか。
「……どうしたんだろうね?」
「……分からん」
 顔を見合わせて首を傾げていると、先程の担当者が上司らしき人間を連れて再び姿を現した。だが、その上司らしき男も、二人の青年を見るなり驚いたように目を見開く。
「……あの……不採用、ですか?」
「いや、そういうわけではないんだけどね。ただ、募集要項とは少し違う働き方をしてもらうことになるかな。それでもいいのなら」
「それは、どういったものですか?」
 ルージュの質問に、上司らしき男は笑顔で頷く。
「着ぐるみ着用と記載していたけど、君たちが着るのは、あまりにももったいない。その代わり、今、子供たちだけでなくお嬢さん・お姉さん方にも大人気のイケメンキャラクターの服を着てもらって、集客を見込もうと思う。フロア内はきっと、大盛り上がりになるだろう」
「待て、約束が違」
「やります。それくらいのことならば、きっとできます」
「おい!」
「よし、決まりだね。ではこれから、さっそく現場に入れるかい? 今、すぐに衣装を持ってくるから、まずは着替えて。その後、簡単に仕事内容を説明するね」
 そう言って去って行った上司らしき男と担当者の背中を、ブルーは茫然と見送った。それからすぐにルージュをキッと睨み付けると、小声で不満をぶちまける。
「……一人で勝手に話を進めやがって。こんなことになるなら、途中で帰れば良かった」
「口が悪いよ、ブルー。……大丈夫、僕がちゃんとフォローするからさ」
「それはそれで腹が立つな。……ふん、いいだろう。お前の力を借りずとも、この任務、必ずやり遂げてみせる」
「その意気だ。主に大人が相手のチラシとティッシュは僕で、子供が相手の風船が君、っていう分担にして、二人で頑張ろう」
 両拳を握ってみせたルージュへ、ブルーも納得したのか、小さく頷いた。

 上司らしき男が持ってきたのは、何のキャラクターなのかアイドルのようなキラキラとした感じの衣装だったが、美しい双子の青年たちはそれを見事に着こなしてみせ、これまた上司らしき男と採用担当者を絶句させた。
 人気イケメンキャラクターの衣装をまとい終始笑顔を振りまいた二人は、小さな子供よりお母さん等の「大きなお姉さん」方のハートを鷲掴みにし、連休中のショッピングモールを大いに沸かせたという。

【輝きに満ちた世界で】※書き下ろし/リマスターヒューズ編ルージュ勝利ルート
「おい、あの兄ちゃんのテーブルを見てみろ。チップが山積みだ。大勝ちしてやがる」
「あの恰好、マジックキングダムの術士か。ちょっと前に壊滅したって話だったが、こんな所で遊んでていいモンなのかねえ。復興の資金稼ぎか?」
「マジックキングダムの術士っていったら、お堅いことで有名なハズなんだが……アイツも例に漏れず、とてもカジノ慣れしてるようには見えねえがな。ビギナーズラック、ってヤツか」
 周囲の客が、ざわついている。背後に集まる野次馬の数が、どんどん増えている。――ああ、また勝った。積まれたチップの数が、さらに増える――。

「……ふう……」
 軽い気持ちで卓についたのだが、自分でも驚くくらいに大勝ちした。ゲーム終了後は周りからさんざんはやし立てられ、外野ともどもその場で記念写真を撮り、換金したクレジットをさっそく使って、今、地下のホテルの一室にいる。
「……まさかあんなに勝てるとは思っていなかったし、こんな豪華なホテルに泊まれるとも思わなかった。でも、いい経験にはなったかもしれないな。記念写真も撮ったことだし、またヒューズに手紙を書こう。カジノ初心者の僕がこんなことになっただなんて、彼、ビックリするだろうな」
 ふふ、と小さく笑いながら、ルージュは大きなベッドに腰を下ろす。そのまま横たわり、仰向けになって天井を見上げた。煌々と輝いていたカジノフロアとはうってかわって、灯りは控えめで上品だ。防音対策もされているのか物音も一切せず、室内は、しんと静まり返っている。
 “――まさか、お前がギャンブルに手を出すとはな。ヒューズも予想だにしなかっただろうよ”
 内から語りかけてきたブルーへ、ルージュは再度微笑みながら、穏やかに返す。
「俺なら絶対こんな所に来ていなかった、って? でも僕は、初めて来た時から興味があったんだ。キングダムがあんなことになっていなかったとしても、なんとか時間を取ってここに来ていただろう。外の世界は、輝きに満ちているからね」
 “しかも、わざわざ紙の手紙を使って逐一報告するなんて……あいつも暇じゃないんだぞ。携帯端末とやらを使ったほうが早いだろう”
「残念ながら携帯端末なんて持っていないし、持つつもりも、当分ない。返事も求めていないし、僕が好きでやっていることだ。手紙を書くのって、なかなか楽しいんだよ」
 “……意外だな。お前はそこまで細やかな人間だという印象はなかったんだが。まあ、いい。俺もお前を通して、自由気ままに旅をしている気分を味わわせてもらっているからな。次は、どこへ向かうつもりだ?”
 なんだかんだ言って、ブルーもこの旅をそれなりに楽しんでいるらしい。そのことに少し安堵し、ルージュはほっと息を吐き出した後に続ける。
「次、か――ドゥヴァンかな。あの町、色々な占い師がいただろう? 純粋に占いに興味があるのと、真偽を確かめたいというのと……どれが本物でどれがインチキか見極めるいい機会にもなるだろう、ってね」
 “……お前の趣味は、よく分からん”
 それきり黙ってしまったブルーに、ルージュももう話しかけることはしなかった。話さずとも、ブルーの意思はいくらか伝わってくる。時折揉めることもあるが、僕たちは、一心同体だ。
「……さすがは高級ホテル、部屋にレターセットまで置いてあるんだな。しかも『BACCARA』ロゴ入りだから、バカラのホテルに泊まったとも一目で分かる。……写真の印刷は明日別のリージョンでするとして、今のうちに手紙を書いておこう。ええと――」
 ベッドから体を起こすと、ルージュは質のいい便箋に、さらさらとペンを走らせ始める。
 決して長いものではないが、人生を存分に謳歌していることが伝わる、いきいきとした感情がこもった手紙。ルージュの手紙は彼が各リージョンに滞在するごとに、IRPOにいるヒューズの元へと送られ続けたのだった。
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