再会 -Lute-

 風光明媚な水の都・オウミにて、日々少しずつ「我が家」が出来上がって行く。必要最低限の家具は最初から付いている家だったので普通に生活するには困らなかったが、二人で相談しながら新たな家具を見に行ったり時には買い足したりと、彼らはほぼ毎日、リージョン間を奔走した。元々は殺し合う関係にあった悲劇の青年たち――ブルーとルージュの日常は今、とても充実していた。

「いいテレビを買うことはできたけど、パソコンもそのうち欲しいな。テレビ以上にリアルタイムで最新の情報を知ることができて、家にいながら買い物をしたり、事前にレストランやホテルの予約をしたりってことができるらしいよ。他にも色々。でも今はそんな大金は無いから、また頑張って貯めないとね」
 少し寂しくなった財布を覗き込みながら言うルージュへ、隣を歩いていたブルーが頷く。
「ならば腕を鈍らせないためにもモンスターどもを倒しに倒して、クレジットを稼ぐか。危なくなったら、すぐに撤退すればいいからな」
「……たまにはそれもいいけど、もっと穏便な方法で稼ごうよ。アルバイトをするとか」
「アルバイトだと? 言っておくが、面倒な客を相手にするような仕事は御免だぞ。俺は、お前のように我慢強くはない」
「だろうね、それは知ってる。……うーん、接客業以外のアルバイトもあるとは思うけど、あまり得体の知れない仕事は――ん? あれは……」
 視線の先に見覚えのある人物を見つけて、ルージュは目を凝らした。――間違いない。オレンジ色を基調とした派手な出で立ちに、青い髪を二つに束ねたあの青年は。
「……ブルー。あの人、リュートじゃないか? 君に良くしてくれていた……」
「!」
 ルージュと同じ方向をブルーも見つめ、すぐに旅の仲間の一人だったリュートの姿を認めた。彼は店巡りを楽しんでいるのか、こちらを振り返ることなく次の店へと入って行く。
「ねえ、挨拶しに行こうよ。僕たちが二人でいるのを見たら、凄く驚くんじゃないかな」
「あ、ああ……お前とは、直接の面識は無いんだったか」
「君を介して知っているだけだけど、彼、いい人だよね。君が気を許していたのも分かるよ」
「……」
 一時期ルージュと融合していたせいで、リュートに抱いていた親しみの感情が筒抜けだ。ブルーは熱くなった顔を背け、小さく咳払いをする。
「ほら、早く行こう。それとも、会いたくない理由でもあるのかい?」
「……そういうわけではない」
 ルージュがブルーの後ろに回り、先へ行くよううながす。促されるままにブルーは歩き出し、先ほどリュートが入って行った店の前に辿り着いた。そっと扉を開けるとリュートはブルーたちに背を向けて、やや前屈みの姿勢で品物を物色している最中だった。彼と同じ名を持つ楽器「リュート」も健在だ。
「……リュート」
「うん?」
 名前を呼ばれて、リュートが振り返る。声の主を見た途端に彼の特徴的な糸目がみるみるうちに驚きに見開かれ、やがて、笑みの形に細められた。彼はブルーと向かい合うと半ば強引にその腕を取り、ぶんぶんと振る。
「ブルー! ブルーじゃないか! ちゃんと目が覚めたんだな。ヌサカーンに任せときゃ大丈夫だとは思ってたけどよ、あの時はマジで顔面蒼白でグッタリしてたから、もう二度と目覚めないんじゃないかって心配してたんだぜ。うん、今は元気そうだな。ところでここへは、何の用で来てるんだ?」
 腕を放した後に首を傾げるリュートへ、されるがままだったブルーは、ひと息置いて答える。
「ここに、住んでいる」
「へ?」
「ヌサカーンに、療養を勧められてな。ここの気候自体が温暖で、観光地から離れた居住区ならば閑静で住みやすいからと、家を借りている。それに、俺一人ではないぞ」
 そう言ってブルーが横に退くと、店の外から紅い服をまとった銀髪の青年が現れた。髪と瞳、着ている服の色こそ異なるが、顔立ちや体格は、ブルーと瓜二つだ。――この青年を、リュートは知っている。彼とブルーの対決の場であった魔術空間では遠目に見ただけだったが、ブルーからは何度かその名を聞かされていた。いや、それよりも。混乱気味の頭で、紅い青年に呼びかける。
