Dusty miller
「いなくなってしまった『彼』を捜しに行きたいの」と、一度は帰った故郷・シノンを再び飛び出して、サラは世界最大の都市であるピドナへとやってきた。
港から新市街に入ってしばらく歩くと遠目にも目立つ派手な髪色と服装をした少女がうろついていて、サラの顔を見るなりぶんぶんと両手を振った。長い旅の中で同世代の友となったエクレア――否、タチアナだ。彼女の笑顔につられるようにサラも手を振り返し、小走りでタチアナの元に向かう。
「タチアナ! どうして……リブロフに帰ったんじゃなかったの?」
「一応、いったんは帰ったよ。でも、やっぱりこうして旅をしているほうが性に合ってるんだ。大丈夫、お父さんの許可は貰って……って、わたしのことはどうでもいいから! ショーネン君を捜すんでしょ? どこ行くどこ行く?」
どうやら、ついてくる気満々らしい。ちょうど一人旅は心細いと思っていたところだから、タチアナが同行を申し出てくれたのはとてもありがたい。明るい彼女がいてくれれば、道中も楽しくなりそうだ。
「……そうね。『彼』は私とタチアナの友達、だものね。ありがとう、タチアナ。またよろしくね」
「いいってこと! いくらサラが世界を再生した元・宿命の子でも、うら若き乙女が一人旅なんて絶対にキケンだよ。変な奴が寄ってきたら、わたしがぜんっぶ追い払ってあげるからね!」
加えてタチアナは、小剣の達人でもある。護衛としても優秀だ。得意げに胸を張るタチアナに、サラはもう一度「ありがとう」と礼を言った。
「といっても、どこにいるかなんて全然検討つかないよねえ……」
「ここにはいないわ」
サラの言葉に、少し前を歩いていたタチアナが目を丸くして振り返る。
「えっ? 分かるの?」
「同じ宿命を背負った者同士だからか、私、ほんの少しだけど『彼』の気配を感じ取れるの。でも、どこに行ったかまでは……この町を出たら、『彼』が向かった方角くらいは分かるかも」
「そうなんだ。宿命の子ってすごいなぁ。ま、そんな人たちと友達のわたしも結構すごいと思うけど」
喋りながらピドナを出て開けた場所に立ち、サラは意識を集中した。――微かではあるが、気配は東の方向に。だが、分かるのはそこまでだ。
「東に向かったみたい。まずはナジュ砂漠を越えましょう。厳しい旅になりそうね」
「やっぱりかぁ~。でも、たった一人で砂漠越えってキツくない? そんな危険を冒してまで、いったいどこに行こうとしてるんだろうね?」
「ラシュクータのアニキさんの所に帰る……とは、思えないよね。『彼』はまた、独りになろうとしてる。未 だに自分の存在が周りを不幸にすると思ってる。もう、そんなことはないのに」
「だよね! こぉんなにカワイイ女の子の友達を2人も持ってながらさ。だから、なんとしてもこっち側に連れ戻さないとね。で、あんたも幸せになっていいんだよ、って言ってあげなきゃ」
「……うん」
これからの旅路を考えた上、少年の思考が手に取るように分かって落ち込んだが、タチアナの前向きな言葉に少しだけ救われた、気がした。
途中の町で水をたっぷり買い込み、灼熱のナジュ砂漠をひたすら進む。乾いた大河を越え、死の砂漠へと入った途端、サラは少年の気配を強く感じた。――近くにいる。それも、東のほうだ。確か、東へ進めば。
「あの先は、大草原……だけど、おそらく『彼』は弱ってる。早く行かなきゃ……!」
「弱ってる?」
「ここの過酷な環境と度重なるモンスターとの戦闘で、かなり良くない状態になってるみたい……っ、邪魔しないで!」
近寄ってきたモンスターたちに、サラが強烈な弓技を浴びせた。瞬時にして足下の砂と同化していった哀れなモンスターたちには見向きもせずに早足で歩き始めたサラの後ろ姿を見て、さすがは宿命を乗り越えた元・宿命の子! 頼もしいな~とタチアナは思う。
それからも二人は協力して襲い来るモンスターの群れを蹴散らし、フラフラになりながらもなんとか大草原に到着した。やはり、『彼』はここにいる。しかしその場から動くことができないほどに、弱っている――。
(待ってて。今、迎えに行くから)
「ねえ、サラ。彼、結構ヤバい状態なんだよね? それならわたしが先にムング族の村に行って、助けを呼んで来ようか? ツィーリンさんなら、絶対力になってくれるよ」
「……そうね。じゃあ、お願い」
「了解! もしツィーリンさんが不在でも、できるだけ優しくて頼りになりそうな人を連れて来るからね!」
軽やかに走り去って行くタチアナを見送ると、サラはゆっくりと歩きながら、広大な原野をくまなく見回した。すると少し先の枯れ木にモンスターが集まっているのが見え、サラの顔色が変わる。
(間違いないわ! 『彼』はあそこに……!)
