ジョニー・ライデンの帰還


いつの間にか、キマイラの中心に触れられそうな位置に立っていた。
謎と伝説に彩られていたはずのキマイラ隊。
目の前には、その中心たる主要なパイロットたちがずらりと並んでいる。

「今のシミュレーションの解析も頼めるか」
「えぇ、やります」

シャアとの戦闘データの解析と、そのデータを基に行ったシミュレーションの分析を行う。
その間、キマイラたちは彼らの中でミーティングを行っている。
グラナダへの出向が決まってから、彼らのデータが欲しいと思った。
乗り手の能力に合わせたものが造りたいと思ったからだ。
データの修正を行いながら、彼らが慣熟するためのシミュレーションを幾度か繰り返す。
目標達成できず、幾度も敗北を重ねていたが、彼らの眼差しに諦めはなかった。
燃えるような険しい眼差しをした彼らの真剣さに負けぬよう、自分もより良い機体の開発をしようと身が引き締まった。

「一度休憩しましょう」
「…確かに、反応は悪くなっているな」
「そうね。可愛いエンジニアの言葉に従いましょう」

長時間のシミュレーションを終え、しばらく休息をとるため格納庫から移動する。
同じ場所に行くからとはいえ、幻獣の群れが自分の側にいるというのも実感が湧かないものだ。
たとえ、彼らが『ジョニー・ライデン』であると認めた男と近い仲だからといって、これほど簡単に幻獣の群れに囲まれるのは予想できなかった。
一部の人間が親しく接してくれる程度だと思っていた。
先ほどのデータを見るに、彼らがエースであることはわかる。
エースであるのに気さくである分、緊張が薄れるのかもしれない。

近況報告をしあうキマイラメンバーから離れた席に座りつつ、シミュレーションのデータ解析のために、食堂の片隅で端末をいじる。
何故だかすぐ側で騒ぐユーマをどかしながら、レッドを盾にしつつ解析を進める。
そのうち、視界の隅にサンドイッチが置かれた。
誰が持ってきてくれたのかと視線を上げれば、クリストバルが苦笑いを浮かべて立っていた。

「休憩しませんか、お嬢さん」
「すみません、ありがとうございます」

切りの良いところまで解析を終え、用意されたサンドイッチを頬張る。
一時間ほど休憩したのち、ブリーフィングルームに移動した。
シミュレーションの分析結果と現状で考えられる策を列挙する。
実戦を知らない人間が、歴戦のエース相手に行うなど緊張するしかない役目ではあったが、幻獣たちは何も言わずに聞き入れてくれた。
キマイラたちとのやり取りを終え、二時間後にシミュレーションを再開する予定となった。
大役を終えた疲労感から、足を投げ出すようにして椅子に座った。
大きなため息を吐き出せば、凝り固まっていた全身から力が抜けていく。

「お疲れさん」
「エースパイロット相手に説明するなんて緊張しかないわ」
「様になってたぞ」

水分を取り、少し休もうかと考え始めていると、放り出した脚の間に違和感を感じた。
天井を見上げていた視線を下ろせば、逞しい背中がちょこんと脚の間に収まっている。
何をしているのか理解が追い付かない。
そのうち、置き場を失っていた両足が掴まれ、縮こまったユーマの肩に乗せられた。
何をしているのだろう。
何のためにやっているのか検討もつかない。

「…何をしてるの」
「ん?構ってもらってるんだ」
「誰に?」
「もちろん、姐さんにさ」
「?」

会話が成立しているようで、まったく成立していない。
これは幻獣の中では当たり前のことなのか。
いや、そんなまさか。
側にいるクリストバルはなんとも言えない顔をしている。

「年頃のお嬢さんにやるのはちょっと…」
「そうよね…それが正常な反応だと思うんだけど」

ちらと向けた視線には気づいていない。
クリストバルの言葉を無視して、ユーマは嬉しそうに話し続ける。

「エメはこうやって構ってくれることがあるんだ。そしたら、なんか姐さんにもやってほしくてさ」
「何故?」
「さあ?姐さんと再会できたから嬉しいんだと思う」
「……」
「オレの勝手だから姐さんは気にしないでくれ」

