流浪の王族と宿命の少女
どうやらサラは、ロアーヌの酒場で喧嘩別れした姉・エレンと無事仲直りしたらしい。共に聖王廟にやってきた姉妹を見て、ハリードは、まるで彼女たちの親にでもなったかのような気持ちで安堵する。
姉妹の他にはサラと共にピドナから旅立ってきたというトーマスとやけに派手な服装の娘、陰鬱とした雰囲気が漂う褐色肌の少年がいた。その独特な出で立ちの少年にハリードはすぐに興味を持ったが、彼は一言も喋らず、サラが代わりに「名前は知らないんだって。だから私は『あなた』、みんなは『少年』と呼んでいるわ」と教えてくれた。
人見知りで自分の名前を知らない、明らかにこの辺りの生まれではない見た目の少年。そんな得体の知れない少年を仲間に引き入れ連れ歩いているサラの胆力に、ハリードは些 か驚いたのだった。
「……こんな夜更けに女性が一人で外にいるとは、あまり感心しないな」
背後から聞こえたハリードの声に、宿の外に佇 んでいたサラが振り返った。彼女は白い息を吐き出しながら、ハリードを見上げる。
「何かあったのか?」
「ううん、別に何もないわ。寒い所って、星が一段と綺麗に見えるなと思って」
「そりゃあ、寒い地域のほうが空気が澄んでいるからな。……震えているじゃないか。これでも着とけ」
ハリードから毛皮のベストを渡され、サラはありがとう、と礼を言う。
「ふふ、大きい」
「オレが着ていたヤツだからな。そりゃ大きいさ」
「ハリードってがっしりしてるし、背もすごく高いものね。ずっと見上げていたら、首が疲れちゃいそう」
そう言って再び星空に視線を移したサラの横顔は、どこか遠くを見ているようで。これは何か隠しているなと、ハリードは直感する。
「やはり、何かあっただろう。またエレンと喧嘩でもしたのか?」
「ううん、違うわ。……やっぱり、ハリードに隠し事はできないね。お姉ちゃんやトムに言うとすっごく心配されちゃうだろうから、二人には言わないって約束してくれる?」
「ああ。誓って」
「ありがとう。じゃあ、ええと……」
周囲に人がいないかきょろきょろと辺りを見回して、ひと呼吸置いてからサラは、小声で話し始めた。
「……時々、誰かが私を呼んでいる気がするの。それは男の人の声だったり、女の人の声だったり……でも、どれも知らない人の声。シノンにいた時は何も聞こえなかったのに、トムとピドナに行ってから、急に」
「……呼んでいる?」
「うん。はっきりとした言葉は聞こえないんだけど、誘っているような、って言ったらいいのかな。こっちにおいで、って感じの。……実はトムに内緒でエクレアと『彼』と三人で魔王殿に行ったことがあるんだけど、奥に行けば行くほど胸がざわざわして、途中で引き返すことになって」
「……」
「あとでそのことを三人で話したら、エクレアは特に何も感じなかったらしいけど、『彼』は、ぼくも君と同じだって。誰かが呼んでいるような声も、時々聞こえるって……」
話していて怖くなったのか、サラは、身を縮こまらせて口を噤 んだ。そんな少女の華奢な肩を、ハリードは、安心させるようにぽんぽんと叩く。
「あの少年が何者なのかは分からんが、お前まで悪い影響を受けてしまっているのは感心しないな。どうやらお前は、感受性が強過ぎるようだ。同じ年頃の人間と仲良くなりたいのは分かるが、あまり深入りはするなよ」
「彼は、悪い子じゃないわ。人見知りで謎も多い子だけど、私のことをよく助けてくれるもの」
「それでも、だ。世の中には、関わり合いにならんほうがいい輩 もいる。エレンやトーマスに心配をかけたくないのなら、関わるのもほどほどにしておくんだな」
「……」
不満そうに口を尖らせるサラに、ハリードは部屋へ戻るよう促 した。サラが素直に部屋の中へと消えて行ったのを見届けてから、ハリードは、一人廊下で考え込む。
(……もしかしたらオレは、オレが思っていた以上に厄介なことに巻き込まれたんじゃないか? サラとあの少年、どこか似たにおいがする。年の頃も、ほぼ一致する……まさか)
