Merry Christmas!2022
「あっ……!? これ……!」
テーブルの上に置いてあった雑誌を見て、サラが声を上げる。
「……何よ?」
「ポドールイで、レオニード伯爵をイメージした薔薇モチーフのケーキが期間限定で販売、だって。素敵……しかも、ラズベリーチョコのムース……おいしそう……」
「あんた、本当にラズベリー好きね。確かに綺麗だけど、この薔薇は何でできてるのかしら。まさか、本物の薔薇の花ってことはないわよね」
妹の横から一緒に雑誌を覗き込んだエレンが首を傾げたが、当のサラの視線は、薔薇ケーキの写真に釘付けだ。これはポドールイに行く気満々ねと、エレンは思う。
「そういえば今って、こういうオシャレな食べ物が出回る時期だっけ。……ポドールイに行きたいの?」
「うん。でもこれは私のわがままだし、忙しいトムまで巻き込むわけにはいかないから、私一人でも――」
「何言ってるのよ、あんた一人で行かせられるわけないでしょ。あたしも行ってあげるわよ。行って帰ってくるまでの間、トムの護衛はユリアンに任せておけばいいだろうし」
「お姉ちゃん……!」
エレンの言葉に、サラが嬉しそうに目を輝かせた。サラの可愛い我儘 ならばトーマスやユリアンも駄目とは言わないだろうが、自分たちが不在にする間、彼らには少なからず負担をかけることになる。いくら気の置けない仲間とはいえ、二人からの許可は必要だ。エレンは気楽に構えていたが、サラはややドキドキしながら、男二人の元へと向かった。
「何だよ。そういうことなら、みんなで行こうぜ」
「えっ」
「この時期限定のものだからな。一日二日程度なら、空けても大丈夫さ」
なんとユリアンと、多忙なはずの『トーマスカンパニー』の社長であるトーマスも同行してくれるという。却 っておろおろと二人の顔を見回すサラへ、トーマスはさらに続ける。
「ちゃんと、そういう組織作りはしているよ。社長が世界を飛び回ることなんて珍しくないし、そうすることで、新しいアイデアやヒントを得られることもある。毎日椅子に座っているだけじゃ、せっかく鍛えた諸々のスキルも退化してしまうしね」
「社長御自 らがこうおっしゃっているんだ。決まりだな」
ユリアンのおどけた言い回しにトーマスは苦笑し、エレンは「良かったわね」と、サラの肩を軽く叩いた。エレンとの姉妹二人旅でも充分心強く思ったが、四人旅のほうがもっと心強いし、嬉しい。サラは年少者らしく、素直に彼らに甘えることにする。
「お姉ちゃん、トム、ユリアン……ありがとう。ポドールイから帰ってきたら、トムのお仕事のお手伝い、いつも以上に頑張るね」
ぎゅっと拳を握ってみせたサラへ、三人は、優しく微笑んだ。
――と意気込んでいたのが、数時間前のこと。
「さっ……寒っ!」
やっとのことで辿り着いたポドールイの町中は、雪がちらつくどころか吹雪いていた。どうやら、悪天候の日に来てしまったらしい。北方の雪国の町でも、こんな吹雪に遭遇したことはない。いったい、今のポドールイに何が起こっているのだろうか。
「へっくしょい! ……オレたち、あの伯爵に歓迎されてないのかな。ここに初めて来た時みたく、モニカ様を連れて来ていないから……? オレがプリンセスガードの入隊を断ったばかりに……」
「それは関係ないんじゃないかな。いくら伯爵でも、お天気のことまで、は……はっくしゅん!」
「はっくしゅんっくしゅん! うう……このままじゃ凍えるわ。トム、毛皮のベストか何か持ってないの?」
薄着の幼なじみたち三人に助けを求めるように見つめられたが、トーマスは、申し訳なさそうに首を横に振る。
「あることはあるが、旅の初めの頃にオレが着ていた一着しか無い。すまん。オレは比較的厚着をしているから、誰かに……そうだ」
何かを閃いたらしく、トーマスは、しっかりとした作りの自らのマントを捲 った。そして、
