第一章〜魔術師への第一歩〜

むかしむかし、アルカディア王国には、勇敢なる王と、不屈なる戦士、叡智なる賢者がいました……。
これは、アルカディア国民なら誰でも知っている伝説の冒頭。


ーー時は流れ、その賢者の血を受け継ぐ者たちは、代々王国の魔術師として仕えてきた。
その中の一人、宮廷魔術師ヴァリス・フィリオンが今、2人目の弟子を探している。

通常は名のある魔術師の家から選出されるのだが、今回は「公募」という前代未聞の形が取られた。
宮廷内でも意図を図りかねる者が多いが、ヴァリス自身が固く希望した結果だという。

ヴァリスの弟子になる試験が行われると聞き、国内は大いに盛り上がった。
弟子に選ばれれば、将来は宮廷魔術師になる道も開けると噂されているからである。
名声を求める者、美貌のヴァリスに憧れる者、純粋に魔術を志す者――人々の思惑はさまざまであった。


その中には、16歳の少女クレアがいた。

彼女は孤児院で育った。
ヨゼフィーネの勧めにより、魔術学校へ入学。しかし、学校ではミスを繰り返しては落第を繰り返し、しまいには落第しすぎたことが原因で退学処分となった。失意の中、今はさまざまな仕事を掛け持ちする日々であったが、試験の話を聞きつけた。
彼女は一念発起で試験を受けることを決めた。


試験当日の朝、クレアは、ローズクォーツのような淡色の髪を必死に整えていた。湿気により、うねりがなかなかとれない。
「ああ、なんで今日に限って……」
そう呟き、櫛をとおす手を止めた。

不意に、魔術学校時代の同級生や先生達の冷ややかな目と、心無い言葉が蘇ってしまう。
『なんで貴女みたいな人が魔術師目指したの?魔術師は賢い人じゃないと無理でしょ』
『どんくさいお前には無理だよ。もう諦めな』

声をかき消すために頭を大きく振りかぶる。と、また髪が乱れてしまった。慌ててまた櫛をとおす。


ーー準備はできた。
試験に使うかも分からない本や道具を詰めた鞄は、大きく膨らんで肩にずしりと重い。

玄関の扉に手を掛ける前、クレアはふと鏡を見た。
そこには、不安そうな表情の女の子が映っていた。身体に合わない紺色のローブに、乱れたセミロングの髪、そして決して自信に満ちているとは言えない濃紫の瞳。

パチンと両頬を思い切り叩いた。

「私はもう一度、魔術師になるんだ――」
クレアは、鏡に映る自分へ誓った。

赤い頬を撫で、大きな鞄を抱えて扉を開けた。
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