ジョニー・ライデンの帰還


着替えが無いな、と。
保護され、自身の仕事に取り掛かるようになって、概ね状況の整理が終わったところで思った。
現状としては、ほぼノーマルスーツを着ており、備品のシャツを借りている。
宇宙空間ではノーマルスーツが一番理に適ったものだろうとは理解しているが、モチベーションを上げる為にも好きな格好はしたい。
そう思ったところで、着替えが無いことに気づいたのだ。


「着替え?あー…そこまでは考えてなかったな」

シミュレーターから出てきたレッドに声を掛けると、渋い顔をされた。
予想通りとはいえ、やはり無いことが分かると落ち込む。
どうにか可能性が無いかと考えて、ふと一縷の希望が見えた。

「アイシュワリヤも支度に関わってたんでしょう?あの子なら持ってきてくれてそうなんだけど」
「アイシュワリヤか…機材なんかはひとまず格納庫辺りに置いてたと思うが」
「探してみる」

格納庫の一角に纏められた機材の山を、一つ一つ確認していく。
そのうち、一つだけ『リミア』と書かれたメモが添えられた箱が見つかった。
引っ張り出して中身を確認すると、衣類と装飾品、端末や私物の機材などが入っていた。

「さすがアイシュワリヤ!大好きよ!」
「あったのか?」
「あったわ。ちょっと部屋に戻るわね」
「あぁ」

荷物を抱えて部屋まで戻り、早速衣類を取り出した。
ノースリーブのニットにショートパンツを合わせる。
下に薄手のタイツを履いて、ショートブーツを履いた。
動きやすく、作業の邪魔にならない格好だと気に入っている。
仕上げにピンで髪を纏めれば完成だ。
備え付けの鏡に全身を映し、見慣れた格好に気分も上がる。
ノーマルスーツもシャツも洗濯に出して、端末を片手に意気揚々と格納庫に向かった。


「ジョニー、どうしたんだ?」

怪訝そうなユーマの声に、他所に向けられていた意識が現実に引き戻された。
シミュレーターから出て、直前まで行っていたシミュレーションの反省点を話し合っていた所だった。
ユーマとジャコビアスの険しい顔から視線をずらした先に、着替えてきたリミアを見つけたのだ。
FSSにいる間は、彼女の格好に何かを思うことは無かった。
それが当たり前のように感じていたからだろうか。
職員は顔見知りばかりであり、チームとして側にいることも多かった。
だから、彼女の肌が無防備に晒され、そんな彼女に色を含んだ目を向ける人間はほぼいなかった。
しかし、ここは馴染みのない場所。
クルーの大半も知らない人間ばかりだ。
キマイラメンバーくらいは、彼女に不埒なことをする輩はいないだろう。
そんな環境の中で、彼女の肌が無防備に晒されるとは。
ここに来てからは、支給されたノーマルスーツとサイズの合っていないシャツしか着ていなかったのに。

「姐さん!」

ユーマの呼びかけに、探すように視線を彷徨わせていたリミアがこちらに気づいた。
ホッとしたようにため息を吐き、端末を操作しながら目の前に降り立った。

「お待たせ、シミュレーションの調子はどう?」
「腹が立つほどあいつに近いよ。けど、もう少し反応が速かった気がするな」
「データ上の数値は間違っていないけど…調整しておくわ。パイロットの体感は尊重すべきね」
「ありがとう、姐さん」
「…あの、私に何か…?」

無言のままだったジャコビアスに、リミアがおずおずと声をかける。
声をかけられたジャコビアスがちらりと己に目を向け、すぐにリミアに胡散臭い笑みを向けた。

「いや、その華やかな格好が、初めて顔を合わせた時を想起させたものでな。あの時はこれほど優秀なエンジニアだと知らなかったが…その格好だと、年頃のお嬢さんにしか見えないな」
「ふふ、褒め言葉だと受け取っておきます」
「あぁ、言葉通りに受け止めほしいな」
「おっさんも褒めたりできるんだな」
「青臭い若造よりは成熟しているつもりだ」

軽口を叩き合う二人を放って、側に寄ってきたリミアに目を向けた。
己の胸ほどしかない小柄な彼女が、端末に表示したデータを見せながらぽつぽつと分析を語る。
無防備に晒された白く細い腕が視界の隅をちらつく。
何とも思っていなかったはずなのに。
あぁ、余計なことばかりが目につく。

「…リミア」
「何?」

ジャケットを脱いで、きょとんとした顔を向けるリミアをくるむように脱いだジャケットを着せた。
身体の半分は隠せただろう。

「冷えるぞ、少し着ておけ」
「ん…ありがと」
「あぁ、女は身体冷やしちゃいけないんだっけか。昔、ジョニーに教わった気がする」
「教わったなら、覚えて実践せねばな」
「おっさん、五月蝿い!」

再びじゃれ合いを始めたエース二人を放っておく。
そのうち勝手に終わるだろう。
彼女は、体格に合わないものを着せられても怒らないのか。
以前はプロポーションが云々などと文句を言われた気がするのだが。
くるむだけだったジャケットに袖を通し、余った袖を捲っている。
袖を半分ほど捲って、ようやく彼女の腕が見える程度だ。

「もう少し小さくてもいいのに」
「オレにはそれがちょうど良いんだ」

今回は普段より露出は多くなかったが、身体の線が目立つ衣装だ。
彼女の華奢な姿が晒されて、面倒事に発展するのも迷惑だった。
サイズの合わないジャケットのお陰で、余計なものは隠せたように思える。
心の中で満足していると、リミアが端末を掲げて顔を隠してしまった。
彼女の謎の行動が分からず、思わずエース二人に視線を向けた。
ジャコビアスもユーマも、首を横に振るだけだった。

「リミア、どうした」
「な、何でもないんだけど…」
「何でもないなら、顔を隠す必要ないだろう」

顔を隠していた端末を下ろしたが、顔はそっぽを向いている。
ふと、その頬がうっすらと紅く染まっていることに気づいた。
体調でも悪いのかと声を掛けるよりも先に、リミアが口を開いた。

「…なんか、急に優しくて、彼氏みたいって思ったら…恥ずかしくなっただけ…」

同僚の配慮を、まるで好いた異性の優しさのように思ってしまった。
それが妙に気恥ずかしくて、穴があれば隠れてしまいたかった。
いや、いっそここから逃げてしまおう。
シミュレーションの分析は落ち着いてから行ってもいい。

「……何でレッドが赤くなってるのよ」
「お前がこっ恥ずかしいことを言うからだ」
「姐さんはジョニーの女だから何もおかしくないだろ?」
「…ややこしくなるから止めろ」

ユーマの真面目な茶々により、妙な空気が霧散する。
ブカブカのジャケットをはためかせながら、キマイラの二人を連れてシミュレーターの方に移動していく。
設定を弄りながら、操縦系統の微調整も把握して、今後のメンテナンスに生かすつもりなのだろう。

己のモノに包まれた彼女の姿に。
えも言われぬ安堵のようなもので満たされた。
8/18ページ
スキ