トムの日2021

※ユリアンがプリンセスガードにならなかったルート/エンディング捏造

「――ッ!?」
 背後から突然強い殺気を感じ、トーマスは咄嗟とっさに身をひるがえした。直後に目の前の壁に、数本の矢が当たって落ちる。
 何者だ、と口にする前に、黒い衣をまとった〝刺客〟が現れた。敵は二人。対して、こちらは一人。ピドナの旧市街から新市街へと戻る途中だったところを狙われたのだ。
 おおよそ、辺境の田舎出身の若者が社長を務める『トーマスカンパニー』がここ最近、破竹の勢いでランキングベスト10入りしたのが気に入らないのだろう。〝刺客〟たちは黒頭巾の隙間から見える目を血走らせ、癇に障る声でトーマスを責め立てる。
「シノンの田舎者が! 調子に乗るなよ!」
「若造が! 貴様がフルブライトと通じているのは知っているぞ。いい気になるなよ!」
「……お前たちがどこに雇われているのかはだいたい想像がつくが。正々堂々取引の場で戦うのではなく、わざわざ刺客を雇ってオレを亡き者にしようとする卑怯なやり口。ならば、こちらも容赦はしない」
「「死ね!!」」
 再び放たれる矢を槍を素早く回転させることで弾き落とし、トーマスは、瞬時に背から弓を取り出した。そして、
「弓には弓技で返そう――『フラッシュアロー』!」
 眩い矢の雨が〝刺客〟たちを襲い、暗闇状態にする。彼らがひるんだ隙に、トーマスはすかさず、おのれの得意とする玄武術を叩き込んだ。
「『サンダークラップ』!」
「「ぎゃあああああっ!!」」
 魔力の高いトーマスが放つ攻撃術の威力は絶大で、全身から無数の小さな雷を放ちながら〝刺客〟たちは、地面に倒れ伏した。目が見えない上に、負ったダメージが大きい。息も絶え絶えに〝刺客〟たちは、うめくように呟く。
「……おい。こんなに強いなんて、聞いてないぞ……」
「一人になった所を狙えば必ず仕留められると聞いていたのに……」
「こっちも、それなりに戦闘経験を積んでいるんでね。商売だけやってるわけじゃない。お前たちはきっと、捨て駒にされたんだ。オレの今の実力を測るために。
――去れ。お前たちが再びオレの敵として立ちはだかった時は、今度こそ、息の根を止める」
 冷徹な声と表情を作り、地に伏す〝刺客〟たちを見下ろす。完全なる悪人ではなかったのか、彼らはほうほうの体で退散した。まだ視力が回復していない黒い二人組は、何度も建物にぶつかったりつまずいたりしながら街の外へと消えて行く。
(……街中で無用な騒ぎを起こしたくはない。それとも、この考え方自体が甘いのか……)
 〝刺客〟たちが消えた方角を、トーマスはしばらく厳しい表情で見つめた。

「……どうしたの? トム。怖い顔してる」
 はとこの家に戻るなりサラに指摘されて、トーマスは苦笑いを浮かべた。襲撃を受けたことは黙っていようと思っていたのに、秒でバレてしまった。仕方なく、先ほどのことを簡潔に報告する。
「旧市街から戻ってくる時に、おそらくはドフォーレ商会が雇った刺客に襲われてな。大した強さじゃなかったから事なきを得たが、これで終わりじゃないだろうな。やれやれ、骨の折れる」
「笑いながら言うことじゃないでしょう! 大変な目に遭ってるじゃない!」
「オレたちがついてない時にそんなことが……そもそも、一人で旧市街になんて行くなよ。今じゃトムも有名な会社の社長なんだ。それを面白く思わない連中があの手この手で妨害してきたって不思議じゃないだろ」
 エレンとユリアンにもたしなめられ、トーマスは両手を上げて降参の意を示した。彼がそんな危険な目に遭っていたとは知らずに目を見開いて驚いていたサラも、口を尖らせてトーマスを責める。
「だから私もついていくって言ったのに! 無事に帰って来れたのはさすがトム、って感じだけど……もう一人で出歩くことはしないでね。ちょっとそこまでの距離でも、私たちを一緒に連れて行って」
「そのためにトムについてきたんだしね。どんな奴でもブチのめしてやるんだから」
 必死に見上げてくるサラと自らの両拳を突き合わせるエレンに「ありがとう、二人とも。頼もしいよ」と礼を言い、両手を後ろで組んでこちらを見つめてくるユリアンにも頷いてみせる。
 ロアーヌ侯ミカエルの妹であるモニカの護衛という経験を経た時点で、別々の人生を歩む道だってあったはずだ。それなのにこの幼なじみたちは、トーマスを慕って付いてきた。特にユリアンはモニカの護衛隊に誘われたというのに、それを断って幼なじみたちの元へと戻ってきた。もったいない、とは言ったものの、どこかで安堵している自分もいた。子供の頃から憧れていた外の世界を、家族のように共に育った幼なじみたちと旅することができるという喜びの感情は、トーマスの中にも確実にあったのだ。
(ふ……オレも、まだまだ未熟だということか)
「……な~んか上の空って感じだなぁ。本当に分かってるのか?」
 ユリアンの駄目押しに、トーマスは我に返り、三人の顔を見回した。どこかいぶかしげな視線を向けてくる幼なじみたちへ、彼らの中で最年長の青年は、困ったような笑みを浮かべて答える。
「分かったよ。これからは、一人で出歩いたりはしない。引き続き護衛として、遠慮なく頼らせてもらうよ」
「それでよろしい」
 ユリアンの言葉に、サラが思わず声を出して笑う。エレンは呆れながらも、笑う妹を愛おしそうに見つめた。トーマスもまた、声は出さずに笑った。

 ドフォーレ商会が雇ったと思われる〝刺客〟、そしてドフォーレ商会が倒れた後に現れた「アビスリーグ」からも、〝刺客〟は繰り返し送り込まれた。
 だが強固な絆で結ばれ、逞しい開拓民でもある四人を中心とした戦士たちは、力を合わせてそれらを見事に退けた。ついに『トーマスカンパニー』は頂点に上り詰め、あのフルブライト商会をも超える大会社へと成長した――のだが。
 突如東へと向かったトーマスたちは諸悪の根源と言われる「魔貴族」たちや「破壊するもの」を倒し、世界を救った。高名な『トーマスカンパニー』の社長が成し遂げた偉業に彼を知る人々は沸き立ったが、肝心の青年と彼を支えた三人の仲間たちはカンパニーには戻らず、行き先も告げずに行方をくらましたという。
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