ジョニー・ライデンの帰還


俯きがちだったリミアとの距離感に、どうしたものかと考える。
孤独な宇宙の旅を終えたはずだが、あの勝ち気そうな笑みは見られていない。
孤独な旅が、彼女の枷になっているのだろう。
自分はまったく気にしていない。
彼女に向けた『許す』という言葉も、彼女の苦しみが軽減すればいいと思っただけなのだ。
彼女の独断ではあったが、そのお陰で事態は動いた。
世界の闇に葬られたはずのモノが、再び動き出すことになった。
終わっていなかった物語の結末に、決着をつける時が来るのだ。

「リミア嬢は随分とお前を避けているようだが」
「……オレのせいなのか、それは」
「子どものお守りは得意でも、時があいて女の扱いは下手になったのか?」
「オレは関わらない方がいいんだろ…得意ならお前が慰めてやってくれ、ジャコビアス」
「生憎だが、それはオレの役目ではない」

お前の役目だ、と。
ジロリと睨み返すジャコビアスの瞳に、ため息を返した。
リミアに、避けられているらしい。
再会前よりも、ほんの少し距離を感じる。
見失っているのか。
どんな顔をして、どんな言葉をかけていたのか。
再会するまでに、あまりに状況が変化してしまった。
何も知らない彼女なら、まずは驚くだろう。
身近なアシュレイもアイシュワリヤも、今は地球にいる。
頼るべき人間がいなければ、心細くもなるはずだ。
……いや、本当は理解している。
自分が、一番変化しているのだ。
『ジョニー・ライデン』という役目を受け入れ、立ち振舞いも変わった。
今の自分が『レッド・ウェイライン』なのか『ジョニー・ライデン』なのか判別できないくらいなのだから。
彼女が戸惑うのも無理はない。
よく知った人間が、見知らぬ人間のように振る舞っていたなら、誰だってそうなるだろう。

「ジョニー!」
「どうした、ユーマ」

暫くの間、考え込むように鬱いでいたユーマがにこやかに笑って駆け寄ってくる。
自分のせいだと責任を感じていたこともあり、リミアの無事な姿を見て安心したのだろう。
普段通りに戻るなら、それは良いことだ。

「姐さんと話してたんだが、キマイラを姐さんに紹介しようかと思ってさ。情報共有も兼ねて、ジョニーも一緒の方がいいだろ?」
「何故リミアに紹介するんだ?必要ないだろう」
「姐さんがオレ達キマイラのサポートをしてくれるなら、挨拶しといた方がいいかと思ったんだが…ダメかい?」

ユーマの言い分は最もだ。
…いや、いつの間に彼女がサポートに回ると決まったのだ。
まだ状況を把握できずに右往左往しているはずではないか。
それに、これ以上彼女を巻き込むのは止めておきたい。
それとなく否定を見せると、ユーマは困ったように眉を潜めて続けた。

「姐さんに相談したら、いいって言ってくれたんだ。姐さんは優秀だし、頼りになるしさ。サポートしてくれるなら心強いだろ」
「なるほど…リミア嬢の意志なら無下にはできまい」

表情の変化に乏しいスナイパーが、ひっそりと微笑む。
随分彼女に対して思うところがあるらしい。
プラントでの、彼女とスナイパーのやり取りの詳細は知らない。
簡単な説明は聞いたが、まさかここまで縁が深くなるなど考えてもいなかった。
今さら聞くのも可笑しいだろう。

「そこまであいつに拘る理由でもあるのか?」
「キマイラの誇りをかけて忠誠を誓ったのだ。主人に他ならないだろう」
「…あいつが、キマイラの飼い主だと言いたいのか」
「少なからず、そう捉えている人間はいるだろうな」
「姐さんもキマイラになるなら、オレの家族だ」
「…そういう問題じゃない」

答えの出ない議論を止め、仕方なくシミュレーションルームへと移動する。
合流したキマイラメンバーの紹介と説明は受けていた。
彼女が関わることはないだろうと勝手に思っていた。
たった一度の失敗で逃げ出すような脆い人間ではないことは理解していたのだから、今の状況は予測できたものだ。

「姐さん!お待たせ!」
「早かったのね。別にあなたがいれば、レッドは居なくても良かったのに」
「ジョニーが居ればどんな時でも安心だろ?」
「…そうね」

シミュレーターの前に並ぶキマイラ達を見て、リミアは小さく唾を飲んだ。
歴戦のエースパイロットに向き合う小さな背中は、あまりに頼りなかった。
何かの覚悟を決めたのか。
なら、その背中を支えてやらねばならない。
自己紹介を進めるリミアの隣に立ち、険しくも穏やかな眼差しを向ける幻獣たちを眺めた。
エメとクリストバルは、リミアについて道中で簡単に情報共有している。
それ以外のメンバーはここに来てから顔合わせをしたばかりだ。

「随分と若いな…」
「能力に年齢は関係ないでしょ。ねぇ?」
「いえ…まだ未熟ですから…」
「そんなことない!姐さんは優秀なエンジニアだ!」
「ガキだったユーマより若いのか」
「我々も老いたな」
「生きているだけで十分さ」

小さな背中が、懸命に上を向いて伸びている。
彼らから目を逸らさぬよう、真っ直ぐに前を見つめている。
不意に、細い手がシャツの裾を掴んだ。
ほんの少しだけ掴む指先は、微かに震えていた。
限界だろうか。
見極めようとする彼らの視線を受け止め続けることは。
彼女の名前を呼ぼうとして、口を開く。

「よろしく頼む、グリンウッド嬢」
「はい…っ」

ジーメンスが差し出した手に、リミアの手が重ねられた。
会わない間にすっかり忘れていた。
…強いのだ。ジオンの女は。
シミュレーターに入っていく幻獣たちを見送り、深く息を吐き出したリミアがもたれ掛かる。
重力下ですらたいした重さを感じさせなかった身体が、寄り添うように寄りかかっている。
裾を掴んでいた細い手を掬い上げた。
……こんなに細かったのか。
こんなにか細い手に、余計な重荷を背負わせてしまったのではないだろうか。

「…緊張したわ」
「よくやったな」
「ありがとう」

自然なやり取りができている。
それだけで、気持ちが和らぐ。

「レッドも、そんな風に笑うのね。いつも不貞腐れてたから見たことなかったかも」
「そうか?」
「たまには笑えばいいのに」

クスクスと笑みを溢すリミアの声を聞きながら、この穏やかな気持ちを抱き締めた。
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