疲れた体に鞭打って、サラは全速力で走り出した。「こっちよ!」と叫んでモンスターたちの注意を引き付け、数種類の弓技を連続で叩き込む。そこにいた全てのモンスターを霧散させた後、サラは枯れ木の下に蹲 る少年の元へと駆け寄った。
「私よ、サラよ! 迎えに来たわ!」
「……サ、ラ……? どうして、ここに……」
「ひどいケガ! それに、すごい汗……熱もあるわ! ……どうしていなくなったの! アビスから無事戻ったら、シノンで一緒にお祝いパーティーをしよう、トムの手料理をお腹いっぱい食べようって約束したじゃない!」
いつになく声を荒らげるサラから視線を逸らし、少年は暗い表情で答える。
「……ぼくが行ったら迷惑だよ。ぼくはよそ者だもの……見た目もこんなだし。それに宿命の子が二人揃って一つの所に留まったら、君の村にどんな災いが降りかかるか分からない……」
「そんなことないわ! 私たちはもう、宿命から解放されたの。アビスで四魔貴族の本体と『破壊するもの』を倒したんだから、今後死食は起こらないはずよ。これから数十年、数百年経った後のことは分からないけど、私たちは役目を果たしたんだから、普通の人と同じように生きていいの。もう人を遠ざけて、孤独に生きる必要はないのよ」
「……」
大声を出して責めてしまったことを恥じたのかサラはすぐさま声を落とし、その顔を真っ直ぐに見つめながら少年に優しく言い聞かせた。自らの想いを口にしてからサラはそっと目を閉じ、月術の「ムーンシャイン」で少年の体の傷を癒す。だが当然高熱まで除くことはできず、タチアナが戻ってくるのを待つことにする。
「ちょっと待っててね。今、タチアナがムング族の村に助けを呼びに行ってるから。その熱じゃ動くのは辛いでしょう?」
「うん、ごめん……彼女と一緒にここまで来たの?」
「ええ。だってあなたは私たちの友達、だもの。あの子だって、私と同じくらいあなたを大切に思っているわ。彼女、ピドナで私が来るのを待ってくれてたの。私が同行をお願いするまでもなかったのよ」
「そう……」
「サラー、お待たせー! ツィーリンさんを連れてきたよー!」
大草原に、タチアナの元気な声が響き渡った。傍 らには、馬を連れたツィーリンの姿もある。彼女は早足でサラたちの元へやってきて、再会の挨拶もそこそこに少年のそばにしゃがみ込んだ。すぐに彼の額に手を当てて高熱が出ていることを確認すると馬を伏せさせ、有無を言わさず少年をその背に乗せてから、自らも後ろに騎乗する。
「まさか、こんなに早く再会することになるなんてね。……ずいぶん無茶をしたみたいね。サラとタチアナが来てくれなかったら、あなたはここのモンスターたちの餌食になっていたでしょう。この世界を創った宿命の子の一人がこんな所で変わり果てた姿になって一生を終えるだなんて、あまりにも悲し過ぎるわ」
「むしろそうするつもりだったんでしょ。敢えて自分を追い詰めて体をズタボロにして、一人で死ぬつもりだった。……もー、いつまでジメジメウジウジしてるのさ! 宿命に縛られてツラい人生を歩んできた分、新しい世界では幸せになりたい! って思わないの!?」
横から入ってきたタチアナに指を突き付けられて、馬上の少年がたじろぐ。だが彼を背後から支えているツィーリンに「今の彼は病人だから、言いたいことがあるのなら元気になってからね」と言われると、タチアナは頬を膨らませつつ「はぁい」と引き下がった。それをやや後ろから見ていたサラが、横を向いてしまった少年を心配そうに見つめる。
四人は徘徊するモンスターをできるだけ避けつつ大草原をひたすら進み、ツィーリンを初めとする遊牧民たちの住むムング族の村へと入った。
ツィーリンは慣れた様子で少年を介抱し、サラとタチアナにも特製の料理や馬乳酒を振る舞った。二人は発熱こそしていないが砂漠越えで体力を消耗しているのは確かなので、少年と一緒にゲルの中で休ませてもらうことにする。
「……ごめんなさい、ツィーリンさん。勝手に押しかけた上に、何から何まで……」
「謝らないで、サラ。私は当然のことをしたまでよ。何も気にせず、ゆっくり休んでいって」
「ありがと~。少し休んだら、お礼に西の話をたくさん聞かせてあげる!」
タチアナの言葉に、それまで年長者として落ち着いた態度を取っていたツィーリンが、「本当!?」と少女のように目を輝かせた。相変わらず、西への興味と憧れが強いようだ。
「ツィーリンさんも、いつか西に来れるといいね。出会ってすぐに黄京・アビス突撃で、西への旅どころじゃなかったもんねえ。わたしのおすすめスイーツ店とかグレートアーチとか雪だるまの町とか、案内したいとこ、いっぱいあるよ」
「うう……長旅可能な体力があるうちに行けるかしら……」
「あー立場上難しいとか、そういう? 見聞を広めるためって言えばイケるんじゃない? ヘタに一番エラい人になっちゃう前に行っとこーよ!」
