第一章〜魔術師への第一歩〜
ヴァリスは紺の長い髪をはためかせ、空を切るように腕を動かす。
すると、精霊の頭上に円形の光が現れた。刹那、精霊は羽の動きを止めたが、今度は光を避けるように羽音を立てて振るわせた。
ヴァリスが続けて、最小限の動きで指を軽くふるう。光はヴァリスに呼応し、素早く精霊を包み込む。まるで柔らかな白い布のようだった。
光に飲まれていく精霊は、その場で固まるクレアに瞳を向けると、ほんの少しだけ大きく輝いた。
「フィ……」
人間に理解できない訴えを一言だけ残すと、精霊は白い光とともに消えていった。 穏やかな風がクレアの頬をふわりと撫でるように流れる。そして、それを最後に風は途絶えた。
(暴走しかけた精霊を、こんな簡単に……。私、自分で召喚しておいて、何もできなかった)
クレアは下唇を強く噛んだ。ただ茫然とするだけで何もできなかった悔しさと、無力な自分への情けなさに、同時に襲われた。
ヴァリスは周囲を一度見回すと、クレアに向き直った。
「魔法陣を見る限り、君が召喚したかったのは下級精霊だったのではないか?」
クレアはヴァリスの問いかけに、あやうく本当に飛び上がりそうになった。
精霊を制御できずに暴走させた。会場の全員を危険にさらしてしまった。ヴァリスの手を煩わせてしまった。彼の弟子になるという話どころではない。
クレアは、咎められるのだと思った。
だが、ヴァリスは淡々と、クレアの予想に反する話を続けた。
「ーーだが、先ほどのは下級ではなく中級精霊。だから、意思疎通ができなかったのだろう。君の召喚術は最初から最後までみていたが、何も問題なかった」
クレアは驚きながらヴァリスを見上げた。
何も問題なかった?本当に?
予期せぬ言葉が、クレアの張りつめていた緊張の糸を切り、涙腺を緩ませた。
「あの、私……。わ、わたし………」
クレアはヴァリスに何かを言いたかったが、うまく続けられなかった。言葉のかわりに涙がひとつ、ふたつ……と、紅潮した頬を静かにこぼれ落ちた。
視覚となって伝わるそれらは、ほんの一瞬だけ、ヴァリスの瞳に揺らぎを与えた。
が、すぐにいつもの冷静沈着なアイスブルーへと戻っていった。
「オビ!来てくれ」
「はい!」
ヴァリスに呼ばれ、銀髪の少年が慌てて駆け寄る。
ヴァリスの一番弟子であり二次試験の監督を務めた彼も、この騒動に驚き、戸惑うだけの傍観者となってしまった。褐色肌の頬を少し赤らめつつも、ヴァリスの前では羞恥心を表情に出さないよう必死に努めていた。
「会場の処理は私と他の者たちでおこなう。君は彼女を控え室へ」
「わかりました」
「あと、もう一つお願いがある」
ヴァリスは小さな声で、さらなる『用事』を伝えた。
「この子が落ち着くまで側にいてやってくれ。……頼む、オビ」
オビは無言で頷き、泣きじゃくるクレアを控え室へ連れて行った。
二人の背中をしばらく見送りながら、ヴァリスは独り言をつぶやいた。
「……そう、彼女の術に問題はなかった。何故だろうな」
すると、精霊の頭上に円形の光が現れた。刹那、精霊は羽の動きを止めたが、今度は光を避けるように羽音を立てて振るわせた。
ヴァリスが続けて、最小限の動きで指を軽くふるう。光はヴァリスに呼応し、素早く精霊を包み込む。まるで柔らかな白い布のようだった。
光に飲まれていく精霊は、その場で固まるクレアに瞳を向けると、ほんの少しだけ大きく輝いた。
「フィ……」
人間に理解できない訴えを一言だけ残すと、精霊は白い光とともに消えていった。 穏やかな風がクレアの頬をふわりと撫でるように流れる。そして、それを最後に風は途絶えた。
(暴走しかけた精霊を、こんな簡単に……。私、自分で召喚しておいて、何もできなかった)
クレアは下唇を強く噛んだ。ただ茫然とするだけで何もできなかった悔しさと、無力な自分への情けなさに、同時に襲われた。
ヴァリスは周囲を一度見回すと、クレアに向き直った。
「魔法陣を見る限り、君が召喚したかったのは下級精霊だったのではないか?」
クレアはヴァリスの問いかけに、あやうく本当に飛び上がりそうになった。
精霊を制御できずに暴走させた。会場の全員を危険にさらしてしまった。ヴァリスの手を煩わせてしまった。彼の弟子になるという話どころではない。
クレアは、咎められるのだと思った。
だが、ヴァリスは淡々と、クレアの予想に反する話を続けた。
「ーーだが、先ほどのは下級ではなく中級精霊。だから、意思疎通ができなかったのだろう。君の召喚術は最初から最後までみていたが、何も問題なかった」
クレアは驚きながらヴァリスを見上げた。
何も問題なかった?本当に?
予期せぬ言葉が、クレアの張りつめていた緊張の糸を切り、涙腺を緩ませた。
「あの、私……。わ、わたし………」
クレアはヴァリスに何かを言いたかったが、うまく続けられなかった。言葉のかわりに涙がひとつ、ふたつ……と、紅潮した頬を静かにこぼれ落ちた。
視覚となって伝わるそれらは、ほんの一瞬だけ、ヴァリスの瞳に揺らぎを与えた。
が、すぐにいつもの冷静沈着なアイスブルーへと戻っていった。
「オビ!来てくれ」
「はい!」
ヴァリスに呼ばれ、銀髪の少年が慌てて駆け寄る。
ヴァリスの一番弟子であり二次試験の監督を務めた彼も、この騒動に驚き、戸惑うだけの傍観者となってしまった。褐色肌の頬を少し赤らめつつも、ヴァリスの前では羞恥心を表情に出さないよう必死に努めていた。
「会場の処理は私と他の者たちでおこなう。君は彼女を控え室へ」
「わかりました」
「あと、もう一つお願いがある」
ヴァリスは小さな声で、さらなる『用事』を伝えた。
「この子が落ち着くまで側にいてやってくれ。……頼む、オビ」
オビは無言で頷き、泣きじゃくるクレアを控え室へ連れて行った。
二人の背中をしばらく見送りながら、ヴァリスは独り言をつぶやいた。
「……そう、彼女の術に問題はなかった。何故だろうな」
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