第一章〜魔術師への第一歩〜
オビは鋭い視線を試験会場の受験者たちに走らせる。
緊張感に満ちた空気の中、彼の存在はそれをさらに強調するようだった。
彼のルビーのように輝く瞳は、受験者たちの顔色、態度、そして動作一つ一つを見逃さない。
「準備が整った者は所定の位置に座れ。始めるぞ。」
オビの一言に、受験者たちは慌てて机に着席した。
クレアもその一人だった。だが、今回は緊張しながらも、顔には決意が浮かんでいる。
試験が開始されると、会場は集中の波に飲まれていく。
まだ震える指先を見下ろしながら、クレアは深呼吸をした。そして頭の中で、ただひたすら『やるしかない』と繰り返した。
まず、器具や材料を並べていく。
完成品を入れるフラスコ、鍋、ハサミや包丁、すり鉢、計量器など。
また、液体の入った小瓶や乾燥した植物が数種類入った籠……。
クレアは手を動かすうちに、不思議と集中出来るようになっていた。
明らかに回復薬では使わない材料を見つけ、クレアは目を見開いた。
これは、どの材料を選ぶかという鑑定力も試されている、と。
(まずは、魔力が入った水を弱火にかける)
クレアは、瓶から計量器に移し量をはかった。
液体の入った瓶を何本か開けると、青色の瓶の口から、微量の魔力が噴き出すのを感知した。
ーーこれだ。
鍋が収まるほどの小さな魔法陣を素早く書き上げ、それに念じる。すると、魔法陣の外枠に小さな炎が現れた。鍋の内側に不純物がないことを確認してから、水を鍋にいれて火にかける。
水の中の魔力が活性化され、太陽に反射する水面のように、キラキラと輝き出した。
長時間火にかけると薬の効能が落ちるため、手早く次の作業へ取り掛かる。
とにかく時間が惜しい。次は薬草を刻まなくてはならない。
別の受験者の一人が、怪しい匂いを放つ液体を煮込んでいるのが見えた。
クレアは横目でそれを見ながら、無意識に自分の選択が間違っていないことを祈った。
次に取り掛かろうとしたとき、クレアの手が止まった。
(乾燥した薬草。この場合……)
回復薬に使う薬草には、形の似た植物が複数ある。中には食中毒を引き起こす毒草もあり注意が必要である。
葉や根っこの形、香り、手触り、味や口当たり、口に入れたあとの自身の反応……。薬学に携わる魔術師はこの五感を使って、予測、鑑定する。
クレアは、手際よく乾燥した植物を摘んでは、注意深く観察したり、匂いを確認する。不正解と分かったら除く。
それを繰り返すと、最後に2種の植物が残った。
(残りは正解の薬草か、渋みのある解毒草のはず)
かつて、薬学を発達させた偉人たちは、毒を恐れずに口へ喰み、自分の体を使い調べたと言われる。
命がけで道を切り開いた偉人たちに感謝しながら、クレアは植物をそれぞれ順番に小さくちぎり、喰む。
勉強したとおりなら問題ないはずだが、喉を通るたび、少しでも毒が回っていたら……? そう考えると、手のひらに汗がじわりと滲んだ。
オビは試験監督として、悠然と見回っていた。
途中、あるテーブルのところで足を止める。
受験者68番ーークレアであるーーの、滑らかな手際と判断力に舌を巻いた。
一連の作業は他の受験者よりも洗練されていた。薬草を見分ける手つき、乾燥具合を指先で確かめる動き――どれも、表面的な知識だけではできないことだった。
更に、彼女が薬草を口に入れた時、嬉しさのあまり体が震えた。
ここは、特にオビのこだわった、引っ掛け問題だった。
半端な知識を持っていると、毒を恐れてしまい、口にいれるのはまず絶対にさける。
試験を突破するなら、鑑定魔法などでも解決できる。だが、彼女は薬学の知識を持って、冷静に推測できているようだった。
自分の作った問題を理解し、綺麗に解いてくれる人が存在した……。
ヴァリス様が、周りに反対されながらもこの魔術師試験を仕組んだ意図を、もしかしたら彼女は理解しているのかもしれない。
だが――。
(全てを判断するにはまだ早い。大事なのは、最後の試験でヴァリス様がどう判断するかだ)
オビは、ほころびそうになった口元を強く引き締め、早歩きで通り過ぎていった。
二次試験終了の合図が鳴り響く。
クレアは心臓が破裂しそうなほど早鐘を打った。
……でも、失敗しなかった。これだけは確かだった。