「……そうね。さすがに今すぐには無理だけど、長年抱き続けていた夢をできるだけ早く叶えられるよう、前向きに検討してみるわ」
そう言ってツィーリンは、三人を休ませるためにゲルから出て行った。すぐさまサラが眠っている少年の元へと駆け寄り、その顔を覗き込む。
「……どう?」
「さっきと比べて、呼吸がだいぶ楽そう。少しずつ熱も下がってるみたいだし、うまくいけば2、3日中には帰れるかも」
「ふえ~、砂漠越え再びかぁ。ま、来た道を戻るんだから当然なんだけどぉ。もっと楽に行き来できるようになればいいのにねえ」
「それをなんとかしたいって、トムも言ってたわ。人生後半の目標ができた! って張り切ってたし」
「なんかでっかいことやろうとしてる? すごいね、あの人。さっすが世界一位になったトーマスカンパニーの社長」
「あの後すぐに旅に出ちゃったから、もう社長っていう立場からは身を引いたみたいだけどね。しばらくはウィルミントンに滞在するって言ってたから、近いうちにお手紙を書かなきゃ」
「ほんと、シノンの人たちって仲いいよね~。わたし幼なじみって呼べる人がいないから、サラが羨ましいよ」
それからも少女たちは小声で話していたが、忙しいからか気を利かせただけなのか一向にツィーリンは戻って来ず、しばらくすると会話が途切れ、急激に押し寄せてきた疲労感と眠気に抗えずにうとうととし始めた。少し離れた所で眠る少年も目を覚ます気配がなく、ゲルの中はしん、と静まり返る。
ツィーリンが戻ってきたのは、外が暗くなり始めてからだった。彼女がゲルに入ってきた瞬間にサラは目を覚まし、「ありがとう、ゆっくり休ませてもらいました」と礼を言う。続けてサラに寄りかかって眠っていたタチアナが大きく伸びをし、昏々と眠り続けていた少年も、ぼんやりと目を開ける。
「おはよう。気分はどう?」
「……ここは? ぼくは……」
「かなりの高熱で意識が朦朧としていたものね。記憶が飛んでいても無理はないわね。……うん、熱も下がってる。たくさん汗を掻いただろうから、あとで体を拭くといいわ。今夕飯を持ってくるから、しっかり食べてね」
村人たちと協力しててきぱきと食事を運び込むツィーリンに、少年は戸惑いの表情を向けた。この風変わりな部屋は大草原を越えた先にあるムング族の村のテント(ゲル)の中なのだろうということは分かったが、ここに運ばれ寝かされた時の記憶がほとんどない。何かおかしなことを口走ったりしていないだろうかと不安になったものの、誰かに直接訊 くわけにもいかず、少年は口を噤 む。
目の前に食事が並べられていくのを無言で見つめている少年の両脇に、サラとタチアナが座った。体調を気遣ってくるサラに少年は「ぼくはもう大丈夫」と返し、タチアナからは「あとでちゃんとツィーリンさんにお礼を言うんだよ」と言われて、素直に頷く。東の地で人知れず生を終えるはずだった孤高の少年は、三人の仲間たちによって命を救われたのだ。
全ての食事が並び、全員が揃ったところで少年は一人一人に視線を送った。そして、
「……サラ、タチアナ、ツィーリンさん。ぼくを助けてくれて、ありがとう」
礼を言うとサラとツィーリンは優しく微笑み、タチアナが得意そうに胸を張る。――ぼくはもう、一人じゃない。新しく生まれ変わったこの世界で、仲間と共に生きることを許されたんだ。改めてそう感じて、胸が熱くなった。
少年の体調を考慮してもう一日村に滞在し、翌日朝早くにサラ・タチアナ・少年の三人は、ツィーリンと村人たちに見送られてムング族の村を後にした。再びの砂漠越えが待っているが、今の彼らに不安はない。道中は見事な連携でモンスターの群れを蹴散らし、少年少女たちは、来た時よりも早く乾いた大地から脱出する。
「ふい~、戻って来れたぁ~! もうヘトヘト~!」
「みんな、お疲れ様。でも、まだ気を抜いちゃダメよ。……ええと、ここから一番近い町は……」
「……リブロフ、だね」
少年の言葉にタチアナが以前の癖でぴくりと眉を上げたが、もう故郷を避ける必要はないのだとすぐに思い出した彼女は、進んで一行の先頭に立つ。
「そうそう、今のわたしは〝家出中〟じゃなくて〝旅行中〟だからね。もう堂々とあの町を歩いても大丈夫だし! 友達ができたらわたしお気に入りのお店で一緒にスイーツを食べたいって、ずっと思ってたんだ~」
「わあ、いいね。リブロフには世界的に有名なスイーツのお店がたくさんあるって聞いたことがあるから、私もすっごく楽しみ!」
タチアナはともかく、普段はおとなしいサラまでもが頬を紅潮させている。甘いものは多くの女子を魅了するという話は本当らしいと、少年はきゃっきゃとはしゃぐ女子二人を最後尾で見守る。
しばしの休息の後にもうひと踏ん張りと気合を入れてアクバー峠を越え、やっとの思いでリブロフに到着するなり、三人は一軒の店へと入った。
