第一章〜魔術師への第一歩〜

二次試験の発表まで、クレアは冷や汗を拭いながら、お守り代わりの魔法書を必死に読み返していた。体はまだ震えていた。
他の受験者たちがこちらを見てはひそひそと噂したり、指を指して笑ってるような気がして、怖くて顔を上げられなかった。

次こそは失敗できない――。


休憩室の扉が勢いよく開く音が響き、受験者たちのざわめきが止んだ。

現れたのは、首に銀髪を揺らした褐色肌の少年だった。
彼の鮮やかなルビー色の瞳が部屋を一瞬で見回し、その視線の力強さに、誰もが言葉を飲み込んだ。

「二次試験を発表する」

短いながらも覇気のある言葉に、緊張感が一気に高まる。
受験者たちが静かに耳を傾ける中、誰かが生唾を飲む音が聞こえた。

「次は『回復薬の作成』である」

彼は話を続けた。

奥の部屋に、材料と道具は一式揃っている。しかし、使わない材料、必要のない道具も置かれている。各自持ってきた荷物はこの部屋に全て置くこと。試験中、私物の持ち込みは禁止。破った者は即不合格となる……。

「全員が準備中でき次第、開始の合図をする。開始後30分内に試験官に薬を提出せよ。……以上、各自速やかに準備を行え!」

若き試験官は踵を返し、奥の部屋に戻っていった。
残された会場では、一時の静寂と、不安、そして昂揚が漂っていた。


回復薬の作成、と聞いて、クレアは魔導書の持つ手を強めた。
薬学は彼女の得意分野だった。これなら、次はうまく行けるかもしれない。
 
(集中、集中……。まだ終わりじゃない)

まだ希望の光は消えていない。
魔術書を鞄にそっとしまい、クレアは立ち上がる。


ーーーーーー


受験者より先に奥の部屋へ着いた少年は、短いため息をついた。力が抜け、少し肩をおとす。
ついでに気が緩んだのか、まだ誰も来ていないのを良いことに、緊張で喉にまで溜まっていた愚痴もこぼし始めた。

「それにしても、回復薬作成とは……。まるで魔術師1年目の試験みたいだな」
天井を見上げて、今度は長いため息をついた。

ーー彼はヴァリスの一人目の弟子、オブリウス。普段はオビと呼ばれている。
若いながらもヴァリスの傍で魔術師として鍛えられてきた彼にとって、やや物足りなさを感じるのも無理はなかった。

「そういえば一次試験で暴発騒ぎがあったと聞くが、あそこはカーター様の管轄だから心配ないだろう。それよりも……」

オビは、試験用に用意された器具や材料に視線を移す。
今回、回復薬作成というテーマはヴァリスが企画したものだが、試験内容についてはオビに任されていた。

何もかもがあらかじめ用意されている、教科書通りの『回復薬の作成』ならば、簡単である。

しかし、現実は違う。
実際、魔術師が回復薬を作るときには、手順だけでなく、材料への審美眼と取扱知識が求められる。何かひとつ間違えれば、人を癒す薬のつもりが、命を奪う劇薬となる可能性もありえるのだ。

……はたして、魔法を暴発させるような未熟者が、ここを突破できるだろうか?


堅牢な金属の扉が、試験官によって開かれた。続いて、顔を引き攣らせた受験者、冷静を装う者、必死に小声で祈る者が続々とやって来る。
次期弟子の試験と、ヴァリスの一番弟子、オビリウスの試練が開始される。

(ヴァリス様の弟子にふさわしい魔術師かどうか、俺が見極めてやる)

魔術師としての誇りと、まだ見ぬ未来の弟弟子に対する対抗心が、ルビーの瞳の奥で混ざり合い、鋭い眼光となる。
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