ニッコリと満面の笑みでこちらを見上げたユーマに、ため息しか出ない。
人の存在を利用しているくせに、気にするなとは横暴だろう。
居心地良さそうに脚の間に居座るユーマをどうすることもできず、文句を言う気力もない。
端末を忠犬の頭に乗せ、テーブル代わりにする。
空いた手で、時々その頭を撫でた。
データの分析結果を伝えるたびに、わやわやと騒ぐ。
彼の中では、幻獣の王が一番でないと我慢ならないらしい。
それは、幻獣の王に言ってほしいものだ。
そう思っていると、キマイラたちと話し合いをしていたレッドがジャコビアスとともにこちらに近づいてくるのが見えた。
同じように察知したクリストバルが、再び忠告を始める。

「ユーマ、流石にそろそろやめておいた方がいい。年頃のお嬢さんにやることじゃないし、お前は子どもだったから許されてたんだ」
「…今も子どもみたいだけど」
「なら、今も許される!」
「お前はいつまでも子どもだって言うのか?」
「オレはもうあの頃みたいなガキじゃない!ジョニーに認めてもらえるような男になった!」
「矛盾してるのよね…」

悔しそうに歯噛みするユーマが、ついに脚の間から飛び出した。
私の腕を掴んで、ぐらぐらと揺さぶる。

「姐さんも援護してくれ!」
「こら、お嬢さんを巻き込むなっ」
「姐さんも家族だろ!」

彼にとっての『家族』の括りは特殊だ。
幻獣の群れが彼にとっての家族なのだから。
そこに、幻獣ではない私を巻き込まないでほしい。
私は、外から見ているくらいがちょうど良いのだ。
なのに、彼らは私を群れの中に導こうとする。
部外者に何を求めているのだ。
私に、何を見出だしているというのだろう。

「何を騒いでいるんだ、お前たちは」
「ジョニー!姐さんが援護してくれないんだ!」
「お前が悪いんだから、お嬢さんのせいにするな」

幻獣たちは、永らく眠っている幻獣の王に従っている。
その王とされる男は、私と無茶をしてきた男であるという。
ジョニー・ライデンを追うようになってから、確かにレッドには不思議な点がいくつかあった。
それでも、私にとっては『レッド・ウェイライン』なのだ。

「リミア嬢を疲れさせるな。お前の悪ふざけで優秀なエンジニアの腕を鈍らせるなよ」
「ふん!おっさんには関係ないだろ」
「リミア嬢は幻獣の契約者だ。丁重に扱わねばな」

ジャコビアスの無感動な瞳と視線が絡む。
幻獣と契約を結んだ。
このスナイパーの独断とはいえ、幻獣の誇りを保証として、契約を結んだ。
未だに効果があるのかは分からないが、彼は幻獣が私の配下になるとも語った。
その場限りの嘘であってほしい。
安心させるためのものだったと。
しかし、着実に幻獣たちとの縁は濃くなっている。
恩も、情もある。
そして、何よりも彼らの行く末を見届けたいと、私自身が願っている。
彼が『ジョニー・ライデン』であったとしても、なかったとしても。

「さて、そろそろ行くか」
「えぇ、準備はできてるわ」
「頼もしいな」

レッドの隣を歩いて、後ろにはユーマ、ジャコビアス、クリストバルが控えている。
キマイラに迎えられ、その中心で彼らの未来に想いを馳せる。

あぁ、すっかり幻獣たちに肩入れしている。
離れられるだろうか。
終わりを迎えたその時に。
こんなにも純粋で愛おしい幻獣たちから。
離れがたい。
忘れがたい。
きっと、忘れられるはずがない。
彼らの知らない結末を見届け、報われるばかりでなかったとしても。

──世界の闇に、葬られたとしても。
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