「エレン、サラ。オレのマントを貸そう。目当ての店に着くまでの間、二人でくるまって歩けば、少しは寒さを凌 げるはずだ」
そう言うなりマントを脱ごうとするトーマスを、姉妹が慌てて止めた。彼が気遣ってくれるのはありがたいが、今のトーマスは、ランキングベスト10入りしている会社の社長である。彼に倒れられでもしたら、護衛を担 っている自分たちの立つ瀬がない。現に彼の丸眼鏡はあっという間に真っ白になり、視界も悪そうだ。
「今、一番体を大事にしなきゃいけないのはあんたでしょう! あんたに何かあったら、護衛役のあたしたちの責任になるわ。だから……」
「だ、だからっ、みんなでトムのマントの中に入って暖め合おうよ!」
サラの提案に、トーマスはもちろん、エレンとユリアンも目を丸くした。その発想は無かった、といった感じだ。
「……なら、サラとエレンが入ればいいんじゃないか? 片側に一人ずつだったら、なんとかイケなくもないだろ。で、毛皮のベストはオレが着る、と」
「でも、両側に二人入ったら歩きづらくない? ……とか言ってる場合じゃなくなってきたわね。ユリアンの案で行きましょう」
話がまとまったところで、エレンとサラが、トーマスのマントの中へ逃げ込むように入って行く。一方でユリアンはトーマスから毛皮のベストを受け取ると、素早く身に着けた。それでも寒いものは寒いが、ここでもたもたしていれば、本当に凍死してしまう。彼は顔や体に付着した雪を払うと、仲間たちを鼓舞するように声を掛ける。
「目当ての店の中に入ったら、吹雪が治まるか弱まるかするまで避難させてもらおうぜ。何としてでも、限定ケーキが欲しいんだろ? ここで買い逃したら、次はないだろうしな」
「……私のわがままに付き合わせて、本当にごめんなさい。でもここまで来たからには、やっぱり諦めきれない……!」
「そりゃそうよ。わざわざ来たんだから、諦めるなんて選択肢はないわよね」
「天候のことまでは、予測不可能だからな。商品が、今日も無事店頭に並んでいることを祈ろう」
四人は頷き合い、ユリアンを先頭(風除けともいう)に、目的の店へと進み始めた。トーマスは両側の姉妹と歩調を合わせて慎重に歩き、姉妹もトーマスのマントで体を包みながら、小股で前進する。
吹きつける雪で真っ白になりながらも四人はなんとか店へと辿り着き、店内に入るなり、彼らは暖炉の前に殺到した。店主も「こんな天気の日にお客様が来られるとは思いませんでしたよ」と苦笑し、サラお目当てのなかなかに高価な薔薇のケーキを、かなり値引きしてくれた。それからも四人はしばらく暖炉の前で体を暖め、ようやく吹雪が弱まった頃に、店主に礼を言って店を後にする。
「まだちょっと吹雪いてはいるけど、この程度なら、トムのマントの中に入らなくても大丈夫ね」
「……店主さん、いい人だったね。ずいぶんお店の中で騒いじゃったのに、ケーキを安くしてくれたりもして。また行く機会があったら、今度はちゃんとしたお値段で買わせてもらいたいな」
「この天候のせいで、商売上がったりの日だっただろうからな。だからせめてと、少し余分に買わせてもらったんだが。……さて、宿に向かうか。さすがにこれをピドナまで持ち帰ることはできないからな。宿の中で、ささやかなケーキパーティーをするとしよう」
「本格的なパーティーは、ピドナに帰ってからだな。トムの凝った手料理は言わずもがな、サラ、さっき買ったケーキを超えるようなスイーツを頼むぜ」
「ええっやめてよユリアン! ハードルを上げないで」
宿へと向かう道中を、四人はわいわいと話しながら歩いて行く。相変わらず寒くて体は震えてしまうけれど、無事欲しかった物を買うことができて、大好きな人たちが傍にいてくれるから、心は温かい。実の姉と義理の兄のような二人の青年の顔を見上げながら、サラは、満足そうに微笑んだのだった。
この後、ポドールイの宿の一室でささやかなケーキパーティーが開かれ、ピドナに帰ってからは、トーマスの手料理とサラ手作りのスイーツをふんだんに盛り込んだ本格的なパーティーが開催された。