「……ルージュ、だよな……?」
「ああ。直接会うのは初めまして、だね。よろしく、リュート」
「ま、待ってくれよ。ブルーと戦った後、お前は……」
「肉体は消滅したはず、かい? 大丈夫、それで合っているよ。……店の中でこんな話をするのも何だから、外に出よう。他の客の邪魔になる」
 ルージュに続いて、ブルーとリュートも店外へと出る。通行人の邪魔にならない所まで移動すると、リュートは物言いたげにブルーとルージュを見回した。そんなリュートへ、ルージュがわずかに微笑みかける。
「僕の肉体の再生は、双子の兄弟であるブルーの存在、地上以上の魔力が溢れる地獄と言う場所、そして何より、あらゆる施術に精通した医者であるヌサカーンの手によるもの、らしい。彼は決戦後の僕の残留思念や抜けた髪、流れ出た血液や体液をひそかに採取して、僕を蘇生する機会を窺っていたようだ」
「うへえ……さすが上級妖魔だな。一緒にいたのに、それは全然気が付かなかったぜ。……まあ要するに、色々複雑な条件が揃って蘇ることができた、ってことだよな? で、今はブルーと仲良くやってる、と」
「うん。直接顔を合わせた時は打ち解けられるか心配だったけど、一緒に暮らして、こうして二人で出かけているのが何よりの証拠だ。何はともあれ、ヌサカーンが恩人であることに違いはない。今は離れて暮らしているけど、時々は顔を見せに行くつもりだよ」
「……」
「……? どうしたんだい?」
「おい、リュート?」
 急に俯いてしまったリュートにルージュが目を丸くし、ブルーが訝し気に覗き込んだ――次の瞬間。リュートは腕を広げると、ブルーとルージュの肩を勢いよく抱き寄せる。
「……良かったなあ! 本当に良かったなあ! やっぱり、兄弟は仲良くするもんだ。ましてお前らは、同じ顔した双子なんだからさ。対決ん時は鬼みてえな形相だったけど、今は顔も晴れやかだし、美形度も格段に上がってるぜ。いやあ~、♪♪今日は~いい日だ~、お祝いだ~♪♪」
「なっ、おい、やめろ……!」
 くしゃくしゃと頭を撫でられ、ブルーが身をよじって抵抗する。ルージュは苦笑いしているものの、どこか嬉しそうだ。荒々しく青年たちの頭を撫でて肩をぽんと叩いた後にようやく解放すると、いち早くリュートの腕の中から抜け出たブルーが、乱れた髪を直しながら溜め息を吐く。
「まったく……お前は相変わらずだな。たった3歳年上だからって子供扱いはやめろと、前にも言っただろう」
「悪いな、ヨークランドじゃ世話の焼けるガキどもに囲まれてたもんだから、つい。長く染み付いたクセって、なかなか抜けないもんだな。……あ~、俺も兄弟が欲しかったなあ。できれば弟か、かわいい妹で。でも、双子は勘弁だな。俺なんかが2人もいたら、歌のセッションは毎日できるかもしれねえけど、母ちゃんの身が破滅しちまう」
「お前が2人で妙な歌を……それは、モンスターが発する音波攻撃に匹敵するかもしれんな。……きそびれていたが、お前こそなぜ一人でここにいるんだ? ゲンたちはどうした?」
「ギクッ」
 ブルーの質問にリュートが気まずそうに顔を背け、ぽりぽりと頬を掻いた。これは何かある。ブルーは早く言えと言わんばかりに、リュートに圧をかける。
「……怖い怖い! 分かったよ、言うよ。あ~、その……俺が生まれる前に死んだ父ちゃんが、実は反トリニティの活動家だったらしくてな。母ちゃんは何も言ってなかったのに、ここのレストランで会ったネルソンの戦闘艦の艦長さんから聞かされて、そりゃ驚いたぜ。で、そのまま話の流れで父ちゃんが死んだ原因を作ったモンドって男の秘密基地に潜入して、デカい機械ごと倒したってワケさ。が、それをやっちまったもんだから、勝手に顧問とやらに任命されて、追っかけ回されて……ヨークランドにはいられなくなったから、こうして逃げてきたんだ」
「……」
