【ジェラシー事変!】



「ねぇ、小エビちゃんってさぁ〜。ジェイドのどこが好きなの?」

監督生──優海がオクタヴィネル寮の談話室のソファに掛けてジェイドを待っている時、そばに来たフロイドが覗き込むような姿勢で唐突な質問を投げかけてきた。

「えっ…………か、顔…?」

『顔が好き』なんて言ったら、ふざけてんの?絞められたい?と目の前のジェイドの兄弟に言われてしまうかもしれない。そう思ったものの、他にどこが好きなんだと考えると色々纏まらず考え込む。顔が好きというよりは、綺麗な顔立ちをしているので羨ましいとか、目の保養になる、とかそんな程度で、実際顔でジェイドのことを好きになった訳じゃない。でも説明するのが面倒だから結局そのまま口に出してしまった。

「は?顔?顔だけなの?」
「いやーもちろん性格…?が一番好きですよ!でもああいう綺麗な顔立ちの人って、見ててなんか幸せじゃないですか」
「ふーん…。顔ねぇ」
フロイドはドサッと監督生の隣に腰を下ろしてだらりと足を組む。
相変わらず寮服もタイを締めず、シャツも開いている。双子でもこうも違うもんなんだなぁ──チラッと横を盗み見ながら、頭の中では身だしなみをいつもきちんと整えている自分の想い人が浮かぶ。
そうぼんやりしていると。

「だったらさぁ、オレでもいいわけじゃん。顔、ジェイドと良く似てんでしょ?」
グイッと顔を超至近距離まで近づけてたフロイドは、ニヤァとギザギザな歯を見せながら笑う。
あまりの距離感にギョッとして少し体を横に引いてしまった。しかし似てるからオレでもいいとは…?どういう意味だろう。
「確かに兄弟だからジェイド先輩とフロイド先輩は似てるかもしれませんが、全然違います…よ」

質問の意図が分からない。フロイドのような性格の人からすると、顔が似てるならどっちでも良いなんて言われたりするのは絶対気に入らなさそうなのに。

「…ま、そりゃそうだよねー。オレとジェイド、似てるのは顔の雰囲気だけで、性格とか好きなもんとか全然ちげーし」
フロイドは身体を前に戻し、視線を遠くにやった。
だったらなぜ聞いたし、と優海は怪訝な顔で隣人の横顔を見つめる。小エビの視線を感じたフロイドは、またニタリと笑う。
「何?小エビちゃん。あっ、言っとくけど別にオレ、小エビちゃんのことなんか、なんとも思ってねぇから」
「それはぁ…分かってます…」
フロイドは『ジェイドのことを好きな小エビ』に興味があるのであって、小エビ自身には興味なんてさらさらないんだろうなというのはなんとなく察している。別に興味を持たれたくはないし、それは全然良いのだが。
「じゃあさ、小エビちゃんはさぁ。ジェイドのこと、どんくらい知ってるわけ?」
「えっ…?どんくらい…」
また真意が見えない質問をされ、考え込む。

自分が知っているジェイドのことといえば。

キノコ愛が異常で、山愛が異常で、テラリウムが趣味…そして大食い、それくらいだ。まだ出会って一年も経っていないんだから、その程度でも仕方ない。
あぁ、あとは人を揶揄うのが好きで、ちょっと冷たい部分があるなと思うけれどそれは過酷な海の世界に生きてきた故の気質で、根っこは自分たち人間と同じ、あたたかいものを持っている…と自分は思っている。

そしてそれは、ジェイドだけではなく、目の前にいるその人の片割れにも言えることだ。
兄弟や彼らといつも行動を共にしているアズールに対しては、他のものが立ち入ることは出来ないような、なんというか絆があるように感じる。