四人は二日から三日にわたって大いに飲み食いを楽しんだが、いつも着ている服が少しきつく感じたことでこれはまずいと思い、早々にプチ断食ダイエットを決意したという。
テーブルの上に置いてあった雑誌を見て、サラが声を上げる。
「……何よ?」
「ポドールイで、レオニード伯爵をイメージした薔薇モチーフのケーキが期間限定で販売、だって。素敵……しかも、ラズベリーチョコのムース……おいしそう……」
「あんた、本当にラズベリー好きね。確かに綺麗だけど、この薔薇は何でできてるのかしら。まさか、本物の薔薇の花ってことはないわよね」
妹の横から一緒に雑誌を覗き込んだエレンが首を傾げたが、当のサラの視線は、薔薇ケーキの写真に釘付けだ。これはポドールイに行く気満々ねと、エレンは思う。
「そういえば今って、こういうオシャレな食べ物が出回る時期だっけ。……ポドールイに行きたいの?」
「うん。でもこれは私のわがままだし、忙しいトムまで巻き込むわけにはいかないから、私一人でも――」
「何言ってるのよ、あんた一人で行かせられるわけないでしょ。あたしも行ってあげるわよ。行って帰ってくるまでの間、トムの護衛はユリアンに任せておけばいいだろうし」
「お姉ちゃん……!」
エレンの言葉に、サラが嬉しそうに目を輝かせた。サラの可愛い
「何だよ。そういうことなら、みんなで行こうぜ」
「えっ」
「この時期限定のものだからな。一日二日程度なら、空けても大丈夫さ」
なんとユリアンと、多忙なはずの『トーマスカンパニー』の社長であるトーマスも同行してくれるという。
「ちゃんと、そういう組織作りはしているよ。社長が世界を飛び回ることなんて珍しくないし、そうすることで、新しいアイデアやヒントを得られることもある。毎日椅子に座っているだけじゃ、せっかく鍛えた諸々のスキルも退化してしまうしね」
「社長
ユリアンのおどけた言い回しにトーマスは苦笑し、エレンは「良かったわね」と、サラの肩を軽く叩いた。エレンとの姉妹二人旅でも充分心強く思ったが、四人旅のほうがもっと心強いし、嬉しい。サラは年少者らしく、素直に彼らに甘えることにする。
「お姉ちゃん、トム、ユリアン……ありがとう。ポドールイから帰ってきたら、トムのお仕事のお手伝い、いつも以上に頑張るね」
ぎゅっと拳を握ってみせたサラへ、三人は、優しく微笑んだ。
――と意気込んでいたのが、数時間前のこと。
「さっ……寒っ!」
やっとのことで辿り着いたポドールイの町中は、雪がちらつくどころか吹雪いていた。どうやら、悪天候の日に来てしまったらしい。北方の雪国の町でも、こんな吹雪に遭遇したことはない。いったい、今のポドールイに何が起こっているのだろうか。
「へっくしょい! ……オレたち、あの伯爵に歓迎されてないのかな。ここに初めて来た時みたく、モニカ様を連れて来ていないから……? オレがプリンセスガードの入隊を断ったばかりに……」
「それは関係ないんじゃないかな。いくら伯爵でも、お天気のことまで、は……はっくしゅん!」
「はっくしゅんっくしゅん! うう……このままじゃ凍えるわ。トム、毛皮のベストか何か持ってないの?」
薄着の幼なじみたち三人に助けを求めるように見つめられたが、トーマスは、申し訳なさそうに首を横に振る。
「あることはあるが、旅の初めの頃にオレが着ていた一着しか無い。すまん。オレは比較的厚着をしているから、誰かに……そうだ」
何かを閃いたらしく、トーマスは、しっかりとした作りの自らのマントを
「エレン、サラ。オレのマントを貸そう。目当ての店に着くまでの間、二人でくるまって歩けば、少しは寒さを
そう言うなりマントを脱ごうとするトーマスを、姉妹が慌てて止めた。彼が気遣ってくれるのはありがたいが、今のトーマスは、ランキングベスト10入りしている会社の社長である。彼に倒れられでもしたら、護衛を
