名も無き、亡き愛し君へ

※一部リマスター準拠/サラが自分のことを「宿命の子」だと知らない設定

 花屋で小さな花束を買い、店を出る。
 村外れの森へと向かう道の途中に、幼なじみたちが立っていた。エレン、サラ、トーマス。皆、今日が何の日なのかを覚えてくれていたようだ。
「……みんな……」
「今日は、あんたの妹さんの命日ね。お墓参りに行くんでしょ?」
「私たちも行くわ。今年も、お供え用の花束を作ったの」
「墓自体も綺麗にしないとな。簡単なものだが掃除道具を持って来たから、ぜひ使ってくれ」
 今年も、いつものメンバーで。この日の主役であるユリアンを先頭に、四人は目的地へと歩き出した。

 生まれたばかりの妹が死食によって命を落としたことは今もユリアンの心に影を落としていたが、当時はまだたった五歳の子供だったことと、深い悲しみから少しでも早く逃れたかったという思いが関係しているのだろう。あの日の記憶は、今となってはかなり曖昧だ。
 だが、墓参りには毎年欠かさず行っていた。最初の年は悲しみに耐えきれずに泣いてしまったが、幼いサラも一緒に泣き始めたため、すぐに涙を引っ込めた。しかしなかなか泣き止まなかったサラを、皆で必死にあやした覚えがある。
 妹は死んだが、同い年のサラは死ななかった。そのことで村はちょっとした騒ぎになり、ユリアンもサラに対してしばらく複雑な感情を抱いていたが、サラは純真で心優しく、ユリアンにもよく懐いた。慕われて、悪い気はしない。どんなに嘆き悲しんでも、死んだ妹は戻って来ない――ならば、この子を妹の分まで大事にしよう。次第にそう思えるようになり、今ではすっかり可愛い妹分で、良き親友となった。彼女とは主に若者たちの流行や、お洒落の話で盛り上がることが多い。
(もし妹が生きてたら、仲良くなれてただろうな。名前はとうとう決まらなかったし、どんな子なのかも分からないまま逝ってしまったけど。サラみたく可愛らしい子になってたか、エレンみたいな気が強い子に育ってたか……死食のショックのせいで親父たちもすっかり意気消沈しちまって、結局オレは一人っ子だ。まだ寂しさは拭えないよなぁ)
 三人の話し声を背に、ユリアンは無言で進む。いつもは陽気で口数も多い彼だが、墓参りに向かう道中は、毎回こうだ。エレンたちも彼の背中を見つめこそすれ、その胸中を察してか、自分から話しかけることはしない。
 しばらくすると、静かな森の中にひっそりと佇む墓地が見えてきた。名を持たぬまま亡くなってしまった赤ん坊の妹の墓は至極質素なものだが、ある程度の管理はされているのか、さほど荒れてはいなかった。それでも墓石の掃除や周囲に生えた背の高い草を取り除くことは必要で、四人はトーマスが持ってきた掃除道具を使って、手早く墓の手入れを行った。すっかり綺麗になった墓前にユリアンとサラが花束を供えた途端、無機質だった墓が華やかに色付く。
「……今年も来ることができて良かった。いつかシノンを出て、ここに来られなくなる年もあるだろうけど……お前のことは、ずっと忘れないよ。空の上から、兄ちゃんたちを見守っていてくれ」
 ユリアンがその場に片膝を付き、目を閉じて両手の指を組み合わせると、後ろの三人もそれにならった。五人目の仲間になっていたはずの、名も無き君へ。しばし、祈りを捧げる。
 やがて黙祷を終えてゆっくりと立ち上がったユリアンに続いて、エレンたちも立ち上がった。振り返ったユリアンはいつもどおりの明るい表情と声音で、ついてきてくれた仲間たちへ感謝の言葉を述べる。
「みんな、いつも一緒に来てくれてありがとな。妹もオレたちの元気な顔を見て、きっと喜んでると思う」
「何よ、毎年恒例のことでしょ。……本当に……もし生きてたら、どんな子になっていたのかしらね。「お兄ちゃん」って慕われて、鼻の下を伸ばしてるあんたを見てみたかったわ」
「私と年が近いし、きっと何でも言い合える、いいお友達になれてただろうな。あと、ちょっとだけお姉ちゃん気分を味わえたかも」
「ユリアンの妹だ、おそらく元気で明るい子に育っていただろう。……この子の分まで、これからも逞しく生きていかないとな」
 最年長のトーマスの言葉に三人は頷き、今一度、花に彩られた墓を見つめる。
「もう行くよ、じゃあな。――さ、帰ろう。午後からも、やることが山積みだ」
 別れを惜しむ気持ちを振り切るようにユリアンは墓に背を向け、彼を先頭に、四人は来た道を戻って行った。

 シノン村と墓地を結ぶ森の小径こみちには、むせ返るような緑の匂いが立ち込めていた。
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