ウツボは愛情が深い、と本に書いてあった。
ウツボの人魚と魚のウツボでは違うのかもしれないが。
悶々とそんなことを考えていたら。

「なーんだ。小エビちゃん、ジェイドのことなーんも知らないんだねぇ〜」
広いソファの上でふんぞり返り天井を仰ぎながら笑う。
「オレはさぁ、ジェイドのことなーんでも知ってるし分かるよぉ?それに…」
そしてまた、隣にちょこんと座っている監督生に顔をズンと近づけ、先程よりも一層性悪な笑顔を見せつけてきた。
「ジェイドだってオレのこと、なーんでも分かるんだぁ」
「……はぁ…」
そーですかい。
まるで「ジェイドはお前のこと全然分かってねーし、お前もジェイドのこと全然分かってねー」と言っているかのような口ぶり。
そう思うとだんだんイライラが募り、腹が立ってきた。

(ん…?でもこれって…)

違和感がある。その口ぶりは。
自分にも身に覚えがあった。

(……あぁ、これは。嫉妬…してるんだ)

それは大好きな友達が、自分ではない他の子と仲良くなったりした時。
小さい頃から仲が良かった親友。
どこへ行くのでも一緒だったのに、中学に上がると別々のクラスになり、自分以外の子と遊びに行った話を楽しげに何回もされた時。
それでつい嫉妬して、喧嘩もしたりしたけど、気持ちをぶつけて、謝って。
ちゃんと仲直りも出来た。

(あれと同じ……なんだろうな)
フロイドはきっと、大事な片割れを取られたように感じてるんだ。いや、もしかしたらちょっと違うかもしれないが、似たようなものだろう。
気持ちは分かる。心というのは複雑で厄介だ。
だが自分にしてあげられることはない。
ここはバシッと決めてやろう。

ドンっと勢いよく立ち上がり、ビシィッと右手の人差し指をフロイドに向ける。
「先輩…!そーゆーの、嫉妬っていうんですよ!男の嫉妬なんて…醜いです!!」
「…は??何言ってんの。オレが嫉妬なんてするわけねーじゃん!変なこと言ってっと絞めちゃうよ?」
「いーや、嫉妬ですね!ウチがジェイド先輩を取ったと思って嫉妬してるんでしょ!!」
「だーかーらぁ〜してねぇっつーの!いい加減だまれよ!」
フロイドも威勢よく立ち上がり、そのままガバっと監督生に襲い掛かった。
腕を首に回され、文字通り絞められる。しかし意外なことに、ちゃんと手加減はしてくれているらしく、息苦しくはない。
「そうやって、ムキになるのは…っ、図星ってこと、なんですよぉ!」
「ジェイドのカノジョだかなんだか知らねーけど、あんま調子こいてっと、マジでやっちまうからな?」
若干フロイドの腕に力が入り、ほんの少しキツくなった。が、まだ大丈夫だ。こいつ…いやこの人が本気を出したら自分なんてあっという間に意識飛ぶだろうし。なんだかんだ優しいんだよなぁ…って、そうじゃない!
「や、やれるもんならぁ…やってみろ!…です!」
煽るように気持ち悪くニヤァと笑って見せる。
すると監督生を羽交締めしている青年は垂れた目をかっ開いて凄んだ。
「小エビさぁ…」

──うっ!流石にやばい??これはマジギレ寸前?!──
自分で煽っといて焦る優海。

だがしばらく経ってもフロイドはそれ以上絞めてこない。それどころか、後ろから首を絞められた体勢で、ジェイドの片割れは頭をだらんと前に倒してきた。
(ひっ!何やってんのこの人…!)
こんなん遠目から見たら後ろから抱きしめられてるみたいに見えるんじゃない?!誤解されちゃうじゃないの!──と慌てふためく。
しかしフロイドは気に求めず、小エビの耳の近くで、ボソリと何かを話した。
「嫉妬…かも」
「へ?」
「小エビちゃんの言うとーり」
──だって、ジェイドのやつ、最近小エビちゃんの話ばっかだし…ひたすらずーっと楽しそうに話すんだもん──と小さく呟く。
チラリと横目でフロイドの方に視線を向ける。そこにはぷぅっと頬を膨らませて目を逸らした、まるで幼子のような顔があった。

