開拓民たちと吸血鬼伯爵

「……なあ、あそこにいるのって……」
 ダンスホールの2階部分を見上げて指差したユリアンにつられて、エレン、サラ、トーマスもその方向を見上げた。――確かに、いる。血のように赤い長い髪に黒を基調とした豪奢な衣装を身に纏った、長身の人物が。
「……レオニード、伯爵……」
「……伯爵もこのパーティーに呼ばれてたんだ。私、正直に言うとあの人は怖いから、ちょっと苦手……」
「さすがは伯爵、オレたちよりずっとこの場に馴染んでいる。彼の目的が何であれ、失礼のないようにしないとな」
 ひそひそ話が聞こえたのだろうか。それまでこちらに背を向けて優雅にワイングラスを傾けていたレオニードが振り返り、妖艶な笑みを浮かべて若者たちを見下ろした。それだけでユリアンとサラは硬直し、エレンは無意識のうちに身構え、トーマスは表情を変えずに一礼する。
 そんな若者たちに何を思ったのかレオニードが身を翻し、その場から去って行った。「えっ、もしかして怒らせたのか?」「ど、どうしよう」などとユリアンとサラが動揺していると、突如ダンスホールの入口付近がどよめき、人々の悲鳴と獣の獰猛な唸り声が響き渡った。――モンスターだ!
「! やっぱりこう来たか! 武器を持ってきておいて正解だったぜ!」
「そうね! ちょっと戦いにくい服だけど、やるわよ!」
「わ、私、こんな長いドレスでちゃんと戦えるかな……?」
「大丈夫さ、その衣装なら弓を引くのにさほど支障はないはずだ。――伯爵! あなたはこうなることを分かっていて……?」
 トーマスの問いに、若者たちに合流したレオニードがうっすらと微笑む。
「想定内だ。モンスターの血は好まぬが、血気盛んなお前たちと共に在れば、いつでも新鮮な人間の血が得られる。よって、私も協力してやろう」
「協力してくれるのはありがたいが、どさくさに紛れてオレや誰かを吸血鬼にしないでくれよ!?」
「サラには手を出さないで! どうしても血が欲しいのなら、あたしを狙って」
「伯爵、ご協力感謝します。なるべく伯爵のお手を煩わせないように、精一杯頑張ります」
「共に戦い、この危機を乗り切りましょう」
 勇ましくモンスターの群れとの戦闘を開始した四人の若者たちの後ろで、レオニードもゆったりと構え、戦闘態勢に入る。
(――さて。ここからが、真のパーティーのはじまりだ)
 「血湧き肉躍る」感覚とは程遠いが、私もたまには人であった頃に体得した技と、不死者となってから得た力の一端を示すとするか。吸血鬼伯爵と四人の開拓民たちの長い舞踏会は、こうして始まったのだった。
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