誕生日


終わりの見えない戦争の幕間に。
戦闘からほんのひととき身を離し、自室でひたすら眠りを享受していた。

どこかのコロニーに一度寄港し、日用品や食材の買い出しも済ませるらしいと、すっかり艦に馴染んでしまった幼なじみが言っていた。
だからおそらく、彼女もチビたちを連れて一緒に向かったのだろう。
賑やかな三人の声は聞こえてこない。
あの声が響かないと、無機質な空間が強調される気がして、なんだか息が苦しかった。
宇宙も地上も、結局は大人たちの汚さが蔓延って、戦火があちこちに広がっている。
誰も、何もかも。
誰かの希望になるなど無理なのだ。
苦しくても、辛くても、嫌いでも。
ただただ静かに穏やかに生きていられれば良かったのに。
誰も死なず、馬鹿みたいに無知に笑っていられれば良かった。
生きていても、死んでしまっても地獄か。

「…フォウ」

救えなかった女の子。
伸ばした手を、お互いが掴む前に消えてしまった。
死んだ人間のことを考えると、ドロドロとした黒い膿が体に溜まっていくような気がする。
絡み付くように粘ついて、暗い闇に押し込めようとする。
いつかこれを、消化できるときがくるのだろうか。
その前に、膿に呑まれてしまうだろうか。

「カミーユ、起きてる?」

前触れもなく開いた扉から響いた声が、爽やかな風が吹き込んだように部屋の空気を変えた。
鬱々としていた空気が霧散していく。

「ファ…?買い出しに行っていたんじゃないのかい」
「えぇ、今帰ってきたの。ただいま」
「あぁ…お帰り」
「お姉ちゃん!カミーユ起きてた?」
「えぇ、大丈夫よ」

シンタとクムが、ファの後ろからひょっこりと顔を覗かせた。
うきうきと何か悪戯でもする前のように、瞳をキラキラとさせている。

「このあと、何か予定はある?」
「いや、何もないさ」
「良かった!」

キャッキャッとクムが嬉しそうに手を叩いて、ファの手を引いて部屋に入ってきた。
今さら気づいたが、片手には何か袋を提げている。
子どもたち用のお菓子でも買ってきたのかと、それ以上の興味は引かれなかった。
子どもたちが自分とファを挟むようにベッドに腰かけ、おもむろにファが持っていた袋から何かを取り出した。

「カミーユ、誕生日おめでとう」
「「おめでとう!」」

取り出した何かは、小さなケーキだった。

「あ、ありがとう」

そういえばそんな時期だったのかと、ようやく思い出した。
誕生日の前後なのかもしれない。
酷く照れくさくて、つい素っ気ない態度を取ってしまう。
時間も関係のない宇宙に慣れすぎて、日付の概念も欠落しかけていたらしい。
マメな彼女は、毎日日付を確認していたのだろう。

「早く食べて!お姉ちゃんと一緒に選んだの」
「美味いか?カミーユ」
「そんなに急かさないでくれよ」

苦笑いを浮かべてケーキを一口運ぶ。
少々甘いが、久しぶりの甘さは体に染みるようだ。
ささくれ立った神経が落ち着いていく。

「美味いよ」
「良かったわね、二人とも」
「うん!」
「おれ達も食べようぜ、クム!」

ガソゴソと袋を漁り、二つのプリンを取り出した。

「ははっ、お前たちも食べるのか」
「一緒にお祝いするんだよ!」

物は言いようだ。
プリンを頬張る二人を、ファが微笑ましそうに見つめている。

「ファの分は?」
「二つしか無かったの。それに私はいらないわ、カミーユのお祝いだもの」
「じゃあ、あとはファにあげるよ」

ずいっとケーキを差し出す。
困ったように笑って、一口だけでいいと頑固に譲らない。
仕方なしに、一口掬って口に入れてやった。

「あー!いいなぁ!あたしもお姉ちゃんにやりたい!」

小さな手がプリンを掬って、ファの口に運んだ。
そんな様子を見ていると、姉妹というよりは、やはり親子のような印象を強く感じる。
お互い兄弟はいないが、シンタとクムは弟や妹のような存在に近くて、こんな弟妹がいたなら、きっと毎日騒々しくて楽しいかもしれないと思う。

はしゃぎ疲れたのか眠ってしまった二人の寝顔を見つめながら、しばらく静かな時間が流れた。
何もしていないのに心が穏やかだ。
やはりこの空間が居心地が良いのだろう。
ただ、この心地好い空間を壊してまで言わなければならないことがある。

「…ファ、最近訓練のレベルも上がってるんだろ」
「知ってたの?」
「アポリーさんに聞いた」

戦況が激化してる中で、これ以上戦闘に関わるのは良くない。
いつか本当に死ぬかもしれない。
いくらそうならないように気をつけていても、間に合わない時がくるかもしれない。
目の前で彼女の愛機が爆発したら、俺はどうなるだろう。

「ファに戦闘なんて向いてないよ。練習もやめた方がいい。戦場に出ても死ぬだけだ。君がこれ以上戦う必要は無い」

いっそ辛辣に言えば諦めてくれるだろうか。
ニュータイプだと嬉しくもないが持て囃される自分から言えば、何か感じてくれるだろうと思った。

「…止めないわ。私だって、この子たちを守りたいの」

そうだ、忘れていた。
昔から世話焼きで、小うるさくて、頑固だった。
なのに時々不思議なくらい優しくて、今も優しい故に頑固なのだろう。

「…なぁ、もし俺が死んだら、どうする?」
「……そんなこと、分からないわ」

きっと、それが一番正しい。
身近な人間の死なんて。
傍にいるのが当たり前すぎて、きっと現実なんか受け止められない。

「俺は、もう誰かが死ぬのは嫌だよ」
「…でも、私だって」
「大丈夫さ、俺が守るよ。ファのことも、シンタとクムも」

上目遣いに覗き込んでいたファが、悔しそうに下唇を噛んで、そっとため息を吐いた。

「…カミーユ、変よ。なんだか変わったみたい。何かあったの?」
「何もないさ。ファも少し休めばらいいよ、買い出しで疲れただろうしさ」
「分かったわ…おやすみ」

肩に凭れて目を閉じたファをちらと見る。
それから、すぐに小さな寝息が聞こえ始めた。
そっと上着を掛けてやり、じっとその寝顔を見つめる。

守ると約束した相手に守られ、挙げ句の果てにその相手が死ぬなんて。
フォウのような救いのない終幕は、二度とごめんだ。
せめて、この身近な命は守らなければ。
何のために、ここまで人殺しを重ねたのだろうか。
何のために、生き延びているのだ。

無性に温もりが恋しくなって、子どもたちごとファを抱きしめた。
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