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【命削って(リュート視点)】
 もう駄目だ。自分たちは、ここで終わるのか。誰もがそう思った時、それは発動した。
「――『サクリファイス』」
 ブルーの体から凄まじいエネルギーが放たれ、みるみるうちに仲間たちの傷は癒えていったが、彼自身の傷が癒えることはなく、乱れた髪や青い法衣は、赤黒い血にまみれている。
「……ッ!? ブルー、今のは……! お前、ただでさえ生命力が尽きかけてるってのに……!」
「だが俺がこうしなければ、全員死んでいただろう。――お前たちは、生きろ。生きて、地上へ戻れ」
 そう言って背を向けたブルーの全身から再び強大なエネルギーが立ち上り、連続で攻撃術が放たれた。それはまるで、残りの命を燃やし尽くすかのようで。今一度奮い立ち剣を握り直すも、迫り来る死の気配に、手足が震える。
(……頼む。どうか、)
 お前も、生きてくれ。声なき祈りを、その背に捧げた。

【Pedophilia】
「服を脱ぎなさい」
「……は、……?」
 優雅に椅子に腰掛けた校長からの突然の命令に、思わず気の抜けた声が出た。ブルーを囲むのは、男性教授たち。おのれを個別に呼び出した主任教授の姿もある。
「聞こえなかったのですか? 服を脱ぎなさい」
「な、何故です――」
「口答えするつもりか? 校長のめいは絶対である。速やかに実行せよ」
「……っ」
 いったい、何の意図があるのだろうか。だが『校長のめいは絶対である』。一学生であるおのれが逆らうことなどできない。震える手を衣服にかけ、一枚、また一枚と脱ぎ落として行く。
 やがて校長と男性教授たちの目の前に、少年の白く未熟な裸体がさらされた。ごくり、と唾を飲み込む音。向けられる、ぎらつく視線。まるで、獣の群れの中に放たれたかのよう。羞恥と不安に震えるブルーへ、目を細めた校長は、さらに非情なめいを下す。
「よくできました。――貴方にはこれから、教授たちへ“奉仕”をしてもらいます。その身を捧げ、彼らの激情を鎮めるのです。王国に忠実な貴方ならば、できますね?」
「!!」
 ブルーの碧眼が、絶望に大きく見開かれた。

【髪遊び】
「お前……何だ、その髪型は」
 朝食の準備をしているルージュの後ろ姿を見て、自らも髪を頭の高い位置で結っていたブルーが、わずかに驚いた表情を見せる。
「これ? 三つ編みっていうんだけど」
「それくらいは知っている。いつも髪には無頓着なお前が突然何だ、といているんだ」
 普段は髪を解きっぱなしなので、常に髪をきっちりと束ねているブルーが戸惑うのも無理はない。二人分のスープをテーブルに置いて、ルージュは質問に答える。
「旅の仲間の一人だった白薔薇姫っていう女性が教えてくれてね。貴方の髪は綺麗だからって、時々結ってくれていたんだ。そんな彼女たちが夢に出てきたから、少し懐かしくなって」
「……」
「……ブルーにもやってあげようか?」
「いらん」
 ブルーの答えは予想通りのものだったが、それが逆に、ルージュの悪戯心を刺激した。銀髪のおのれとは異なる淡い金髪に一度触れてみたいとも思っていたので、ちょうどいい機会だ。ルージュは素早くブルーの背後に回ると、髪留めを引っ張って一気にポニーテールを解く。
「!? おい、何をする!」
「三つ編み、君の髪にも映えると思うんだよね。おとなしくしていてよ」
「いらんと言っている! 髪で遊ぶなんて、女か!」
「低い位置で適当に束ねるんじゃなくて、いつもそれなりの時間をかけてわざわざポニーテールにしている君に言われたくはないな」
 少しムッとしたのかやや早口で答えながらも、既にルージュはブルーの髪を編み始めている。抵抗するのも馬鹿らしくなって、ブルーは早々に観念した。しばらくしてルージュから手鏡を渡され、後ろ髪が銀髪の青年とお揃いの三つ編みになっているのを見て、金髪の青年は深い溜息を吐く。
「……」
「うん、我ながらなかなかの出来だ。せっかく長く綺麗な髪を持っているんだから、たまには髪型を変えてみるのも一興だね。あ、嫌なら解いてもいいよ。長時間三つ編みにしていると、髪が波打つようになってしまうし」
 そう言ってルージュがキッチンへと戻って行った直後、ブルーはすぐに三つ編みを解いた。再びいつものポニーテールにし始めるブルーを見て、ルージュはぼそりと呟く。
「……あまり引っ詰めていると、そのうち禿げるよ」
「!!」
 明らかに表情を強張らせて動きを止めたブルーの動揺っぷりがおかしくて、ルージュは必死に笑いをこらえたのだった。

