守り、守られ

 トーマスが眠りから覚めると、サラが真上から物凄い勢いで覗き込んできた。その顔は明らかに引き攣っていて、ただならぬ雰囲気だ。
「お姉ちゃん、ユリアン! トムが!」
 その声にエレンとユリアンも弾かれたように駆け寄ってきて、トーマスの顔を見るなり安堵の表情を浮かべた。一方でサラはトーマスの手を握りながら、ぽろぽろと涙を流し出す始末だ。
「うう~っ、良かった……二度と目を覚まさなかったらどうしよう、って……」
「ふう~……あ、安心し過ぎて足に力が入らないぜ。へへ……」
「はあ……今回は、本気でダメかと思ったわ。シノンに帰ったらあんたのおじいさんになんて説明したらいいのかとか、色々考えちゃった」
「? ……?」
 当のトーマスはわけが分からず、ベッドに横たわったまま戸惑い気味に幼なじみたちを見回した。どうやら自身の身に何事かがあったようだが、どうしても思い出せない。いったい、何があったというのだろうか。
「……オレは、ただ眠りから覚めただけじゃ、ないのか……?」
「だけじゃないよ! 大変だったのよ!」
「記憶が飛んじまってるのか。まあ、一瞬のことだったから無理もないか。……オレたちも危なかったんだよな。誰か一人でも欠けてたら、全滅してたかもしれない」
「四人で行動してたのに、あの時、誰もトムの盾にはなってなかった。完全に、あたしたちに落ち度があるわ」
「すまん。何があったのか、説明してくれ」
 ベッドから身を起こしたトーマスは、妙に体がだるいことに気付き、左腕の心臓に近い箇所に違和感を覚えた。わずかに眉を顰めるトーマスへ、ユリアン、エレン、サラの三人は顔を見合わせた後、やや沈んだ表情で口を開く。
「……アビスリーグの奴らが、また刺客を送り込んできたんだよ。しかも今回の連中は桁違いに強くて、上位の技や術も使いこなす奴らだった。オレたちは、ピドナ港から新市街へと入った途端に奴らの襲撃に遭ったんだ」
「しかも、死角からね。あの矢はトムの心臓を狙ってたみたいだけど、幸い外れて左腕に命中したわ。けど矢には強力な毒が塗られていて、トムはその場で意識を失って……」
「私は毒と麻痺に侵されたトムをすぐに回復しようとしたけど、刺客がそれを許してくれなかったの。お姉ちゃんとユリアンもすぐに追い詰められたから私も全力で応戦して、ようやく……でもその間にトムの体にはどんどん毒が回っていって、刺客を倒した時には……」
「呼吸が止まりかけてて脈もすっかり弱まって、呼びかけても全く反応ナシで。もうオレたちじゃどうしようもないと思ってすぐに医者を探して呼んで、なんとかここに運び込んで。一日と半日近く、トムは生死の境を彷徨さまよっていたってわけさ。医者が言うには、体力のない人間だったらあのまま死んでたかもしれないって話だったぜ」
「……」
 三人の話を聞いて、トーマスは自身のことより幼なじみたちを心配した。おのれが『トーマスカンパニー』の社長となった時、護衛を申し出てくれた幼なじみたち。今までにも何度か危うい目には遭ったものの、毎回四人で力を合わせて刺客たちを打ち倒してきた。だが今回は、あわや全滅の危機、というところまで。オレがアビスリーグと戦う限り、この状況が続くのかもしれないと思ったら。万が一、彼らを失うことでもあったら。これ以上、彼らを巻き込んでいいのだろうか? 本来は別々の道を行くはずだったかけがえのない友人たちを、この機会に解放すべきではないか?
「……さては、また自分を責めてるな?」
 ユリアンの言葉に俯いて考え込んでいたトーマスが顔を上げると、エレンとサラもやれやれ、といった様子でユリアンに続く。
「なんとなく、考えてることが分かるのよね。どうせ自分の戦いにあたしたちを巻き込んで申し訳ない、とか思ってるんでしょ?」
「巻き込むなんて、とんでもないわ。もしトムが今回の件で私たちの護衛の任を解くって言っても、絶対に受け入れないんだから」
「オレもサラに同意。好きでやってる仕事なんだ、トムが社長を辞めるその日まで、続けさせてもらうぜ」
「あたしもよ。むしろ四人いたから、こうして無事に生きてるんじゃない。今回ばかりは少し危なかったけど、『ひとりでは乗り越えられない壁も、四人ならなんとかなる』って、トムが言ったのよ。忘れた?」
「みんな……」
 幼なじみたちの決意は、揺るがない。覚悟は、とうに決まっている――たくましく成長した年下の幼なじみたちの頼もしさを噛み締めて、トーマスは三人の顔を順番に見回した。そして。
「……ありがとう、ユリアン、エレン、サラ。そうだな、オレたちは友となってから、いつも四人で苦難を乗り越えてきた。あと少し厳しい戦いが続くと思うが、みんながいてくれると、とても心強い。だからこれからも、頼りにしているよ」
「おう、任せとけ!」
「そうそう、それでいいのよ。悪い奴をぶっ飛ばす仕事だったらあたしに任せなさい!」
「私たちも、結構強くなったでしょ? 子供の頃からたくさんのことを教えてもらって、たくさん守ってもらったんだから、今こそ恩返しさせて。打倒、アビスリーグ! だね!」
 拳を握ったり突き出したりしてみせる幼なじみたちを見て、トーマスがふ、と小さく吹き出す。
 願わくば、もうしばらくはこのままで。そんな想いを胸に秘め、シノン村で共に育った四人の若者たちは、つい先刻までの暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように明るく笑い合ったのだった。
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