死食。宿命の子。この世界に住んでいる者であれば、誰もが知っていることだ。先程のサラの話からして、サラとあの少年は、もしや。思い至った一つの可能性に、ハリードは、ぞくりと身を震わせたのだった。
姉妹の他にはサラと共にピドナから旅立ってきたというトーマスとやけに派手な服装の娘、陰鬱とした雰囲気が漂う褐色肌の少年がいた。その独特な出で立ちの少年にハリードはすぐに興味を持ったが、彼は一言も喋らず、サラが代わりに「名前は知らないんだって。だから私は『あなた』、みんなは『少年』と呼んでいるわ」と教えてくれた。
人見知りで自分の名前を知らない、明らかにこの辺りの生まれではない見た目の少年。そんな得体の知れない少年を仲間に引き入れ連れ歩いているサラの胆力に、ハリードは
「……こんな夜更けに女性が一人で外にいるとは、あまり感心しないな」
背後から聞こえたハリードの声に、宿の外に
「何かあったのか?」
「ううん、別に何もないわ。寒い所って、星が一段と綺麗に見えるなと思って」
「そりゃあ、寒い地域のほうが空気が澄んでいるからな。……震えているじゃないか。これでも着とけ」
ハリードから毛皮のベストを渡され、サラはありがとう、と礼を言う。
「ふふ、大きい」
「オレが着ていたヤツだからな。そりゃ大きいさ」
「ハリードってがっしりしてるし、背もすごく高いものね。ずっと見上げていたら、首が疲れちゃいそう」
そう言って再び星空に視線を移したサラの横顔は、どこか遠くを見ているようで。これは何か隠しているなと、ハリードは直感する。
「やはり、何かあっただろう。またエレンと喧嘩でもしたのか?」
「ううん、違うわ。……やっぱり、ハリードに隠し事はできないね。お姉ちゃんやトムに言うとすっごく心配されちゃうだろうから、二人には言わないって約束してくれる?」
「ああ。誓って」
「ありがとう。じゃあ、ええと……」
周囲に人がいないかきょろきょろと辺りを見回して、ひと呼吸置いてからサラは、小声で話し始めた。
「……時々、誰かが私を呼んでいる気がするの。それは男の人の声だったり、女の人の声だったり……でも、どれも知らない人の声。シノンにいた時は何も聞こえなかったのに、トムとピドナに行ってから、急に」
「……呼んでいる?」
「うん。はっきりとした言葉は聞こえないんだけど、誘っているような、って言ったらいいのかな。こっちにおいで、って感じの。……実はトムに内緒でエクレアと『彼』と三人で魔王殿に行ったことがあるんだけど、奥に行けば行くほど胸がざわざわして、途中で引き返すことになって」
「……」
「あとでそのことを三人で話したら、エクレアは特に何も感じなかったらしいけど、『彼』は、ぼくも君と同じだって。誰かが呼んでいるような声も、時々聞こえるって……」
話していて怖くなったのか、サラは、身を縮こまらせて口を
「あの少年が何者なのかは分からんが、お前まで悪い影響を受けてしまっているのは感心しないな。どうやらお前は、感受性が強過ぎるようだ。同じ年頃の人間と仲良くなりたいのは分かるが、あまり深入りはするなよ」
「彼は、悪い子じゃないわ。人見知りで謎も多い子だけど、私のことをよく助けてくれるもの」
「それでも、だ。世の中には、関わり合いにならんほうがいい
「……」
不満そうに口を尖らせるサラに、ハリードは部屋へ戻るよう
(……もしかしたらオレは、オレが思っていた以上に厄介なことに巻き込まれたんじゃないか? サラとあの少年、どこか似たにおいがする。年の頃も、ほぼ一致する……まさか)
死食。宿命の子。この世界に住んでいる者であれば、誰もが知っていることだ。先程のサラの話からして、サラとあの少年は、もしや。思い至った一つの可能性に、ハリードは、ぞくりと身を震わせたのだった。
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