席に着くなり全員で大量の水を飲んで店員を驚かせ、ようやくひと息ついたところでメニュー表を広げる。サラとタチアナはメニュー表を指差し捲りながら何を頼むか話し合っていたが、少年は周囲を見回し、やや気まずそうに身を縮こまらせた。
――店内が、可愛過ぎる。客は女性ばかりで、男性の姿が見当たらない。酒は飲めないが、こんなことならパブにいるほうがまだマシだ。おまけに、メニュー表に書かれているメニューの名前もわけが分からない。二人が店を出てくるまでどこかで待っていれば良かっただろうかとさえ思う。
「? どうしたの?」
明らかに挙動不審な少年に気付いてサラが声を掛けると、少年は少し恥ずかしそうに、正直に今の心境を打ち明けた。それを聞いたサラとタチアナは顔を見合わせてあー……と納得し、でも、とタチアナが続ける。
「いいじゃない、両手に花だと思えば。今のキミは、人生最大のモテ期かもしれないよ? なかなかないよー、こんなにカワイイ女の子を二人も侍らせられるなんて。キミが好きなのは、サラのほうなんだろうけど」
「ちょっと、タチアナ!」
「……っ! ぼ、ぼくは、サラのことも君のことも、友達……だと、思ってるから」
「そうなの? ま、友達だと思ってもらえてるのなら嬉しいけどね。でも次は、引っかからずに言えるようになろうね。わたしたちは数々の苦難を一緒に乗り越えた〝ズッ友〟なんだから」
そう言って、タチアナはニッと笑った。サラが微笑み、少年もわずかに表情を和らげる。和やかな雰囲気になったところで三人は再びメニューを選ぶことに集中し、スイーツの知識に乏しい少年は、タチアナとサラの提案に素直に従うことにする。
注文を済ませて他愛のない話をしながら待っていると、やがて可愛らしい見た目のスイーツが三つ運ばれてきた。女子二人は目を輝かせ、少年はやはり少したじろいだが、「やや甘さ控えめのオリエンタルパフェ」をひと口食べた途端、全身に小さな衝撃が走る。
「……おいしい」
「でしょー! 絶対ショーネン君が好きそうだと思ったんだ。わたしがリブロフを出る前はなかったんだけど、今日メニューを見て、それだ! って」
「良かった。それ、東のお茶を使ったパフェなんだって。やっぱり、トムが茶葉を持ち込んだからできたメニューなのかな? 私も食べてみたいから、みんなでひと口ずつシェアしようよ」
「おっ、いいね~。わたしのブラウニーパフェ、サラのベリーパフェ、ショーネン君のオリエンタルパフェ、三種類楽しもー! さあさあ、遠慮しないで一気にガッと!」
タチアナとサラが互いのパフェにスプーンを差し込み、こっちもおいしい~! と感嘆の声を上げてから少年のパフェにもスプーンを伸ばす。女子二人のノリについていけない少年にタチアナとサラが自らのパフェを差し出すと、少年はそれぞれのパフェにおずおずとスプーンを差し入れ、お茶のパフェとはまったく異なる味にまたもや小さな衝撃を受けた。いつもより美味しく感じるのはパフェそのものが美味しいというのもあるのかもしれないが、友達と楽しい時間を共にしているから、といった理由のほうが大きいのだろう。
ほぼ同時にパフェを食べ終え、会計を済ませて店を出てから、タチアナが得意そうに言う。
「……ね? 来て良かったでしょ?」
「……うん」
「まだまだおすすめのお店はあるよ。また遊びに来てくれたら案内してあげるからね!」
タチアナが話し終えた後、今度はサラが口を開く。
「タチアナ、本当にありがとう。私もまた、絶対に遊びに来るからね。だからタチアナも、遠慮なくシノンに来てね。……あなたも、今度こそシノンに来てくれるよね? トムは旅に出ちゃったからしばらくいないけど、私もお料理とお菓子作りはそこそこ得意でね。お姉ちゃんとユリアンもいるし、改めてお祝いパーティーがしたいの。せめてトムが帰って来るまで、シノンで一緒に過ごさない?」
真剣な表情で見つめてくるサラに、少年はしばらく間を置いてから答える。
「……本当に、ぼくが行ってもいいの?」
「もちろんよ。特にお姉ちゃんは、私と一緒にあなたの名前を考えるって張り切ってるんだから。ユリアンも、とってもいい人よ。同性同士でしかできない話もあるだろうし、きっといい相談相手になってくれると思うわ」
「……うん。ずっといられるかは分からないけど、サラやシノンの人たちがいいって言ってくれるのなら……」
「決まりね。シノンまではちょっと長旅になるけど、一緒に行きましょう」
笑顔で頷いたサラに、少年もぎこちなくではあるが微かに微笑む。こうして名も無き少年はしばらくの間、シノンに滞在することを決めた。
タチアナに見送られ、サラと少年の二人を乗せた船はリブロフ港を出港した。
未だ迷いがないわけではない。己 はよそ者で、関わった者たちを不幸にしてきた「宿命の子」。シノンの村人たちと上手くやっていけるかどうかも分からない。