【果たされなかった約束】
「――レッド。悪いけど、僕が同行できるのはここまでだ」
 突然のルージュの言葉に、彼の前を歩いていたレッドは驚きに目を見開く。
「な、なんでだよ!?」
「術士の本懐を遂げる時がやってきたからだ、と言えばいいかな。元より陰陽と秘印の術の資質を得た時点で、こうなることは分かっていたのだけど」
 まるで訳が分からない。だが思えばこのルージュという人には、謎が多かった。おのれより3歳年上のマジックキングダムの術士であり、術の資質を集めるために各地を旅しているということしか聞かされておらず、踏み込んだ話は一切しようとはしなかった。他愛のない話をする時もだいたい彼は聞き役に回ることが多く、術士としての実力込みで、それを頼もしく思っていたほどだ。
 そんな彼が今、初めて”秘密”を明かしたようで。レッドは思わず、無遠慮に尋ねる。
「突然そんなことを言われて、そうですか、それじゃ、なんてあっさり送り出せるワケないだろ。ルージュのことは戦力としても、友人としても頼りにしてるってのに。……何か大事なことを隠してるよな? 俺に力を貸してくれた真の目的は何だ?」
「ずいぶんストレートにくんだね。……誰にだって、人には話しにくいことがあるだろう? もちろん、君にも」
「えっ」
「やっぱりあるんだね。でも、君は僕にそれを話さない。ならば、僕も君には話せない。じゃないと、フェアじゃないからね。――勝手で悪いけど、今は快く送り出してほしい。次にまた会った時は、僕の旅の真の目的を話すことができるはずだから。だからそれまで、しばらくお別れだ」
「……」
 ルージュの強い意志を感じて、レッドは閉口した。優れた術士である彼が言うのだ、彼ならばどんなに過酷な環境でも乗り越えて、おそらくはさらに強力な術士となって、再びおのれの前に現れるだろう。反面、どこか不安定で儚さすら感じられるところもあり、果たして再会は叶うのだろうか、という不安も覚えてしまう。
「……分かったよ。修行だか何だか知らないけど、無事でいろよ。で、また一緒に戦ってくれよな」
 それでもなんとか彼を送り出すことを選べば、
「ありがとう。じゃあ、行ってくる。……僕を友人だと言ってくれて、嬉しかった」
 そう言い残すとルージュは『ゲート』を開き、彼方へと消えて行った。――すっかり忘れていた。彼は瞬間移動の術を持つ「魔術士」であったのだ。共にシップでわざわざ移動していたのは、『ゲート』が使えない自分たちに配慮してくれていたのだろう。そんな所も律儀な奴だったなと、レッドは改めて思う。
(……本当に、無事に帰って来てくれよ。もう誰も、大切な人を失いたくないんだ)
 ちくりと痛む胸を押さえながら、レッドはしばらくの間、その場に立ち尽くした。

 しかし、「赤」と「紅」という同じ色の名を持つ二人の青年の約束が果たされることは、とうとう無かった。後にルージュの故郷であるマジックキングダムが壊滅したと知っただけではなく、人づてにルージュが双子の兄弟との対決に敗れて消滅したと聞いて、レッドは、後悔と絶望に打ちひしがれたのだった。

【いとおしいもの】
 見るからにモコモコとした毛玉のような子犬が、飼い主に引かれて元気にすれ違って行った。それを目で追うブルーへ、隣にいたルージュがくすりと笑う。
「今の子、可愛かったよね。ああいうの、君も好きなんだ?」
「別に好きというわけではない」
 すぐに前方に視線を戻し、ブルーは無表情で歩を進める。まったく、素直になればいいのに。やれやれとルージュも前を向いて歩き出したところで、今度は白い猫が横切って行った。その後ろから様々な模様の子猫たちがぞろぞろとついていき、道の端で止まる。積み上げられた木箱の陰で、親猫と思われる白猫が尻尾を左右に振り、子猫たちが、それにじゃれついている。
「……」
「ふわふわで可愛いね。やっぱり君って、結構動物好き――」
「好きじゃない」
 そう言いながらも猫の親子から目を離さないブルーにルージュが苦笑いしていると、こちらへと向かって1匹の子猫が飛び出して来た。子猫はブルーの足元に来ると、みゃあ、とあどけなく鳴いて、再び親猫たちの元へと戻って行く。
「……」
「……ブルー、震えているよ。もう言い逃れできないんじゃない?」
「別に、何とも、思っていない。……何だ、その顔は!」
 何かをこらえるように拳を握り締めてそっぽを向いたブルーへ、ルージュは、一見冷血漢と思われるブルーも小さき者に愛情を抱くことができる人間なんだなと、静かな微笑を送ったのだった。

