新春万福

 ありとあらゆる種類の占い師たちが住むリージョン、ドゥヴァン。その町外れにひっそりと佇む小さな神社には、珍しく多くの参拝客が訪れていた。
 それもそのはず、今日は年初め。参拝客の目的は新年の無事と平安を祈願する「初詣」で、皆がほぼ同じ動作を繰り返し、晴れやかな表情で帰って行く。そんな人々の列の中に、青年たちはいた。
「……前の人たちを見ていてだいたい参拝の作法は覚えたつもりだけど、意外と複雑なんだね。会釈と拍手の回数やタイミングが特に。ここにはキングダムを出てからすぐに来たけど、ちゃんと参拝するのは初めてだから、少し緊張するな」
「間違えたからといってどうにかなるわけではないだろうが、人前で恥を掻くことにはなるな。赤の他人に嘲笑されるのだけは御免だ。完璧にこなさなければ。……俺もドゥヴァンには初日に来た。同じ日に旅立ったはずなのに、よく出くわさなかったものだ」
「そうだね。それが今、こうして一緒に新年を迎えている……殺伐としていたあの日々が嘘のようだ。もし旅の途中で参拝していたら、きっと今とは真逆のことを祈願していただろうな」
 ルージュの言葉を聞いて、ブルーは彼の言わんとしていることをすぐに察知する。
「……早く片割れをたおして完全な術士になれますように、か?」
「本心はそうだったけど、神様がそんな物騒な願いを聞いてくれるわけがないだろう。だからこの旅を無事終えて、キングダムに生きて戻れますように、と願っていたと思う。僕は叶わなかったけれど」
「だが俺を通して、マジックキングダムの真の姿を知ることはできただろう。何より、いるかいないかも分からん神様とやらではなく、俺の仲間の妖魔の手によってお前は蘇ることができた。神頼みなど、気休めに過ぎん。この初詣も、お前が言い出さなければ行こうとすら思わなかった。ただ、未知の習慣には純粋に興味がある。それだけだ」
 明らかに一般人とは異なる境遇の話をしているうちに、ようやく手水舎に辿り着いた。冷たい水に身震いしながらも手や口を清め、いよいよ御神前に立つ。
(まずはお賽銭、と)
 二人で軽く会釈し、賽銭箱に予め用意していたクレジットをそっと奉納する。
(次に二礼・二拍手、お祈りをした後に一礼、だったな)
 見様見真似で拍手までこなし、手を合わせて一年の無事と平穏を祈願する。最後に深く一礼し、青年たちはその場を後にした。正しい参拝方法は知らないが、表向きは上手くやれたはずと、二人は小さく安堵の溜息を吐く。
「とりあえず終わったね。ついでだから、おみくじも……いや、やっぱりやめ……良かった、今日は零姫はいないみたいだ。彼女と顔を合わせるのは、さすがに気まずい」
「レイヒメ? あの古風な話し方をする子供のことか? あの子供と何かあったのか?」
 不思議そうな顔をするブルーへ、ルージュは小さく咳払いをした後に答える。
「そう。一時期、一緒に旅をしていた妖魔の仲間の一人なんだ。……アセルスは分かるよね? 彼女の関係者。幻術という希少な術の使い手で――ああ、妖魔が使う妖術の『幻夢の一撃』のランダム性を無くした術のことなんだけど――空術の資質を得る時に彼女から麒麟の居場所を聞いて、麒麟の空間に飛ばしてもらってね。でも僕は、麒麟をたおして空術の資質を奪った。恩をあだで返したんだ。そんな僕に、彼女が快く接してくれると思うかい?」
 くんじゃなかった、とブルーは少し後悔した。まさか、あの少女との間にそんなことがあったとは。俯き、しまいには小声になってしまったルージュへ、ブルーは冷静に続ける。
「俺とて、時間妖魔のリージョンへ行くために指輪の君を頼ったが、時の君と呼ばれる妖魔をたおし、時術の資質を奪った。だが、指輪の君はまったく気にしていない様子だったぞ。……妖魔の感性は、俺たち人間とは違う。仮にそのレイヒメが今日ここにいたとしても、お前を退しりぞけたりはしないと思うんだがな」
「そうは言っても、罪悪感は消えないよ。キングダムのめいとはいえ、一介の術士がこの世でたった一人の“場”の術の使い手をあやめて、資質を強奪したんだから。僕たちは一生、その罪を背負って生きて行かなければならない……」
「分かっている。キングダムの洗脳が解けた今、彼らをあやめたという事実を忘れるつもりはない。……だが新年から、しかもこんな所でする話ではなかったな。どうやら、そこの巫女をおびえさせてしまったようだ」
 小声で話してはいたものの、見れば、どう見ても一般人の巫女が明らかにおびえた表情で、青年たちを見つめていた。慌ててルージュが柔和な笑顔を浮かべ、今の自分たちは無害だとアピールする。
「物騒な話を聞かせてしまってすみません。過去にちょっと色々あって……おみくじ、いいですか?」
「ひっ……!? は、はい。1回10クレジットになります……」
「ありがとう。……ブルー、君も引いてみなよ。新年の運試しに」
「ふん……とことん神頼みというわけか」
 10クレジットを払っておみくじを引き、二人同時にさっそく中身を確かめる。そこには――。
「……大吉! やった!」
「……大吉。幸先はいいようだ」
 おみくじを見せ合い、良い結果にひとまず安堵してから、二人は続ける。
「でも、書かれていることは違うかも。例えば、家移り――引っ越しのことかな? は、『さしつかえなし』。問題なかったってことだ」
「『さわりなし急ぐな』――移住に問題はないが急ぐな、という意味か。だが、もう済んだことだ。他にも色々なことが書いてあるが、結局は俺たちの行動次第ということだろう」
「まあ、そうなんだけど。……せっかく大吉が出たことだし、これは持って帰ろう。大切に保管しておいて、来年またここに来ておみくじ掛けに結ぶといいらしいよ」
「やけに詳しいな。また雑誌からの知識か?」
「まあね。こういう時に役に立つだろう? ――そろそろ帰ろうか。なるべく寄り道しないほうがいいとも書いてあったし、このまままっすぐ帰ろう」
「肉ま……何でもない」
「分かってる。夕飯の買い物もあるし、いったん帰って午後以降に出直そう」
 そう言うなり紅い青年が『ゲート』を開き、青い青年と共に、一瞬にして姿を消す。彼らが消えた後を、一般人の巫女はしばらくの間、茫然と見つめていた。

「……ところで。神社でブルーは何を祈願したんだい?」
「……それをくか?」
 ルージュの問いにブルーが呆れた顔を見せたが、当のルージュは、笑顔で続ける。
「僕は、この一年を平穏無事に過ごせますように、と祈願したよ。でも、君は違うのかなと思って」
「……俺もお前とほぼ同じだ。特に変わったことは祈願していない」
「そうか。まあ、普通はそうだよね。……本当に、何事もなく過ごせるといいね」
 オウミの自分たちの家へと帰る道を歩きながら、ブルーは、空を見上げているルージュの横顔をちらりと見遣る。
 ルージュと共に、この一年を平穏無事に過ごせますように――なんて、照れ臭くてとても言えないけれど。たった一人の“家族”が隣にいる幸せを改めて噛み締めながら、ブルーは、夕飯の買い物のために立ち寄ったシュライクで買った念願の肉まんに、そっとかぶり付いたのだった。
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