「今、一番体を大事にしなきゃいけないのはあんたでしょう! あんたに何かあったら、護衛役のあたしたちの責任になるわ。だから……」
「だ、だからっ、みんなでトムのマントの中に入って暖め合おうよ!」
サラの提案に、トーマスはもちろん、エレンとユリアンも目を丸くした。その発想は無かった、といった感じだ。
「……なら、サラとエレンが入ればいいんじゃないか? 片側に一人ずつだったら、なんとかイケなくもないだろ。で、毛皮のベストはオレが着る、と」
「でも、両側に二人入ったら歩きづらくない? ……とか言ってる場合じゃなくなってきたわね。ユリアンの案で行きましょう」
話がまとまったところで、エレンとサラが、トーマスのマントの中へ逃げ込むように入って行く。一方でユリアンはトーマスから毛皮のベストを受け取ると、素早く身に着けた。それでも寒いものは寒いが、ここでもたもたしていれば、本当に凍死してしまう。彼は顔や体に付着した雪を払うと、仲間たちを鼓舞するように声を掛ける。
「目当ての店の中に入ったら、吹雪が治まるか弱まるかするまで避難させてもらおうぜ。何としてでも、限定ケーキが欲しいんだろ? ここで買い逃したら、次はないだろうしな」
「……私のわがままに付き合わせて、本当にごめんなさい。でもここまで来たからには、やっぱり諦めきれない……!」
「そりゃそうよ。わざわざ来たんだから、諦めるなんて選択肢はないわよね」
「天候のことまでは、予測不可能だからな。商品が、今日も無事店頭に並んでいることを祈ろう」
四人は頷き合い、ユリアンを先頭(風除けともいう)に、目的の店へと進み始めた。トーマスは両側の姉妹と歩調を合わせて慎重に歩き、姉妹もトーマスのマントで体を包みながら、小股で前進する。
吹きつける雪で真っ白になりながらも四人はなんとか店へと辿り着き、店内に入るなり、彼らは暖炉の前に殺到した。店主も「こんな天気の日にお客様が来られるとは思いませんでしたよ」と苦笑し、サラお目当てのなかなかに高価な薔薇のケーキを、かなり値引きしてくれた。それからも四人はしばらく暖炉の前で体を暖め、ようやく吹雪が弱まった頃に、店主に礼を言って店を後にする。
「まだちょっと吹雪いてはいるけど、この程度なら、トムのマントの中に入らなくても大丈夫ね」
「……店主さん、いい人だったね。ずいぶんお店の中で騒いじゃったのに、ケーキを安くしてくれたりもして。また行く機会があったら、今度はちゃんとしたお値段で買わせてもらいたいな」
「この天候のせいで、商売上がったりの日だっただろうからな。だからせめてと、少し余分に買わせてもらったんだが。……さて、宿に向かうか。さすがにこれをピドナまで持ち帰ることはできないからな。宿の中で、ささやかなケーキパーティーをするとしよう」
「本格的なパーティーは、ピドナに帰ってからだな。トムの凝った手料理は言わずもがな、サラ、さっき買ったケーキを超えるようなスイーツを頼むぜ」
「ええっやめてよユリアン! ハードルを上げないで」
宿へと向かう道中を、四人はわいわいと話しながら歩いて行く。相変わらず寒くて体は震えてしまうけれど、無事欲しかった物を買うことができて、大好きな人たちが傍にいてくれるから、心は温かい。実の姉と義理の兄のような二人の青年の顔を見上げながら、サラは、満足そうに微笑んだのだった。
この後、ポドールイの宿の一室でささやかなケーキパーティーが開かれ、ピドナに帰ってからは、トーマスの手料理とサラ手作りのスイーツをふんだんに盛り込んだ本格的なパーティーが開催された。
四人は二日から三日にわたって大いに飲み食いを楽しんだが、いつも着ている服が少しきつく感じたことでこれはまずいと思い、早々にプチ断食ダイエットを決意したという。
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