それでも、幸せになりたいという気持ちがないわけではない。――何より今は、もう一人の宿命の子であるサラが傍 にいる。彼女が隣にいてくれれば、ぼくは。
吹き抜ける海風が、降り注ぐ太陽光が、響き渡る海鳥たちの声が心地いい。傍らにやってきたサラに微笑みかけられ、少年は控えめながらも、今までで一番の柔らかな笑みを浮かべたのだった。
※ダスティミラー:別名(和名)「シロタエギク(白妙菊)」/花言葉:「あなたを支えます」「穏やか」
港から新市街に入ってしばらく歩くと遠目にも目立つ派手な髪色と服装をした少女がうろついていて、サラの顔を見るなりぶんぶんと両手を振った。長い旅の中で同世代の友となったエクレア――否、タチアナだ。彼女の笑顔につられるようにサラも手を振り返し、小走りでタチアナの元に向かう。
「タチアナ! どうして……リブロフに帰ったんじゃなかったの?」
「一応、いったんは帰ったよ。でも、やっぱりこうして旅をしているほうが性に合ってるんだ。大丈夫、お父さんの許可は貰って……って、わたしのことはどうでもいいから! ショーネン君を捜すんでしょ? どこ行くどこ行く?」
どうやら、ついてくる気満々らしい。ちょうど一人旅は心細いと思っていたところだから、タチアナが同行を申し出てくれたのはとてもありがたい。明るい彼女がいてくれれば、道中も楽しくなりそうだ。
「……そうね。『彼』は私とタチアナの友達、だものね。ありがとう、タチアナ。またよろしくね」
「いいってこと! いくらサラが世界を再生した元・宿命の子でも、うら若き乙女が一人旅なんて絶対にキケンだよ。変な奴が寄ってきたら、わたしがぜんっぶ追い払ってあげるからね!」
加えてタチアナは、小剣の達人でもある。護衛としても優秀だ。得意げに胸を張るタチアナに、サラはもう一度「ありがとう」と礼を言った。
「といっても、どこにいるかなんて全然検討つかないよねえ……」
「ここにはいないわ」
サラの言葉に、少し前を歩いていたタチアナが目を丸くして振り返る。
「えっ? 分かるの?」
「同じ宿命を背負った者同士だからか、私、ほんの少しだけど『彼』の気配を感じ取れるの。でも、どこに行ったかまでは……この町を出たら、『彼』が向かった方角くらいは分かるかも」
「そうなんだ。宿命の子ってすごいなぁ。ま、そんな人たちと友達のわたしも結構すごいと思うけど」
喋りながらピドナを出て開けた場所に立ち、サラは意識を集中した。――微かではあるが、気配は東の方向に。だが、分かるのはそこまでだ。
「東に向かったみたい。まずはナジュ砂漠を越えましょう。厳しい旅になりそうね」
「やっぱりかぁ~。でも、たった一人で砂漠越えってキツくない? そんな危険を冒してまで、いったいどこに行こうとしてるんだろうね?」
「ラシュクータのアニキさんの所に帰る……とは、思えないよね。『彼』はまた、独りになろうとしてる。
「だよね! こぉんなにカワイイ女の子の友達を2人も持ってながらさ。だから、なんとしてもこっち側に連れ戻さないとね。で、あんたも幸せになっていいんだよ、って言ってあげなきゃ」
「……うん」
これからの旅路を考えた上、少年の思考が手に取るように分かって落ち込んだが、タチアナの前向きな言葉に少しだけ救われた、気がした。
途中の町で水をたっぷり買い込み、灼熱のナジュ砂漠をひたすら進む。乾いた大河を越え、死の砂漠へと入った途端、サラは少年の気配を強く感じた。――近くにいる。それも、東のほうだ。確か、東へ進めば。
「あの先は、大草原……だけど、おそらく『彼』は弱ってる。早く行かなきゃ……!」
「弱ってる?」
「ここの過酷な環境と度重なるモンスターとの戦闘で、かなり良くない状態になってるみたい……っ、邪魔しないで!」
近寄ってきたモンスターたちに、サラが強烈な弓技を浴びせた。瞬時にして足下の砂と同化していった哀れなモンスターたちには見向きもせずに早足で歩き始めたサラの後ろ姿を見て、さすがは宿命を乗り越えた元・宿命の子! 頼もしいな~とタチアナは思う。
それからも二人は協力して襲い来るモンスターの群れを蹴散らし、フラフラになりながらもなんとか大草原に到着した。やはり、『彼』はここにいる。しかしその場から動くことができないほどに、弱っている――。
(待ってて。今、迎えに行くから)
「ねえ、サラ。彼、結構ヤバい状態なんだよね? それならわたしが先にムング族の村に行って、助けを呼んで来ようか? ツィーリンさんなら、絶対力になってくれるよ」
「……そうね。じゃあ、お願い」
「了解! もしツィーリンさんが不在でも、できるだけ優しくて頼りになりそうな人を連れて来るからね!」
軽やかに走り去って行くタチアナを見送ると、サラはゆっくりと歩きながら、広大な原野をくまなく見回した。すると少し先の枯れ木にモンスターが集まっているのが見え、サラの顔色が変わる。
(間違いないわ! 『彼』はあそこに……!)
