チャンピオンの憂鬱

 村一番の美少女と評判のエレンが、腕相撲大会で優勝したらしい。参加者の大半が男性だというのに大したものだと、トーマスは、まもなく凱旋がいせんしてくるであろう彼女を迎えるべくパブへと入った。
 妹であり、また『宿命の子』でもあるサラを守るために、常日頃から過剰なほどの鍛錬を欠かさなかった成果が出たのだ。さぞかし自慢げに武勇伝を語るのだろうと、思っていたのだ――が。
「やあ、エレン。話は聞いているよ、優勝おめでとう――」
「何よあれ! 全っ然納得いかないわ!!」
 勢いよく扉を開けるなり、憤怒の形相で現れた。予想外のことに、トーマスはもちろん、カウンターの奥で仕込み作業をしていたマスターまでもが驚いて目を丸くする。
「おいおい……一体どうしたっていうんだい? 念願叶ってチャンピオンになったってのに、えらくご機嫌斜めだね」
 どかっ、と乱暴に体重をかけられた小さな椅子が、苦痛と抗議の呻き声を上げた。だがそんなことはお構いなしといった様子で、エレンは続ける。
「あたしは手加減ナシの真剣勝負がしたかったのに、女子に本気なんて出せるかとか、変な手の握り方をしてきたりとか……もうウンザリ。
……はあ……こんな時、男に生まれたかったって思うわ。いちいち女として意識されるのって、ホントに面倒」
 一気に吐き出し切って、荒々しい溜息。ここからは、年の近い幼なじみであるトーマスの出番だ。手の込んだ調理はマスターに任せ、眼鏡の少年が彼女と向き合う。
「まあまあ……いくらエレンが剛腕でも、男としては、どうしても手加減せざるを得ないさ。見るからに筋骨隆々な女性ならばまだしも、見た目はとても力持ちには見えないし、多くの男たちの憧れの的でもあるんだ。不本意だろうけど、仕方がないんじゃないかな」
「筋骨隆々になれるものならなりたいわ。でも、なぜかなれないの。体質? それとも、まだまだ鍛錬が足りないから……」
「いや、鍛錬は充分だと思うよ。ユリアンみたいに、筋肉も脂肪もつきにくい体質なのかもしれないな」
「あいつはあたしよりチビだし非力だし、剣まがいの棒をデタラメに振り回してるだけじゃない。一緒にしないで」
「……」
 ――かわいそうに。ひどい言われようの二つ年下の少年に、心の中で同情した。確かにユリアンはエレンより体が小さく、腕力でも口でも勝った試しがないが、彼は彼なりに努力も成長もしているのだ。ただ、惚れた相手が悪かった。エレンは同年代の少女の中では背が高く腕っぷしの強さもずば抜けていて、美人だが色恋事にはまったくといっていいほど興味がない。そんな彼女にアタックしてはフラれて落ち込むユリアンを励ましなだめるのはいつもトーマスで、つい先程のように、エレンの相談相手を務めることもある。仲は良くとも男女の色恋となるとうまくいかないものだなと、つくづく思う。
「とにかくお疲れ様。優勝祝いにエレンの好物をたくさん用意したから、食べて行ってくれよ」
「ありがと、トム。でもあたしが独り占めするのはもったいないから、サラとユリアンも呼んでくるわ。大会ではあっさり負けたけど、ユリアンも労ってあげないとね」
「確かにそうだな。分かったよ」
 気遣いと優しさを見せはしたものの、やはりエレンにとってユリアンは異性というより世話を焼く存在、言わば弟分という立場に近いのだろう。再度同情してしまったが、気にかけられるだけいいのかもしれないと考え直す。あとはもう、本人たち次第だ。
(……まあ、焦らずゆっくり……だな。道は相当険しいだろうが頑張れ、ユリアン)
 早足でパブから出て行くエレンを見送り、トーマスはこれから集う三人の幼なじみたちのために、改めてご馳走の準備に取り掛かり始めたのだった。
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