【青い術士と妖魔医師】
「……っ」
 紙で切ったらしくヌサカーンの指から青い血が滲み、彼の向かい側にいたブルーが、思わずそれを凝視する。
「……どうした? 人間である君には、妖魔の青い血は珍しく映るか?」
「いや……少し、羨ましいと」
「羨ましい? ふむ、何か理由ありのようだな。お望みとあれば、私はいつでも君を妖魔にできるが」
「違う。別に、妖魔になりたいわけではない。……ただ、『あか』は、嫌いだ」
 拳を握り締めて口をつぐんだブルーを見て、瞬時に指の傷を塞いだヌサカーンが、自らのあごに手を当てる。
「それは過去のトラウマによるものか、もしくは敵対する相手に関わることなのか。……以前、クーロンの街中で、君ととてもよく似た青年を見たことがある。彼は確か銀髪で、紅い衣服をまとっていたな」
「! 奴を見たのか」
 ブルーの青い瞳が、鋭く光る。これはどう見ても好意的な態度では無いなと、ヌサカーンは瞬時に察した。マジックキングダムの双子に関する話を、おのれは聞いたことがある。
「なるほど、やはりそうか。君たちの国のうわさは、聞いたことがあるぞ。マジックキングダムに生まれた双子は2人では不完全ゆえ、完全な1人の術士になるために殺し合う運命にあるのだと。君もそうなのだな?」
「……説明する手間が省けた。その通りだ。私は、奴――ルージュをたおして完全な術士となるために、術の資質を集めている。奴もまた、私と同じめいを受けて旅をしているはず。それが私と奴の旅の最終目的であり、宿命なのだ」
 ブルーの話を聞いても、ヌサカーンは眉一つ動かさなかった。事情を知っていたことと、彼が人間とは異なる感性を持つ上級妖魔であるがためだ。妖魔医師はひと呼吸置いた後、再度口を開く。
「あの国の慣習は知っていたが、まさか当事者に出会うことになろうとは。これは、旅の最後まで見届ける理由ができたぞ。マジックキングダムには、謎も多いからな」
「博識で実力も確かな貴方に、この先も同行してもらえるのは心強い。改めて、よろしく頼む」
 何より、このどこか不安定でいびつな青年の行く末にも、興味が湧いたから。だがそれを口にすることはなく、ヌサカーンは、軽く頭を下げたブルーの淡い金髪がさらさらと流れる様を、わずかに目を細めて見つめたのだった。

くれないに染まる】
 術による情け容赦のない攻撃がブルーの身をかすめ、衣服を破り、肌を傷つける。
「……ちっ」
 頬から、腕から滴る生温かい「紅」。マジックキングダムから旅立つ時に学院の校長から聞かされた、忌むべき名前、色。それが、おのれの身の内にも流れている。強敵との戦い続きの旅の中で目にする度に、回復術で傷を素早く塞いできたものだ。
 だが今は、回復術を使う暇などない。少しでも攻撃して、一刻も早く決着をつけなければ。次なる攻撃術を放てば、ほぼ同じタイミングでルージュからも新たな攻撃術が放たれ、今度は脇腹をかすめた。ブルーの青い法衣にじわりと紅い血が滲み、また、ルージュの紅い法衣にも、より鮮やかな紅が刻まれる。
「――そのまま、全身くれないに染まってしまえ」
「ふざけるな。自らの血に染まってたおれるのは、お前だ」
 近くの岩に降り立ったルージュの言葉を聞いて、ブルーは鋭く言い返す。さらに強い力と殺意を込めて二人は再び渾身の攻撃術を放ち、その身は、よりいっそうくれないに染まって行ったのだった。