疲れた体に鞭打って、サラは全速力で走り出した。「こっちよ!」と叫んでモンスターたちの注意を引き付け、数種類の弓技を連続で叩き込む。そこにいた全てのモンスターを霧散させた後、サラは枯れ木の下に
「私よ、サラよ! 迎えに来たわ!」
「……サ、ラ……? どうして、ここに……」
「ひどいケガ! それに、すごい汗……熱もあるわ! ……どうしていなくなったの! アビスから無事戻ったら、シノンで一緒にお祝いパーティーをしよう、トムの手料理をお腹いっぱい食べようって約束したじゃない!」
いつになく声を荒らげるサラから視線を逸らし、少年は暗い表情で答える。
「……ぼくが行ったら迷惑だよ。ぼくはよそ者だもの……見た目もこんなだし。それに宿命の子が二人揃って一つの所に留まったら、君の村にどんな災いが降りかかるか分からない……」
「そんなことないわ! 私たちはもう、宿命から解放されたの。アビスで四魔貴族の本体と『破壊するもの』を倒したんだから、今後死食は起こらないはずよ。これから数十年、数百年経った後のことは分からないけど、私たちは役目を果たしたんだから、普通の人と同じように生きていいの。もう人を遠ざけて、孤独に生きる必要はないのよ」
「……」
大声を出して責めてしまったことを恥じたのかサラはすぐさま声を落とし、その顔を真っ直ぐに見つめながら少年に優しく言い聞かせた。自らの想いを口にしてからサラはそっと目を閉じ、月術の「ムーンシャイン」で少年の体の傷を癒す。だが当然高熱まで除くことはできず、タチアナが戻ってくるのを待つことにする。
「ちょっと待っててね。今、タチアナがムング族の村に助けを呼びに行ってるから。その熱じゃ動くのは辛いでしょう?」
「うん、ごめん……彼女と一緒にここまで来たの?」
「ええ。だってあなたは私たちの友達、だもの。あの子だって、私と同じくらいあなたを大切に思っているわ。彼女、ピドナで私が来るのを待ってくれてたの。私が同行をお願いするまでもなかったのよ」
「そう……」
「サラー、お待たせー! ツィーリンさんを連れてきたよー!」
大草原に、タチアナの元気な声が響き渡った。
「まさか、こんなに早く再会することになるなんてね。……ずいぶん無茶をしたみたいね。サラとタチアナが来てくれなかったら、あなたはここのモンスターたちの餌食になっていたでしょう。この世界を創った宿命の子の一人がこんな所で変わり果てた姿になって一生を終えるだなんて、あまりにも悲し過ぎるわ」
「むしろそうするつもりだったんでしょ。敢えて自分を追い詰めて体をズタボロにして、一人で死ぬつもりだった。……もー、いつまでジメジメウジウジしてるのさ! 宿命に縛られてツラい人生を歩んできた分、新しい世界では幸せになりたい! って思わないの!?」
横から入ってきたタチアナに指を突き付けられて、馬上の少年がたじろぐ。だが彼を背後から支えているツィーリンに「今の彼は病人だから、言いたいことがあるのなら元気になってからね」と言われると、タチアナは頬を膨らませつつ「はぁい」と引き下がった。それをやや後ろから見ていたサラが、横を向いてしまった少年を心配そうに見つめる。
四人は徘徊するモンスターをできるだけ避けつつ大草原をひたすら進み、ツィーリンを初めとする遊牧民たちの住むムング族の村へと入った。
ツィーリンは慣れた様子で少年を介抱し、サラとタチアナにも特製の料理や馬乳酒を振る舞った。二人は発熱こそしていないが砂漠越えで体力を消耗しているのは確かなので、少年と一緒にゲルの中で休ませてもらうことにする。
「……ごめんなさい、ツィーリンさん。勝手に押しかけた上に、何から何まで……」
「謝らないで、サラ。私は当然のことをしたまでよ。何も気にせず、ゆっくり休んでいって」
「ありがと~。少し休んだら、お礼に西の話をたくさん聞かせてあげる!」
タチアナの言葉に、それまで年長者として落ち着いた態度を取っていたツィーリンが、「本当!?」と少女のように目を輝かせた。相変わらず、西への興味と憧れが強いようだ。
「ツィーリンさんも、いつか西に来れるといいね。出会ってすぐに黄京・アビス突撃で、西への旅どころじゃなかったもんねえ。わたしのおすすめスイーツ店とかグレートアーチとか雪だるまの町とか、案内したいとこ、いっぱいあるよ」
「うう……長旅可能な体力があるうちに行けるかしら……」
「あー立場上難しいとか、そういう? 見聞を広めるためって言えばイケるんじゃない? ヘタに一番エラい人になっちゃう前に行っとこーよ!」
「……そうね。さすがに今すぐには無理だけど、長年抱き続けていた夢をできるだけ早く叶えられるよう、前向きに検討してみるわ」
そう言ってツィーリンは、三人を休ませるためにゲルから出て行った。すぐさまサラが眠っている少年の元へと駆け寄り、その顔を覗き込む。
「……どう?」