──あぁ、マジで拗ねてるんだ。この人、ほんとにジェイド先輩のこと好きなんだなぁ、可愛いとこあるじゃん──
いつだったか、ジェイドが「フロイドはああ見えて甘えたなところがあるんです」と言っていたがまったくその通りだ。

ふふっと自然に笑みが溢れる。

「ウチといるときでも、ジェイド先輩はフロイド先輩の話してますよ。それも楽しそうに。大切にしてるって、伝わってきます」
「…そんなん、当たり前じゃん。オレたちはずーっとずぅぅぅーっと、一緒だったんだから」
いつものようなひょうひょうとした声に戻し、腕をスッと監督生から外したフロイド。表情も先程より穏やかで、ふにゃりと笑っている。

「こっから先、どっちがジェイドの一番になれるかぁ…小エビちゃん、ショーブする?」
「…望むところです!」
向かい合ってライバル宣言。正直自信はないし、そもそも本気で戦うつもりもない。
「でもジェイド先輩を好きな気持ちは…負けませんから!!」
どんと胸を張って。
フロイドもニィッとギザ歯を見せつけ、口の端を吊り上げる。

そんな二人に、近づく一つの人影。

「おや、お二人ともこんなところで。ずいぶん楽しそうにお話し中ですね」
「あ、ジェイド先輩」
「あ、ジェイドぉ〜」
二人揃ってその人の名を呼ぶ。

待ってたんですよーと、ジェイドのそばに駆け寄り、優海は用事の件を彼に伝えたあと、名残惜しそうに自分の寮へと帰っていった。

バイバーイ、と大きく手を振り見送るリーチ弟。
兄のほうは優しい眼差しを彼女に向け、小さく手を振った。


「フロイド」
少女の姿が見えなくなったあと、ジェイドは兄弟の方を見ずに口を開く。
「んー?なーにぃ〜?ジェイドー」
「…見てましたよ、一部始終。モストロでの仕事が終わった後……覚悟しておいて下さいね」
「はぁ?」
その顔は笑ってはいる。だが血の気が感じられない笑顔。ジェイドは本気で怒ると顔から表情が消えるが、それ以上だと一周回って死んだような笑顔になる、ということをフロイドは思い出した。
──あ。これはマジでヤベーやつだわ〜──



そしてモストロ営業終了後の真夜中。強制的に人魚に戻らされたフロイドの、搾り取られるような悲鳴が寮中に響いたとか。





*****




翌日の夜。
連絡もなく唐突にジェイドがオンボロ寮へとやってきた。
優海はお茶を出そうとしたが、ここは僕にお任せを、と言われてしまったので大人しく談話室で待つ。
ちなみにグリムはというと、ジェイドが来た時手土産として持ってきていたツナ缶を受け取り、早々に玄関から外へと飛び出してしまった。受け渡す時、ジェイドがグリムに何やら耳打ちをしていたように見えたが、深くは考えまい。