【Mofumofu】
 買い物を済ませて店を出ると、ポールに小さな犬が繋がれているのが見えた。その犬はおとなしくお座りをした状態で、少し心細そうな顔をしてきょろきょろと辺りを見回している。
「犬だ、かわいいね。何て犬かな」
「さあな。さすがに、犬について学んだことはない」
「買い物中のご主人の帰りを待っているんだね。早く帰ってくるといいね」
 人間たちが自分の話をしていることが分かったのか、その犬は、ルージュとブルーをじっと見上げた。つぶらな黒い瞳をウルウルと潤ませ、それがまた、何とも切なげで。あげく「クゥン」と鼻を鳴らしたのを聞いて、すぐにその場から去るはずだった二人は、思わず犬の近くへと引き寄せられてしまう。
「……寂しいんだね。でも、赤の他人である僕たちが近付いても吠えたりしないし、とても利口な子だ。きっと、きちんとしつけもされているんだろうな」
「……」
 ブルーは無言で犬を見下ろしていたが、彼の心中は、それは大変なことになっていた。触りたい、撫でたい、あわよくば抱いてみたい。本人は懸命に平静を装っているが、双子の兄弟ゆえか、ルージュにはブルーの本心が手に取るように分かってしまう。
「……ご主人の許可無しに触ったりしたら駄目だからね」
「! そ、そんなことは考えていない!」
「あら、構いませんよ。人間が大好きな、とても人懐っこい子ですから」
 店から出てきた「ご主人」らしき若い女性が、喜びのあまりにぐるぐると回りながら飛びついてくる飼い犬を受け止めつつ、優しく微笑む。それを聞いたブルーがわずかに目を輝かせたのを、ルージュは見逃さなかった。今、彼の願望が叶うのだ。
「では、少し失礼して――」
 しゃがんでしばし手の匂いを嗅がせ、ルージュが体の側面と胸部をそっと撫でると、小さな犬は尻尾を千切れそうなほどにぶんぶんと振った。本当にフレンドリーな犬だ。これなら動物慣れしていないであろうブルーが触れても大丈夫だろうと思い、自らは横に退く。
「さあ、ブルーも。頭を撫でられるのは苦手な子が多いみたいだから、僕と同じように、見える所からね」
「あ、ああ……」
 ルージュを手本にしゃがんで目線を合わせ、まずは手の匂いを嗅がせる。嫌がるどころか相変わらず嬉しそうに尻尾を振っている犬にそっと手を伸ばし、触れ方もルージュと同じように体の側面、そして胸部を優しく。被毛は想像していた以上に柔らかく、モフモフとしている。ブルーが今まで感じたことのない幸福感に包まれていると、そんな感情が通じたのか小さな犬はぴょんと飛び上がり、自らブルーの腕の中へと飛び込んで行った。それを見た犬の飼い主はあらまあ、と再び微笑み、ルージュがやや心配そうに、ブルーの顔を覗き込む。
「お兄さんたち、美形さんだからうちの子も気に入ったのかしら。◯◯もやっぱり女の子なのね~」
「……」
「……ブルー、大丈夫? 正気、保ててる? ……あ、駄目だ。これ、メカで言う所のショート状態だ。――触らせてくれてありがとうございました。ほらブルー、帰るよ。その子を下ろしてあげて」
「――はっ!? 今、一瞬意識が飛んで……ああ、そうだったな。早く主人の元に帰るといい。……触れ合う機会をくれたこと、感謝する」
 女性に礼を述べた時こそ凛としていたが、帰り道でのブルーは明らかにほうけた様子で、ルージュのややからかうような言葉にも反論はせず、「柔らかかった」「“可愛い”とはああいうことを言うのか」などと、犬と触れ合った感想をうわ言のように何度も繰り返した。彼と同居しているルージュいわく、その日のブルーの周りには、無数の花が飛んでいるように見えたという。