「さっきと比べて、呼吸がだいぶ楽そう。少しずつ熱も下がってるみたいだし、うまくいけば2、3日中には帰れるかも」
「ふえ~、砂漠越え再びかぁ。ま、来た道を戻るんだから当然なんだけどぉ。もっと楽に行き来できるようになればいいのにねえ」
「それをなんとかしたいって、トムも言ってたわ。人生後半の目標ができた! って張り切ってたし」
「なんかでっかいことやろうとしてる? すごいね、あの人。さっすが世界一位になったトーマスカンパニーの社長」
「あの後すぐに旅に出ちゃったから、もう社長っていう立場からは身を引いたみたいだけどね。しばらくはウィルミントンに滞在するって言ってたから、近いうちにお手紙を書かなきゃ」
「ほんと、シノンの人たちって仲いいよね~。わたし幼なじみって呼べる人がいないから、サラが羨ましいよ」
それからも少女たちは小声で話していたが、忙しいからか気を利かせただけなのか一向にツィーリンは戻って来ず、しばらくすると会話が途切れ、急激に押し寄せてきた疲労感と眠気に抗えずにうとうととし始めた。少し離れた所で眠る少年も目を覚ます気配がなく、ゲルの中はしん、と静まり返る。
ツィーリンが戻ってきたのは、外が暗くなり始めてからだった。彼女がゲルに入ってきた瞬間にサラは目を覚まし、「ありがとう、ゆっくり休ませてもらいました」と礼を言う。続けてサラに寄りかかって眠っていたタチアナが大きく伸びをし、昏々と眠り続けていた少年も、ぼんやりと目を開ける。
「おはよう。気分はどう?」
「……ここは? ぼくは……」
「かなりの高熱で意識が朦朧としていたものね。記憶が飛んでいても無理はないわね。……うん、熱も下がってる。たくさん汗を掻いただろうから、あとで体を拭くといいわ。今夕飯を持ってくるから、しっかり食べてね」
村人たちと協力しててきぱきと食事を運び込むツィーリンに、少年は戸惑いの表情を向けた。この風変わりな部屋は大草原を越えた先にあるムング族の村のテント(ゲル)の中なのだろうということは分かったが、ここに運ばれ寝かされた時の記憶がほとんどない。何かおかしなことを口走ったりしていないだろうかと不安になったものの、誰かに直接
目の前に食事が並べられていくのを無言で見つめている少年の両脇に、サラとタチアナが座った。体調を気遣ってくるサラに少年は「ぼくはもう大丈夫」と返し、タチアナからは「あとでちゃんとツィーリンさんにお礼を言うんだよ」と言われて、素直に頷く。東の地で人知れず生を終えるはずだった孤高の少年は、三人の仲間たちによって命を救われたのだ。
全ての食事が並び、全員が揃ったところで少年は一人一人に視線を送った。そして、
「……サラ、タチアナ、ツィーリンさん。ぼくを助けてくれて、ありがとう」
礼を言うとサラとツィーリンは優しく微笑み、タチアナが得意そうに胸を張る。――ぼくはもう、一人じゃない。新しく生まれ変わったこの世界で、仲間と共に生きることを許されたんだ。改めてそう感じて、胸が熱くなった。
少年の体調を考慮してもう一日村に滞在し、翌日朝早くにサラ・タチアナ・少年の三人は、ツィーリンと村人たちに見送られてムング族の村を後にした。再びの砂漠越えが待っているが、今の彼らに不安はない。道中は見事な連携でモンスターの群れを蹴散らし、少年少女たちは、来た時よりも早く乾いた大地から脱出する。
「ふい~、戻って来れたぁ~! もうヘトヘト~!」
「みんな、お疲れ様。でも、まだ気を抜いちゃダメよ。……ええと、ここから一番近い町は……」
「……リブロフ、だね」
少年の言葉にタチアナが以前の癖でぴくりと眉を上げたが、もう故郷を避ける必要はないのだとすぐに思い出した彼女は、進んで一行の先頭に立つ。
「そうそう、今のわたしは〝家出中〟じゃなくて〝旅行中〟だからね。もう堂々とあの町を歩いても大丈夫だし! 友達ができたらわたしお気に入りのお店で一緒にスイーツを食べたいって、ずっと思ってたんだ~」
「わあ、いいね。リブロフには世界的に有名なスイーツのお店がたくさんあるって聞いたことがあるから、私もすっごく楽しみ!」
タチアナはともかく、普段はおとなしいサラまでもが頬を紅潮させている。甘いものは多くの女子を魅了するという話は本当らしいと、少年はきゃっきゃとはしゃぐ女子二人を最後尾で見守る。
しばしの休息の後にもうひと踏ん張りと気合を入れてアクバー峠を越え、やっとの思いでリブロフに到着するなり、三人は一軒の店へと入った。
席に着くなり全員で大量の水を飲んで店員を驚かせ、ようやくひと息ついたところでメニュー表を広げる。サラとタチアナはメニュー表を指差し捲りながら何を頼むか話し合っていたが、少年は周囲を見回し、やや気まずそうに身を縮こまらせた。
――店内が、可愛過ぎる。客は女性ばかりで、男性の姿が見当たらない。酒は飲めないが、こんなことならパブにいるほうがまだマシだ。おまけに、メニュー表に書かれているメニューの名前もわけが分からない。二人が店を出てくるまでどこかで待っていれば良かっただろうかとさえ思う。
