運命と踊る


「やぁ、待っていたよ」

ルインに背を押されながら、無理矢理城のホールに連れて来られた。
既に到着していた友人が、にこやかな笑顔で出迎える。
件の宝石商も来訪しているらしく、友人と共に商談用のスペースに案内された。
気の良さそうな商人が畏まった様子で頭を下げる。
社交辞令もそこそこに、友人は商品の説明を求めた。
テーブルに広げられた商品の一つ一つを手に取りながら、商人は丁寧に商品の説明する始めていく。
ホールの灯りを受けて、並べられた装飾品が煌びやかに輝いて見える。

「あの子の無事が一番なんだけれど…」
「でしたら…これは、魔除けとして用いられることが多いものです」
「あぁ、それにしようか」

商人が示したのは、六枚の花弁を持つ花を象った金細工の中心に、大ぶりな楕円形のターコイズが嵌められた耳飾り。
手袋を着けて商品を手に取った友人は、満足そうに目を細めた。
彼女の透けるような白い肌に、淡い青は映えるだろう。
魔除けにもなると言うなら、それも良い。
彼女の金髪の隙間から覗くであろうこの青は、彼女の居場所の目安にもなるかもしれない。

「アレク、君はどうする?何を選んでも喜ぶとは思うけど…」
「……これにしよう」

二枚の羽根を象った銀細工のブローチ。
細かな宝石も施されているが、その羽根が護るように中心に添えられたのは美しい円に磨かれたサファイア。
商人がよく見せるように手に取ると、隣で見ていた友人が、一瞬驚いたようにこちらを見た。

提示した商品を購入するため使用人を呼び寄せ、諸々の手続きを進める友人の背をぼんやりと眺める。
こんなことをして何になるというのだろうか。
何故、彼女の機嫌を気にして、彼女の安否に注意を払っているのだ。
己は友人であり、国王である男に仕えているはずなのに。
彼の機嫌と安全を一番に考えるべきなのに。

「貴方にこんな事を言うのも気が引けますが…」
「どうした」
「…本当に、姫様に好意は無いと言い切れますか?」
「……そのつもりだが」
「そうですか…」

普段の気の抜けた顔に似合わず、珍しく険しい顔をするルインに首を傾げた。
ルインは静かに首を振り、何でもないとでも言いたげに苦笑を返した。


手に入れた品をすぐに彼女に渡したいと願った友人に連れられ、仕方なく共に執務室に戻る。
購入した品をトレーに載せ、それを傷つけぬよう細心の注意を払うルインが、訓練以上に緊張した面持ちで付き従っている。
執務室に戻り、入念に部屋の違和感が無いかの確認を行う。
友人の愛する妹は、作戦決行日まで友人の私室で匿われることになっている。
奥の私室以外に人の気配はない。
確認を終えた友人が、ほっと息を吐いた様子を見て、留守中に侵入者も居なかったのだと察した。

「クレア、戻ったよ」

兄の呼び掛けにより、私室から彼女が安心したように顔を覗かせる。
兄以外も揃っていることに気づくと、穏やかな笑みを浮かべた。

「今日はお前にプレゼントを用意したんだ。受け取ってくれるかい?」
「まぁ、お兄様には普段から頂いています」
「いや…普段のプレゼントとは意味が違うんだ。王家の誇りを持ち、勇気ある行動を示すお前を讃え、その心を支える為に用意したんだ」
「私を…」
「着飾る為ではなく、ただお前の安寧と無事を願うだけのものだよ」

不安と恐怖を押し殺して耐える彼女は、友人が何を言いたいのか察したのだろう。
静かに目を閉じると、何も言わずに笑みを深めただけだった。
ソファーに並んで座った二人の前に、緊張の限界を迎えたらしいルインがトレーを置いた。

「私と、アレクからだよ」

これが私から、と耳飾りを彼女の両耳に付ける。
室内を満たす琥珀色の灯りに照らされた耳飾りが、鈍い輝きを帯びた。
これが彼から、とブローチを彼女の胸元に付けた。
兄に一つ一つ説明された後、彼女の細い指が耳飾りに触れ、胸元のブローチを撫でる。
嬉しそうに微笑んだ彼女の横顔に、何の言葉も浮かばなかった。
そして、白い頬を流れ落ちていく雫に気づいた時、心臓を強く殴られたような衝撃を感じた。

「クレア…?」

はらはらと彼女の瞳から落ちていく雫が、白い頬の輪郭をなぞる。
余程のことがない限り泣くことのない彼女が声もなく泣き出し、友人も己もたじろぐばかりだ。
柔らかな笑みを浮かべたまま、贈られた装飾品を愛おしそうに撫でている。

「…言葉にできない想いが、たくさんあって……上手く話せないことがもどかしいのです…」
「そうだね…私も、お前に上手く伝えられない想いがたくさんある」
「きっと、戦場は恐ろしいでしょう…私の大事な人たちが傷つくことが怖くて、悲しい…ですが、お兄様たちなら無事に還ってきてくれるという安心もあって……なのに、私だけが、護られているだけなんて…」

嗚咽混じりの言葉は虚空に溶けていき、溢れる涙を堪えきれず両手で顔を隠してしまった彼女が、友人に凭れかかった。
しゃくり上げる彼女を抱き締めながら、友人の頬にも雫が伝っていく。

「お前を戦場に連れ出すのは私だ。優しいお前を苦しめてしまうのは、この不甲斐ない兄のせいなんだ。だから…その罪滅ぼしの為にもお前を護らせておくれ」

友人の言葉を否定するように、彼女は微かに頭を振った。
一層強く抱き締めた友人は、ただ寂しげに笑っただけだった。

「…私は、酷い兄だね」

恐らく、友人は作戦の一部として彼女を利用すると決めてからも、どうにか彼女を利用せずに済ませられないかと模索し続けているのだ。
穢いものを遠ざけ、ただ美しいものだけに触れていてほしいと願うことは、エゴと呼ぶ以外にないのだろう。
それが、何にも代えがたい願いなのだとしても。
あらゆる出来事は、きっと彼女に得難い何かを残すかもしれない。
その機会を意図的に選別してきたのは、他でもない友人だ。
それでも、彼女が穢いものに自ら立ち向かおうとすることは、友人でさえ阻むことはできないのだ。
彼女の心に傷を残すことになったとしても。
彼女が受け入れているならば、それを見守る以外ない。

「いいえ…お兄様の願いを知っていて、それでも無謀なことを選ぶ私が…きっと悪い子なのです」
「ふふ…なら、私たちは兄妹揃って悪い子というわけだ」

ようやく普段の悪戯めいた笑みを見せた友人が、そっと彼女を抱き締めていた腕を緩める。
顔を隠していた手を外し、彼女も普段通りに振る舞う兄に向けて微笑み返した。
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