そばにいるよ】
「――ルー、ブルー!」
 徐々に近付いてくる呼び声で、急激に覚醒する。真っ先に視界に飛び込んできたのは、おのれと同じ顔立ちの青年。その顔は、とても心配そうだ。
「……ルー、ジュ……」
「ずいぶんうなされていたよ。悪い夢を見ていたんだね。汗も凄い……今、タオルを持ってくるね」
 そう言うなりくるりと身を翻して、ルージュが寝室から出て行く。ああ、そうだった。一度この手でたおしはしたが、彼は完全な形で蘇り、今は共に暮らしている仲なのだった。もう、殺し合う関係ではないのだ。
(あの時は、あいつを殺すことにためらいなど感じなかったのに。夢の中の俺は血溜まりの中に横たわるあいつを見て、激しく動揺していた……俺も変わったな)
 むしろ今は、失うことが怖くすらある。ゆっくりと上半身を起こしたところで、ルージュがタオルを持って戻って来た。彼からタオルを受け取って額や首筋の汗を拭った後、ブルーは俯いて溜め息を吐く。
「……起こしてしまってすまんな。詫びとして、今日の朝食は俺が用意する」
「別にいいよ。僕も旅をしていた頃は何度か悪夢にうなされて、隣で寝ていた仲間を起こしてしまったことがあるしね。今はそういうことはなくなったけど、悪い夢を見ることがないわけじゃない……そんな時、隣のベッドに君がいると、少し安心できるんだ。ああ、今は一緒に暮らしていて、君と平和な日々を送ることができているんだ、ってね」
 その言葉にブルーは顔を上げて、ルージュを見つめた。ルージュもまたブルーを見つめ返し、そっと彼のベッドに腰掛ける。
「実は僕もついさっきまで悪い夢を見ていたから、先に起きていたんだ。君がいなくなってしまった夢を見て飛び起きて、隣のベッドで眠っている君を見て安心していたら、君がうなされ始めて。きっと、僕よりひどい夢を見ていたんだね」
「……ああ。俺は、血溜まりの中にお前が倒れている夢を見た。俺がやったのか、他の誰かにやられたのかまでは分からなかったが……恐怖を、感じた。互いに、互いを失う夢を見ていたんだな」
 不意にルージュが右手を伸ばし、いまだに顔色の悪いブルーの頬に触れた。突然のことに固まるブルーを、ルージュは真顔で再度見つめる。
「……温かいだろう? 僕は、生きている。生きて、今は君とは別の人間として、君のそばにいる。君が僕を殺すようなことはもう無いだろうし、その逆も無い。他の何者かに簡単に命をくれてやるつもりも、もちろん無い」
 ルージュの真剣な眼差しと伝わってくる体温に、ブルーの体の強張りが解けて行く。彼は表情を和らげ、ルージュの手に自らの手を重ねた後に、小さく笑う。
「安心しろ。俺とて、黙って去るようなことはしない。俺は、今の生活に満足している。これから先、何があるかは分からないが……俺が帰る場所は、たった一つと決めている。お前の夢は、現実にはならん」
「はは、頼もしいな。でも、それでこそブルーだ。……顔色も戻ってきているし、もう大丈夫そうだね。場合によっては、一緒に寝ることを提案しようと思っていたんだけど」
 ルージュの言葉を聞いた途端、ブルーの口元に浮かんでいた笑みが消えた。彼はルージュの手を引き剥がすと、若干身を引きながらぼそぼそと呟く。
「……大の男二人が、一つのベッドでか? 子供ならまだしも、それは気色が悪いぞ」
「僕も最初はそう思っていたんだけどね。でも君と暮らしているうちに、そういうのも有りなんじゃないかな、と思うようになってきて。この家には僕たちしか住んでいないんだから、人目を気にする必要もないし。……いい機会だから、一度やってみないかい?」
「何が“いい機会”だ! やめろ、毛布をまくるな! それ以上近付くな! さっさと自分のベッドに戻れ!!」
 今にもベッドから転がり落ちそうなブルーを見て、ルージュは笑いながら自分のベッドへと戻って行く。
「案外安眠できると思うんだけどなぁ。してみてもいいかなと思ったら、いつでも言って。大丈夫、僕は寝相はいいほうだから、君を突き落とすようなことはないと思うよ。――じゃあ、おやすみ」
「……」
 ――今の生活に満足してはいるが、時折こうして、反応を面白がられるのは気に入らない。それきり黙ってしまったルージュをブルーはしばらく睨み付けていたが、やがてもぞもぞと自分のベッドに潜ると、実の兄弟であるルージュとならばいいか、とほんの少し思ってしまったことにぶるぶると首を振り、彼はもう一度きちんと眠るべく、きつく目をつむったのだった。

