褪せ行く籠の鳥

 最近、髪の色が少しずつせてきている気がする。限りなく銀髪に近くなったプラチナブロンドの髪を手に取って見つめた後、ブルーは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
 長い裾を引き摺り、装身具が擦れる音を響かせながら姿見の前に立つ。――ああ、変化はやはり、髪だけでは無かった。元々色白ではあったものの肌は不健康なほどに白く、顔も少しやつれている。青い瞳はうっすらと紫がかり、自らの手であやめ吸収した片割れ・ルージュの紅が混ざったかのようだ。
 そのルージュとは近頃、頭の中で対話することが減ってきている。外見の変化といい、より彼との融合が深まっているということなのだろうか。人格も記憶も魂も全てが融け合って、ルージュという一人の人間の存在は、おのれの中に完全に集約されてしまうのだろうか。俺は本当に、独りになってしまうのだろうか――。
「ブルー、校長がお呼びだ。いつもの場所へ」
 部屋の外からの呼び声に、ブルーは我に返った。「日常」が、始まったのだ。

 マジックキングダムはブルーとルージュが生まれ育ったリージョンではあるが、立ち入ってはいけない謎の場所が多く、また大人たちも何も教えてくれなかったので、幼心にも不審や疑問を少なからず抱いていたものだ。
 だが大人たちに逆らうことなどもってのほかで、“洗脳”ともいえる厳しい教育を受けた子供たちは皆一様に国に忠誠を誓う術士となり、誰もそれを疑問に思うことはなくなっていった。ブルーとルージュも例外ではなく、双子の片割れを殺せというめいを受けても動揺はせず、様々な仲間たちとの出会いによって多少の迷いは生じたものの、見事にそれを遂行した。国の命令どおり一人の「完璧な術士」となって帰郷したブルーだったが、無残に崩壊した故郷を目の当たりにし、今までひた隠しにされていたものを一気に知ることになったのだ。
 真実を知り、絶望し、故郷に対して怒りを覚えた。見捨てることだってできた。しかし、地下の施設に安置されていたまだ何も知らない赤ん坊たちを、自分の意思で護りたいと思った。だからブルーは故郷の崩壊の原因である地獄へと向かい、地獄の君主と呼ばれる強大なモノをたおして、地獄を封印した。
 「英雄」の帰還に術士たちは沸き、口々にブルーを讃えた。ブルー自身も故郷を復興させ、地下の子供たちを護るべく、マジックキングダムに残ることを決めた。これからはブルーが指導者となり、正しいやり方で国を栄えさせていく――はずだったのだが。
 ブルーには、まだ知らないことがあった。王国の崩壊と同時に亡くなったと思われていた、魔術学校の校長や教授たちが生きていたのだ。彼らは、彼らしか知り得ない通路を通ってさらなる地下に逃れ、忠実な術士たちが地獄の住人と戦って次々と命を落として行く中、地下深くで息を潜めていた。地獄の封印後に何食わぬ顔で地上へと戻って来た校長と教授たちを見てブルーは茫然とし、寒気すら覚えたが、なじることなどとてもできなかった。校長は慈しむような微笑みを浮かべてブルーを讃え、「英雄」にふさわしい服装をと、一着の衣装を贈った。それが今のブルーが着ている、装飾過多で非常に動きづらい純白のローブだった。実質、これはおのれの自由を奪う「鎖」だ。
 これまた校長たちが戻って来るまで知らなかった薄暗い通路を少し歩き、転送装置を使って「いつもの場所」へと向かう。着いた先には校長と教授たち、数名の初老の上位術士たちが待ち受けていた。目の前にあるのは、地獄への入口。かつて仲間たちと共に入ったのが今となっては懐かしいが、思い出に浸っている余裕などない。
「来ましたね。では、始めなさい」
 校長の命令で教授たちと術士たちがブルーを囲んで手をかざすと、彼が身に付けている装身具が一斉に輝き出した。それらは術者であるブルーの魔力を大幅に増幅させ、生命力をも容赦なく削り取って行く。
 封印は施したものの、いまだ不安定な状態にある地獄の状態を安定させるため。ゆくゆくは人々が気軽に行き来でき、さらには移住も可能な真の楽園に造り変えるため。それには並の術士の魔力ではなく、双子の片割れを吸収した完璧な術士の膨大な魔力が必要――。
(……くる、しい……息が、できない……)
 強制的に引き出されている限界を超えた魔力で、肉体が悲鳴を上げている。心臓が押し潰されそうだ。これをほぼ毎日行っているのだから、やつれもするわけで。耐え切れずに手を下ろして体を曲げると、周囲の人間たちも魔力の供給を中断する。
「……っ、はっ、はぁっ、はぁっ……」
「ふむ……最近、体力が落ちてきているようですね。貴方がやれないというのなら、子供たちの中から新たな選定をしなければなりませんが……」
「! そ、それは……!」
「ならば、もう少し頑張りなさい。貴方が護りたいという子供たちのためにも。この国はもちろん、子供たちの未来がかかっているのですよ」
 校長の張り付いたような笑みに、鳥肌が立つ。完璧な術士となっても、おのれは支配されている。こんなはずではなかった。俺は王国にどこまでも忠実であったのに、どうして。
「!! う、あっ……!!」
 絶望に打ちひしがれている暇もなく、再び周囲から力が注ぎ込まれて装身具が眩い光を放ち、おのれの魔力が強制的に引き出される。魔力を放出すべく震える手を地獄の入口へと突き出すと、何か熱い物が喉からせり上がって来るのを感じた。耐え切れず咳き込むと口の中に鉄の味が広がり、地面に赤い液体がぱたぱたと滴り落ちる。
「ぐ……っ、……がは……っ」
「……おかしいですね。リージョン中を巡ってあらゆる力を付けたはずの完璧な術士が、この程度でを上げるなんて。しかしさすがに血を吐いたとなれば、今日のところは中断せざるを得ません。大切な『英雄』に死なれては困りますからね。――例の部屋に連れ戻し、一刻も早く回復させなさい。我が国の平穏を保つには、完璧な術士の魔力が不可欠なのですから」
 膝をついて咳き込み続けているブルーを、両側から術士たちが抱えて引き摺って行く。向かう先はここに来る前に居た、牢獄とも言えるあの部屋。容体が安定したら、また魔力と生命力を搾り取られる日々がやって来るのだ。
(……ルージュ、お前は今、どこにいる? なぜ、何も答えない? 俺が選んだ道は、やはり間違っていたのか……? 答えてくれ……助けてくれ、助けて――)
 遠のいていく意識の中で、ブルーはおのれの中にいたはずのルージュへ、泣き叫ぶように呼びかけ続けたのだった。
1/1ページ