子供と呼ばないで

※ユリアンがプリンセスガードにならなかったルート

「――今夜の酒はコレだ! ランス新名物のリンゴ酒!」
 世界最大の町・ピドナの新市街にある、トーマスのはとこの家の一室。ユリアンが嬉しそうに持ってきた酒瓶を見て、皿に盛られたナッツをつまんでいたエレンが目を丸くする。
「ランスって、あんた……それ、どこで手に入れたの?」
「まあオレが手に入れたんじゃなくて、トムがランスと取引した際に貰ったってヤツなんだけどな。ありがたくいただこうぜ」
 酒瓶をテーブルに置いてうきうきとグラスを取りに行ったユリアンと入れ替わりに、エレンの少し後ろで三つ編みを編み直していたサラが、興味津々といった様子でやって来た。瓶のラベルにはランスの風景画と、可愛らしいリンゴの絵。次第にきらきらと目を輝かせ、やがて感嘆の声を上げる。
「ランスのリンゴのお酒……! ブドウのお酒より飲みやすいって聞いたことがあるわ。これなら私も……」
「何言ってるの。あんたはまだ子供なんだから、お酒はダメよ」
「リンゴ酒は、ランスでしか造られていないとても貴重なものなの。ほんのちょっとだけでいいから! お姉ちゃん、お願い!」
 エレンの言葉に、サラは両手を合わせて懇願する。まるで子犬のように目を潤ませて見上げてくる妹を見てエレンの気持ちは少し揺らぎかけたが、
「……そんな顔しても、ダメなものはダメ。あたしたち大人は、子供の飲酒を認めるわけにはいかないの。あんたはいつもどおり、ジュースでも飲んでなさい」
 「大人の姉」として真っ当な理由でたしなめ、「子供の妹」を黙らせることに成功した。ちょうどその時、ユリアンが全員分のグラスを、キッチンから戻ってきた「トム」ことトーマスがサラ用のジュースを持って現れ、しゅんと肩を落としている少女を見て目を瞬かせる。
「……? どうしたんだ? 二人とも」
「ああ、聞いてよトム。サラったら、子供のクセにこのリンゴ酒が飲みたいって言うのよ。あたしは、大人として止めただけ。何も間違ったことは言ってないでしょう?」
「うーん……確かに、未成年に酒を勧めることはできないからなあ。何かあったら、オレたち大人の責任になっちまうし。かわいそうだけど、今回は我慢、な?」
「悪いが、エレンとユリアンの言うとおりだ。……大丈夫、ランスは元々リンゴ栽培が盛んな地域だし、リンゴ酒が発明されたのもつい最近のことだから、サラが大人になってからもきっと生産されてるよ。近々ノンアルコールのものも製造が始まるみたいだし、また貰える機会があるようならそれも欲しいって、今度頼んでおくから」
 無意識なのか、トーマスの手がサラの頭を軽く撫でた。最近は幼子ではなく一人の女性として扱ってくれていたはずの彼にも裏切られた気持ちになって、サラは眉間にしわを寄せる。
 背の高い「大人」たちに囲まれ、テーブルの上には、ユリアンがグラスに注いだばかりのリンゴ酒がゆらゆらと。サラの中でぷちん、と何かが切れた。次の瞬間にはリンゴ酒の入ったグラスを掴み――あろうことか、それをあおったのだ。
 突然のことに唖然とする三人の目の前で、サラはからになったグラスをどん、とテーブルに置いた。少女の口の中に淡い炭酸と甘くフルーティーな香りが広がり、味は微発泡の炭酸ジュースとほとんど変わらないように思えた。しかし平然としているサラとは裏腹に、三人は途端に慌て出す。
「なっ……なんてことをするの! あんたって子は!」
「一気飲みなんて、オレたちだってめったにやらないぞ! 今、水を持ってくるから!」
「サラ、いったいどうし……サラ!?」
 大人たちを振り切って、サラは外へと飛び出して行った。エレンがすぐに後を追おうとしたが、何を思ったかトーマスがそれを押し止め、首を横に振る。
「……ここはオレが。頭ごなしに叱っても、下手をしたら大喧嘩に発展するだけだ。サラは今、難しい年頃なんだよ」
「……分かったわ。トム、後はお願いね」
 心配そうなエレンとユリアンに見送られて、トーマスもはとこの家を後にした。

 ほどなくしてトーマスは、町の外でサラに追いついた。こちらに背を向けてうずくまっているため彼女の表情は分からないが、四人の中で最年長でありまとめ役でもある青年は、かたわらに静かに腰を下ろす。
 ――少女が口を開くのを待つことしばし。
 ようやく顔を上げたサラは泣いてこそいなかったが、その表情は暗く、トーマスの存在に気付いていながらも、目を合わせようとはしなかった。ただおのれが起こした行動を悔いてはいるようで、か細い声で謝罪の言葉を述べる。
「……ごめんなさい。あまりにも子供子供って言われたから、ついカッとなっちゃって」
「オレも悪かったよ、頭を撫でたりして。サラも今じゃ16歳だ、15になった日からさすがにもうやめようと決めていたはずなのに、昔の癖が出てしまって。
……にしても、驚いたぞ。まさかグラス一杯の酒を一気飲みするなんて。大丈夫か?」
「本当にごめんなさい。……うん、大丈夫。そんなに強いお酒じゃなかったからかな?」
「あれは幸いアルコール度数は低い酒だが、それでも一気飲みなんて無茶はしたらダメだ。酒は何かと一緒に、少しずつ楽しむものだよ。
でもサラは、もう少し待とうな。これは年齢的なものだから仕方がない。オレたちだって未成年だった頃は、飲酒は我慢していたからな。……さっきも言ったとおり、次はノンアルコールのものを貰えるように頼んでおくから。その時は、一緒に楽しもう。あとエレンにも、何かにつけて子供子供と連呼しないように言っておくよ」
 優しくさとしてくるトーマスの声は、穏やかで心地が良い。いつだって、そうだった。やっとのことで目を合わせて微笑むと、彼からも微笑み返される。
「もう大丈夫そうだな。戻ろうか、サラ」
「……うん。ありがとう、トム。楽しい時間を台無しにしちゃってごめんね。お姉ちゃんとユリアンにも謝らなきゃ」
 先に腰を上げたトーマスが手を差し伸べると、サラは素直にその手を取って立ち上がる。少女がふらついていないことを確認すると青年は手を放し、二人は同じ歩調で歩き始めた。街の灯りでややくすんではいるものの、夜空には無数の星々と満月が浮かび、月光が帰路を静かに照らし出していた。

 ランスでノンアルコールのリンゴ酒の製造が始まった頃には『トーマスカンパニー』は『アビスリーグ』をも打ち倒して世界トップの大会社となっていたが、肝心のサラがアビスゲートの向こうに消えてしまったため、トーマスたちは彼女を救うために、東へ向かった。
 アビスゲートの向こうにいる巨悪を倒して「宿命の子」の一人であるサラを連れ戻し、故郷のシノンで祝杯を挙げよう――そう誓い合い、三人と彼らに同行する戦士たちは、暗く深いアビスへと身を投じた。
 激闘の末に彼らは「宿命の子」たちと世界を救い、四人の間で交わされた〝約束〟も、無事果たされたという。
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