「どうぞ」
出された紅茶と一口サイズのナッツが乗ったクッキーはジェイドの自前のものだ。
「ありがとうございます!いただきます」
紅茶を喉に通し、クッキーを頬張る。あっさりとしたセイロンティーとナッツの香ばしさが口の中で調和した。
「うーん!美味しい!」
「それは良かった」
ソファに腰掛ける優海の右隣に座ったジェイドは、至極優しげな笑顔を見せる。そんな顔で見つめられると鼓動が早くなってしまう。付き合って二ヶ月ほど経つとはいえ、まだまだ恋人という関係は優海にとってくすぐったい気恥ずかしさがあった。それでも、こうしてジェイドと過ごせることはとても幸せなんだけれど。
「ユウさん…。貴方はフロイドが好きなのですか?」
「ぶっ?!…は、はい?!なんで??!!」
突拍子もないジェイドの疑問に、飲んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになる。
「昨日、実は見てしまったんです……貴方が僕の兄弟と仲睦まじく抱き合っている姿を」
笑顔から一転、眉をひそめてしくしくと悲しがる恋人。
「だ?!抱き合ってはいませんよ!後ろから羽交締めされたんです!」
「なるほど。後ろから抱きしめられたんですね?」
「いやだから抱きしめられたんじゃなくて、絞められてたんですってば!」
「振り解く様子がなかったもので。フロイドに何か言われたのですか?」
「えっ…?!ん〜〜あー……」
フロイドがジェイドを自分に取られた気がして拗ねていた、なんて話をジェイドにしてしまうのは気が引ける。フロイドの名誉のためにも。だからどう濁そうかと考えていたら。
「答えられない、と?やはりやましい関係なのですね」
「いやそうじゃなくってぇ…」
どうしよう──まさかジェイドに、フロイドとの浮気とかいうやつを疑われている?ありえなさすぎる話なんだが。
そう思うとなんだか悲しくなってきた…と思ったが、たかが自分の兄弟に後ろから羽交締めされたくらいでこんなに問い詰められるなんて理不尽だ!とも思う。だいたいフロイドがあんなことをしてきたのは、元はジェイドのせいなのだ。ジェイドの存在がフロイドや自分にとって大きすぎるから。
それが顔に出過ぎていたのだろうか。
「ふふふ、貴方ってまるで百面相ですね。見ていて本当に飽きません」
「笑い事なんですか…こっちは先輩にあらぬ疑いをかけられて真剣に悩んでる最中なのに!」
「すみません。本当はフロイドが貴方に抱きついた理由はなんとなく分かっていたのですが」
「え?!そうなんですか?」
なら今までの問答はなんだったんだ。またいつもの『からかい』か。今に始まったことではないが。
「ええ。なんといっても僕とフロイドは稚魚の時からずっと一緒ですから。考えていることも行動もそれなりには予想が付きます。とは言っても彼は良くその予想を覆すことをしてくれるので、そこがまたおもしろいのですが」
ほぁ〜と感心するように聞き入る。やはりこの二人は互いのことを良く理解しているんだなぁと。
ちょっと、いやすごく羨ましくなってしまったじゃないか。
「ですがね、ユウさん」
ボーっとジェイドの方を見ていると、彼は右手をスッと監督生の左頬に添えてきた。
「貴方はもう少し…自覚した方がいい」
言いながらずいっと顔を詰める。いつものように口元は笑みを浮かべているが、いつもと違うのは彼ら特有のギザギザした歯がこれでもかと顔を出していること。
丹精で凶悪な笑顔が急に視界を埋め尽くし、優海の胸はドキッとした。
「へ?じ、自覚…って?」
「隙がありすぎる、ということですよ」
今度は左手を持ち上げると、ジェイドはその指先でゆっくりと優海の唇をなぞる。ぞくりと震える背筋。
「相手がフロイドだったからいいものを。貴方は危機感が足りなさすぎる」
「あっ…」
唇と唇が触れてしまいそうな距離。ギラリと煌るオッドアイの両眼に射抜かれて。完全に身動きが取れなくなってしまった。
別に抱きしめられたり、拘束されているわけでもないのに。
「今から言い聞かせて差し上げましょう。貴方の体に、ね」
そうして唇に吐息がひとつ、零れ落ちた。



*****


「それではユウさん、おやすみなさい」
「…おやすみなさい、ジェイド先輩」
オンボロ寮の玄関の前。

あれからソファの上で、唇以外に額や頬や首筋、そして手首やら手の甲やら、衣服に隠されていない場所を何度もジェイドにキスされてしまった。
(あ、愛情表現が強すぎる…)
もう顔を真っ赤にするのも飽きたというぐらい恥ずかしくはあったけれど。
(それだけ大切にしてくれてるって、事だよね)と、幸せを噛み締めた。
「…あの、先輩」
「なんでしょう?」
優海は両手を広げたかと思うと、ガバッとジェイドの首筋に腕を回し、精一杯背伸びをして勢いをつけ、その頬に口づけをお見舞いする。
そして。
「大好き、です」
耳元に囁かれた少女の言葉に、ふわりと優しく照れるような表情で、ジェイドは「知っていますよ」とはにかんだ。




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