緊張感に満ちた空気の中、彼の存在はそれをさらに強調するようだった。
彼のルビーのように輝く瞳は、受験者たちの顔色、態度、そして動作一つ一つを見逃さない。
「準備が整った者は所定の位置に座れ。始めるぞ。」
オビの一言に、受験者たちは慌てて机に着席した。
クレアもその一人だった。だが、今回は緊張しながらも、顔には決意が浮かんでいる。
試験が開始されると、会場は集中の波に飲まれていく。
まだ震える指先を見下ろしながら、クレアは深呼吸をした。そして頭の中で、ただひたすら『やるしかない』と繰り返した。
まず、器具や材料を並べていく。
完成品を入れるフラスコ、鍋、ハサミや包丁、すり鉢、計量器など。
また、液体の入った小瓶や乾燥した植物が数種類入った籠……。
クレアは手を動かすうちに、不思議と集中出来るようになっていた。
明らかに回復薬では使わない材料を見つけ、クレアは目を見開いた。
これは、どの材料を選ぶかという鑑定力も試されている、と。
(まずは、魔力が入った水を弱火にかける)
クレアは、瓶から計量器に移し量をはかった。
液体の入った瓶を何本か開けると、青色の瓶の口から、微量の魔力が噴き出すのを感知した。
ーーこれだ。
鍋が収まるほどの小さな魔法陣を素早く書き上げ、それに念じる。すると、魔法陣の外枠に小さな炎が現れた。鍋の内側に不純物がないことを確認してから、水を鍋にいれて火にかける。
水の中の魔力が活性化され、太陽に反射する水面のように、キラキラと輝き出した。
長時間火にかけると薬の効能が落ちるため、手早く次の作業へ取り掛かる。
とにかく時間が惜しい。次は薬草を刻まなくてはならない。
別の受験者の一人が、怪しい匂いを放つ液体を煮込んでいるのが見えた。
クレアは横目でそれを見ながら、無意識に自分の選択が間違っていないことを祈った。
次に取り掛かろうとしたとき、クレアの手が止まった。
(乾燥した薬草。この場合……)
回復薬に使う薬草には、形の似た植物が複数ある。中には食中毒を引き起こす毒草もあり注意が必要である。
葉や根っこの形、香り、手触り、味や口当たり、口に入れたあとの自身の反応……。薬学に携わる魔術師はこの五感を使って、予測、鑑定する。
クレアは、手際よく乾燥した植物を摘んでは、注意深く観察したり、匂いを確認する。不正解と分かったら除く。
それを繰り返すと、最後に2種の植物が残った。
(残りは正解の薬草か、渋みのある解毒草のはず)
かつて、薬学を発達させた偉人たちは、毒を恐れずに口へ喰み、自分の体を使い調べたと言われる。
命がけで道を切り開いた偉人たちに感謝しながら、クレアは植物をそれぞれ順番に小さくちぎり、喰む。
勉強したとおりなら問題ないはずだが、喉を通るたび、少しでも毒が回っていたら……? そう考えると、手のひらに汗がじわりと滲んだ。
オビは試験監督として、悠然と見回っていた。
途中、あるテーブルのところで足を止める。
受験者68番ーークレアであるーーの、滑らかな手際と判断力に舌を巻いた。
一連の作業は他の受験者よりも洗練されていた。薬草を見分ける手つき、乾燥具合を指先で確かめる動き――どれも、表面的な知識だけではできないことだった。
更に、彼女が薬草を口に入れた時、嬉しさのあまり体が震えた。
ここは、特にオビのこだわった、引っ掛け問題だった。
半端な知識を持っていると、毒を恐れてしまい、口にいれるのはまず絶対にさける。
試験を突破するなら、鑑定魔法などでも解決できる。だが、彼女は薬学の知識を持って、冷静に推測できているようだった。
自分の作った問題を理解し、綺麗に解いてくれる人が存在した……。
ヴァリス様が、周りに反対されながらもこの魔術師試験を仕組んだ意図を、もしかしたら彼女は理解しているのかもしれない。
だが――。
(全てを判断するにはまだ早い。大事なのは、最後の試験でヴァリス様がどう判断するかだ)
オビは、ほころびそうになった口元を強く引き締め、早歩きで通り過ぎていった。
二次試験終了の合図が鳴り響く。
クレアは心臓が破裂しそうなほど早鐘を打った。
……でも、失敗しなかった。これだけは確かだった。
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