「モンドの秘密基地ってのが、ゲンさんの故郷のワカツにあってな。その秘密基地を建てるためにモンドはワカツを滅ぼしたってんで当然一緒に戦ってかたきを討ったんだが、だからってすぐに、ワカツが元通りになるわけじゃない。ゲンさんのワカツ再興のための旅は、まだ続いてるんだよ。莫大な金や人材も必要だしな。俺もできれば協力したいと思ってるけど、お前にはお前のやるべきことがあるだろうって言われちまったから、なあ……なのに、こうしてコソコソ逃げ回ってるだけの俺って……」
 しょんぼりと肩を落とすリュートをルージュとブルーは少しの間無言で見つめていたが、しばらく考えた後に、彼らは自らの思いを口にする。
「君の気質的に、一つ所に留まって要職に就くことは向いていないんじゃないかな。ゲンさんに協力したいのなら、誰とでもすぐに打ち解けられる能力を活かして地道に人脈を広げて、間接的にワカツ再興に携わる……なんてどうだろう? まずは再興に力を貸してくれる人探しからだろうから、君は充分に助けになれると思う。キングダムも今、各リージョンに救援を出してお金と人材を集めている最中だろうしね」
「ルージュ……」
「本来、ワカツは美しいリージョンだったと聞いている。中でもサクラという花が咲き乱れる様は剣豪たちの心を癒し、とりこにしていたらしい。……俺も、そのサクラという花が見てみたい。京の紅葉とは、また違った美しさがあるそうだ」
「ブルー……」
 二人の言葉と視線を受けて、リュートは決意する。逃げ回ってあちこちをただ放浪するだけの日々には別れを告げて、自らの長所を生かしつつ大切な仲間の一人であるゲンの力になろう、と。様々なリージョンを行き来することは変わらないが、それぞれの旅と出会いに、意味を持たせるのだ。それに自分も、ワカツの剣豪たちをとりこにした「サクラ」の花を見てみたい。思わぬ人物たちから新たな道と可能性を示されて、リュートはへらっと笑う。
「へへ……二人とも、ありがとな。これからもトリニティの使者どもに追っかけ回されることはあるだろうけど、他にやるべきことができたって、胸を張ることにするぜ。友の故郷の再興のために奔走する……なかなかいい人生じゃないか」
「キングダムの再興に協力していない僕たちが言うのも何だけどね。……そうだ、せっかくだから、僕たちの家に寄って行かないかい? 他に積もる話もあるだろう。いいよね? ブルー」
 ルージュの提案に、ブルーは即座に頷く。
「ああ、構わない。誰かを招待するのは、これが初めてだな」
「俺が最初の客かい? そりゃ光栄だね。なら、お邪魔させてもらうぜ。♪♪ドキドキ~ワクワクの~お宅~訪問~♪♪」
「言っておくが、家の中では歌うなよ。近所迷惑になる」
「近所迷惑! ブルーの口からそんな言葉が出るなんてなあ。いやあ~、お前も成長したなあ。兄ちゃんは嬉しいぜ」
「……」
 親しげにブルーの肩を抱くリュートと、それを嫌がりながらも本気で抵抗をしていないブルーを見て、ルージュは笑顔で彼らを先導する。
「君たち、本当に仲がいいよね。ほら、じゃれてないで早く行くよ」
「俺はじゃれてなどいない。こいつが馴れ馴れしいだけだ」
「何だよ~、俺たち友達だろ? たまにはお前からガーッと来てくれてもいいんだぜ~? 旅の中で鍛えに鍛えたこの腕と胸で、どーんと受け止めてやるからさ」
「それはない。いいから放せ! 歩きにくい!」
 リュートとブルーの親密さを少し羨ましく思いながらルージュは少し俯き、しばし物思いに耽る。
(……かつて、僕を友達だと言ってくれたレッド……彼は、元気かな。旅の途中で別れてしまったから、あれからどうなったのか、今どうしているかは分からないけれど。いつかまた、どこかで会えるといいな)
 一度死んだ身ではあるが、今、己は生きている。生きていれば、いつか必ず。再び顔を上げて歩き出したルージュの隣にブルーが並び、リュートは彼らの後に、終始のんびりと続いたのだった。
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