「? どうしたの?」
明らかに挙動不審な少年に気付いてサラが声を掛けると、少年は少し恥ずかしそうに、正直に今の心境を打ち明けた。それを聞いたサラとタチアナは顔を見合わせてあー……と納得し、でも、とタチアナが続ける。
「いいじゃない、両手に花だと思えば。今のキミは、人生最大のモテ期かもしれないよ? なかなかないよー、こんなにカワイイ女の子を二人も侍らせられるなんて。キミが好きなのは、サラのほうなんだろうけど」
「ちょっと、タチアナ!」
「……っ! ぼ、ぼくは、サラのことも君のことも、友達……だと、思ってるから」
「そうなの? ま、友達だと思ってもらえてるのなら嬉しいけどね。でも次は、引っかからずに言えるようになろうね。わたしたちは数々の苦難を一緒に乗り越えた〝ズッ友〟なんだから」
そう言って、タチアナはニッと笑った。サラが微笑み、少年もわずかに表情を和らげる。和やかな雰囲気になったところで三人は再びメニューを選ぶことに集中し、スイーツの知識に乏しい少年は、タチアナとサラの提案に素直に従うことにする。
注文を済ませて他愛のない話をしながら待っていると、やがて可愛らしい見た目のスイーツが三つ運ばれてきた。女子二人は目を輝かせ、少年はやはり少したじろいだが、「やや甘さ控えめのオリエンタルパフェ」をひと口食べた途端、全身に小さな衝撃が走る。
「……おいしい」
「でしょー! 絶対ショーネン君が好きそうだと思ったんだ。わたしがリブロフを出る前はなかったんだけど、今日メニューを見て、それだ! って」
「良かった。それ、東のお茶を使ったパフェなんだって。やっぱり、トムが茶葉を持ち込んだからできたメニューなのかな? 私も食べてみたいから、みんなでひと口ずつシェアしようよ」
「おっ、いいね~。わたしのブラウニーパフェ、サラのベリーパフェ、ショーネン君のオリエンタルパフェ、三種類楽しもー! さあさあ、遠慮しないで一気にガッと!」
タチアナとサラが互いのパフェにスプーンを差し込み、こっちもおいしい~! と感嘆の声を上げてから少年のパフェにもスプーンを伸ばす。女子二人のノリについていけない少年にタチアナとサラが自らのパフェを差し出すと、少年はそれぞれのパフェにおずおずとスプーンを差し入れ、お茶のパフェとはまったく異なる味にまたもや小さな衝撃を受けた。いつもより美味しく感じるのはパフェそのものが美味しいというのもあるのかもしれないが、友達と楽しい時間を共にしているから、といった理由のほうが大きいのだろう。
ほぼ同時にパフェを食べ終え、会計を済ませて店を出てから、タチアナが得意そうに言う。
「……ね? 来て良かったでしょ?」
「……うん」
「まだまだおすすめのお店はあるよ。また遊びに来てくれたら案内してあげるからね!」
タチアナが話し終えた後、今度はサラが口を開く。
「タチアナ、本当にありがとう。私もまた、絶対に遊びに来るからね。だからタチアナも、遠慮なくシノンに来てね。……あなたも、今度こそシノンに来てくれるよね? トムは旅に出ちゃったからしばらくいないけど、私もお料理とお菓子作りはそこそこ得意でね。お姉ちゃんとユリアンもいるし、改めてお祝いパーティーがしたいの。せめてトムが帰って来るまで、シノンで一緒に過ごさない?」
真剣な表情で見つめてくるサラに、少年はしばらく間を置いてから答える。
「……本当に、ぼくが行ってもいいの?」
「もちろんよ。特にお姉ちゃんは、私と一緒にあなたの名前を考えるって張り切ってるんだから。ユリアンも、とってもいい人よ。同性同士でしかできない話もあるだろうし、きっといい相談相手になってくれると思うわ」
「……うん。ずっといられるかは分からないけど、サラやシノンの人たちがいいって言ってくれるのなら……」
「決まりね。シノンまではちょっと長旅になるけど、一緒に行きましょう」
笑顔で頷いたサラに、少年もぎこちなくではあるが微かに微笑む。こうして名も無き少年はしばらくの間、シノンに滞在することを決めた。
タチアナに見送られ、サラと少年の二人を乗せた船はリブロフ港を出港した。
未だ迷いがないわけではない。
それでも、幸せになりたいという気持ちがないわけではない。――何より今は、もう一人の宿命の子であるサラが
吹き抜ける海風が、降り注ぐ太陽光が、響き渡る海鳥たちの声が心地いい。傍らにやってきたサラに微笑みかけられ、少年は控えめながらも、今までで一番の柔らかな笑みを浮かべたのだった。
※ダスティミラー:別名(和名)「シロタエギク(白妙菊)」/花言葉:「あなたを支えます」「穏やか」
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