【アイスキャンディー・ラプソディ】




「あっちぃ〜!なんだよこの暑さ!」
「こうも暑いと、いくら制服に温度調整の魔法がかかってるとは言え脱ぎたくなるな」
「早く購買部行ってアイスキャンディーとかいうの、食うんだゾ!」
「…だね!ていうかこっちの世界でも暑さってウチの世界とそんな変わんないんだなぁ…ちょっとマシなくらいで」

購買部への道のりを、ワイワイと喋りながら走る3人と1匹の影。1年坊のエースとデュース、そしてお騒がせ魔獣のグリム、その保護者(?)の監督生だ。
彼らの目的はサムが仕入れたという『舐めれば舐めるほど味が変わるアイスキャンディー』というシロモノ。
最近のこの暑さのせいか、毎日飛ぶように売れるれしい。どんなものか試しに食べたいという話になり、売り切れる前にと1日の授業が終わると彼らはすぐさま購買部へと向かった。



*****


「売り切れ間近であぶなかったー!買えてよかったねぇ」
「ほんとにな」
「しっかし、見た目はどこにでもあるフツーのアイスキャンディーだよなぁ」
「早く食うんだゾ!!オレ様もう待てないんだゾ!」
監督生は袋を開けようとする相棒を「ダメだよグリム。店の中は飲食禁止!外出よ」と嗜めて、1年トリオと魔獣は購買部を後にした。


近くにあったベンチに腰掛けながらキャンディの袋を開け、棒状のそれを口に突っ込む。
「んー!!冷たっ!」
「生き返るわー!」
「美味しいな」
監督生とエーデュースがそう言う間に、グリムはもう全て平らげてしまったようで「冷たくてウマかったけど、もの足りねぇんだゾ…もっと食わせろ!」と言ってエースやデュースに飛びかかった。もちろん渡すつもりがない彼らとグリムの攻防戦が始まる。


「暑いのによくやるわ…」
ペロペロとアイスキャンディーを舐めながら、2人と1匹の戦いを見守る少女。
「あ、さっきはソーダ味だったのに今度はイチゴ味だ。おいしー」
サムは一本のアイスキャンディーで4つの味が楽しめると言っていた。舐めた時は3つ、かじって食べた場合の味は1つ。
だから舐めたりかじったりするといいよ、と。
「相変わらず、賑やかですね」
ベンチに座っているユウの上から影が落ちた。目を向けた先にいたのは。
「ジェイド先輩…こんにちは」
「こんにちは、ユウさん。おや、美味しそうなものを食べていらっしゃいますね」
「最近の購買部の名物です。舐めるほどに味が変わるアイスキャンディー。めっちゃ冷たくて美味しいですよ」
「味が変わるアイスキャンディー…ですか。サムさんは不思議なものを見つけては売り出しますねぇ。この暑さで涼をとるには打ってつけの品ですし」
そう言えば。ジェイドは人魚だ。しかも故郷は冷たい海にあり、オクタヴィネルの人魚達は寒さには強いが暑さにはあまり慣れてないって話は前に聞いたな──と思い出す。
ジェイドを見つめると、普段とは変わらず表情は平然としている。だが若干、顔に汗が浮かんでいた。
(先輩でも暑いってかんじるんだ、やっぱり)
急にちょっとしたイタズラ心が湧く。
ユウは手に持っていたアイスキャンディーをおもむろにジェイドの顔に向けて差し出した。
「…食べます?冷たくて美味しいから一度食べたら病みつきになりますよ?」
監督生の言葉に、人魚は一瞬目を見開いた。
そうそう、そんな顔が見たかったのだ。いつも自分ばっかり驚かされるから。してやったりと笑う。
「なーんて、冗談で」
「では、お言葉に甘えて…頂きますね」
ユウが言い切る前にジェイドは少し屈み、彼女の差し出された手を掴むとアイスキャンディーを一口。ガリっと齧り取った。
それからシャクシャクという咀嚼音が響く。
「おや、これはザクロ味…でしょうか。爽やかで美味しいですね。それに冷たさがちょうど良い」
ジェイドが自分を楽しそうな表情で見下ろして話しているのを、監督生は目を点にしてボケっと見つめた。そしてみるみる頬は朱に染まる。
「……い、今の……か、かか、かんっ」
「おやおや、どうしたんです?…あぁ」
少女の目の前に立つ男はポンっと手を叩くそぶりを見せ、ニヤリと笑い「『間接キス』と言いたいのでしょうか?」と。
その言葉を聞き、一気にユウの顔面は噴火した。
「差し出したのは貴方ですよ?ご馳走様でした。また食べさせて下さいね」
「〜〜〜〜うぅぅ!!」
居た堪れなくなった少女は、ベンチから飛び上がる。
「ほら、早く食べないと。溶けちゃいますよ?」
そんなこと言われても!先輩が齧ったところを口に含むなんて…!でも食べ物は粗末に出来ないし…と思考回路が右往左往。
そんな困り果てている少女を見て意地悪な先輩はクスクスと笑う。
「さて、僕も購買部に用事があるので。ではこれで」
踵を返し、ジェイドは購買部の方へと歩き出す。
ちょうどその時、グリムとの攻防戦を逃げ切ったエースとデュースがユウのもとへと戻ってきた。食いしん坊はデュースの大窯の中に閉じ込めたらしい。ジェイドの方へと視線を向けていたユウに気づいたエースが声をかけた。
「あれ、ジェイド先輩じゃん。なんか言われたの?」
「……ううん、挨拶…したくらいだよ」
エースやデュースの方に顔を向けつつ、視線をジェイドに移すと。さほど離れていない距離。ちょうど購買部のドアを開けようとしている彼がこちらを向いた。
互いの視線が絡まる。
すると彼は黒いグローブをはめた右手の人差し指を唇に当てて。


『ヒミツですよ』と。
そして口元に笑みをたたえながら、そのまま店の中へと消えた。


ほんのり桃色の顔したユウは手に持ったアイスキャンディーを一瞥し、ジェイドの歯形が残る部分を静かに口に含んだ。
口内には冷たくてよく分からない味が広がる。

(かじり…取られちゃった)
──アイスキャンディー…それからウチの心も──




終。


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