流浪の王族と豪腕美女開拓民

 ツヴァイクへと向かう、船の中。甲板に立ってぼんやりと海を眺めているエレンの隣へ、船員たちと何やら話していたハリードがやってきた。彼はエレンをこの旅に誘った張本人で、エレンより、十三歳も年上の男だ。シノンの酒場で出会ってから共にいた時間はごくわずかなものだったが、ロアーヌの酒場に一人取り残されたエレンを、放っておけなかったのだ。
「……不安か?」
「……何がよ」
「サラのこと、ユリアンのこと、自分のこれからのこと。お前たち四人は、本当に仲が良さそうだったからな。それが、一気にバラバラだ。ずっと一緒だと信じていたのに、と顔に書いてある」
「……」
 図星で、何も言い返すことができない。少し俯いて唇を噛むエレンへ、ハリードは続ける。
「当たり前のことだが、親友であれ身内であれ、いつかは別々の道を歩む日が来る。それが今だった、というだけだ」
「にしても、急過ぎるのよ。サラはトムと一緒だからあまり心配はしてないけど、ユリアンは……あいつに王宮勤めなんて、務まるわけがないわ」
「何だ、あいつが選んだモニカ姫へのヤキモチか?」
「そんなんじゃないわよ!」
 声を荒らげて振り返ったエレンを、ハリードはやや意地の悪い笑みを浮かべながら見つめた。からかわれている。それが無性に腹立たしいが、幼い頃から何かとつるんでいたユリアンをモニカに取られたようで、悔しく寂しい気持ちを抱いているのは事実だ。
 ぐちゃぐちゃな感情をどうにかしたくて、エレンは視線を船外へと向けながら、誰に言うともなくぽつぽつと本音を漏らし始める。
「……あたしはただ、あいつを子供の頃から見てきた幼なじみとして心配しているだけよ。王家の作法やしきたりなんて全然知らない田舎者がいきなり王宮勤めなんて、無謀でしかないでしょ。なんでモニカ様のボディーガードなんていう責任重大なことを引き受けたのかしら。ポドールイまでの旅で、急に自信をつけたわけ? あれはあいつ一人の手柄じゃないのに。いったいあいつは、何を考えてるの?」
「むしろ、考え抜いた結果だろう。――ミカエル侯に、あいつをプリンセスガードにと提案したのは、モニカ姫本人と、オレだ」
「!」
 エレンが、驚いて再びハリードを振り返った。では、ユリアンがおのれの元から去って行ったのは。望まぬ別離の原因を作ったのは。二の句が継げなくなっているエレンを、ハリードは静かに見据える。
「あいつには武芸の素質はもちろん、気概がある。そこにモニカ姫は惹かれ、オレも可能性を感じて、プリンセスガードに推挙した。厳しいことを言うようだが、あいつは一度、お前たちから離れたほうがいい。特にトーマスとお前の存在が、あいつを苦しめていた」
「トムと、あたしが……?」
「トーマスは最年長なだけあって頼れる男だが、それがあいつにとって、コンプレックスにもなっていた。そしてお前はあいつを無意識に頼りながらも、一人の男としては見てやっていなかった。そんな進展の見込みのない女の元にいて、あいつが幸せだと思うか? あいつだって男だ、素直に自分を頼ってくれる女の元へ行くのは当然だろう」
「……」
「まあ、あいつがモニカ姫のことをどう思っているかまでは知らんがな。モニカ姫は相当な美人だ、心変わりしたのかもしれないし、王宮勤めでおのれを磨いて、身も心も強くなった自分をいつかお前に見てもらいたい、認めてもらいたいと思っているのかもしれん。その時が来たら、お前はいったいどうする?」
「……あたしは……」
「それだけ考え込むってことは、あいつに少なからず気があるって証拠だ。もし再会するようなことがあれば、次こそは素直な気持ちで接するんだな」
 船上に吹き抜ける風が冷たい。陸地が見えてきたのか船員たちが騒がしくなり始め、ハリードの興味もそちらへと移ったようだったが、エレンは自らの心と改めて向き合い、一人その場に佇み続けたのだった。
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