【ヒーローにヒーロー参上?】※pixivまとめ用書き下ろし
 マズい。アルカイザーという名のヒーローに変身して身体能力が飛躍的に上がっている今でも、たった一人で敵う相手ではない。対峙したモンスターの予想外の強さに、レッドは、がっくりと地面に膝をつく。
 「夜間に、仕事帰りの住民たちを脅かすモンスターが出没している」といううわさを聞き、一人宿屋を抜け出して見事そのモンスターと遭遇したはいいものの、まさかの事態。今までアルカイザーに変身すれば大概はなんとかなっていたので、これは自らの油断とおごり、ヒーローの能力に対する過信が招いたことだと、仮面の下できつく唇を噛みしめる。
 懸命に立ち上がろうとするが、足に力が入らない。こんなことなら“レッド”のままで仲間たちにも協力を仰ぐのだったと、項垂れて後悔するアルカイザー、もといレッドにとどめを刺すべく、モンスターが巨大な武器を振り下ろしかけた――次の瞬間。
 何かがそこら中の壁に跳ね返り、モンスターの顔に勢いよく命中した。突然の事と衝撃にモンスターは呻き声を上げて、後ろに引っ繰り返る。
「――ヒーローの元にヒーロー参上。なんてね」
「ルージュ!?」
 咄嗟とっさに叫んでしまった口を押さえるが、もう遅い。両手に銃を構えた銀髪赤目の青年は、意外そうな顔でアルカイザーを見つめる。
「おや、僕の名前を知っているのかい? 君に名を教えた覚えはないんだけど」
「うっ……ひ、ヒーローの世界では、君は有名人なのだ。その名の通り目にも鮮やかな赤い服をまとった魔術士がいて、各リージョンでその素晴らしい魔力を正義のために使っている、と。現に、ヒーローである私すら助けてくれた。いや本当に、うわさ通りの素晴らしさだ。ははは」
「そうなのかい? それは意外だね。でも正義だなんて、それは買い被り過ぎだよ。別にそんな綺麗な理由ではなくて、僕はただ、目の前に立ち塞がる障害を退けているだけだから。……と、悠長に話している暇はない。さあ、立って。あっちも手負いだ。攻撃の手を緩めなければ、このまま押し切れる」
「あ、ああ、そうだな!」
 大丈夫。幸い、技を繰り出す力はまだ残っている。術だけでなく銃技も極めつつあるルージュが来てくれたのだから、これで百人力だ。強力傷薬を渡された上に『勝利のルーン』までかけてもらったことに礼を言うと、体力と活力を取り戻したアルカイザーことレッドはすっくと立ち上がり、いまだ顔を押さえて悶絶しているモンスターに向かって、次々とヒーロー技を繰り出した。その後ろからルージュの休みない銃撃と攻撃術が炸裂し、手負いのモンスターは断末魔の叫びを上げて、絶命する。
 モンスターの巨体が塵となって消えて行ったのを見届けてから、二人は同時に安堵の溜息を吐いた。だがアルカイザーは、気まずそうに頭の後ろに手をやる。
「ありがとう、本当に助かった。しかし改めて、みっともない所を見せてしまったな」
「いえいえ。ヒーローといえど、一人で成せぬこともあるだろう。不思議なことに君とは何某なにがしかの縁があるようだから、僕で良ければいつでも力を貸すと約束するよ」
「ご、ゴホン! 重ねて感謝する。……にしても君こそなぜ、こんな時間にこんな所へ?」
 アルカイザーの質問に、ルージュは少し考える素振りを見せた後、わずかに微笑んで答える。
「……ちょっと眠れなくてね。その辺を散歩しようと外に出たら遠くでただならぬ物音がしたから来てみただけだよ。そうしたら、危機的状況に陥っている君がいた。君には何度も助けられているからね、今こそ恩返しをする時だと思って。間に合って良かった」
「(それにしてもタイミングが良過ぎたような……)そ、そうか。戦闘で傷ついてしまった壁や床の弁償は、私がしておこう。君は、安心して宿に戻るといい。今度は朝までよく眠れるといいな」
「ありがとう。君こそ、気を付けて帰るんだよ。夜の路地裏で一人歩きなんて、女性じゃなくても危険だからね」
「ああ。では、また会おう!」
 そそくさとどこかへと走り去って行ったアルカイザーの後ろ姿を見送り、ルージュは宿へと戻って行く。
(……部屋の前で待ち伏せなんて意地悪なことはやめておこう。きっと、人には言えない事情があるんだろうし)
 もっとも、突然レッドがいなくなってアルカイザーが初めて現れた時から、その正体に気付いてはいたのだが。しかし“彼”のために深掘りはやめておこうと、さとい青年はすぐに自分の部屋へと篭ることにした。

 ――ルージュがベッドに潜って、数十分後。
 本人は足音を忍ばせているつもりなのだろうが、床の軋む音や衣擦れの音、短く小さく息を吐き出す音が通過していくのを聞いて、ルージュはベッドの中で、ヒーローも大変なんだなと密かに同情したのだった。
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