ジョニー・ライデンの帰還


格納庫に整然と並ぶMSの群れの中で、明るい茶髪の小柄な人影が動く。
端末を睨みながら、それぞれの機体を見較べている。
機体状況の分析をしているのだろう。MS研究に熱心な奴なのだ。
宇宙漂流をする羽目になって少しは萎れているのかと思いもしたが、そんなことで萎れるほど柔な女ではないことを思い出した。

「ジョニー!姐さんは?」
「あそこにいる。少しは休めと文句を言って来い」
「了解!」

綺麗な敬礼をして、大型犬のようなユーマが泳ぐように格納庫を進み、目標の元へと辿り着く。
伝言が正確に伝わったのか些か不安はあるが、ユーマに強引に手を引かれるようにして二人が戻ってきた。

「ほら、姐さんのこと心配してるだろ?」
「そう?いつもと変わらないじゃないの」

喜んでいるような笑みを浮かべて、怪訝そうなリミアを見つめている。
話が呑み込めない。

「…お前は何を言ったんだ」
「え?ジョニーが心配してるから姐さんも少し休んだ方が良いって」
「……あのなぁ」
「まぁいいわ、ちょうどお腹もすいたし。この時間の食堂は空いてるはずよね」
「昼食の時間は過ぎてるからな」

必要なデータだけを抽出し終えてから、三人連れ立って食堂に向かうことになった。

「何でオレも行かなきゃならないんだ」
「どうせ暇でしょう?私も機体のこととかその他諸々と色々情報が欲しいんだから」

当たり前のように少し後ろを歩くユーマをちらと見やる。
ジャブローでの一件が未だに尾を引いているのか、暇があれば自身を巻き込んで彼女の傍にいようとする。
嬉しそうな泣き出しそうな切なげな顔を浮かべている時だけは、普段の子どもっぽさが鳴りを潜め、年相応な青年らしさを覗かせていた。

予想通り食堂は数人のクルーが休憩を取っているだけだった。
入った時に何人かの視線は集まったが、最早気にもならなくなった。
どれだけ否定した所で、ここでは『ジョニー・ライデン』として振る舞って居る方が都合が良いのだ。
アイシュワリヤに言われた台詞も蘇ってくる。
自身がジョニー・ライデンであることに意味があるならば、此処に『レッド・ウェイライン』という人間は必要とされていない。

「どうかした?変な顔しちゃって」
「何でもない」
「おかしなことでも考えてるんでしょ」
「考えてない」

猫のような大きな瞳が見つめる。
ハッキリとした瞳には、苦虫を噛み潰したような顔をした自分が映っていた。
見透かされるように感じるのは、納得し切れていない自分がいるのだろう。

「ねぇ、ここにパフェってあるのかしら」
「無いな」
「…じゃあ諦めるわ。代わりに何か冷たいものが飲みたいわね」
「オレが持ってくるよ、何でもいいかい?ジョニーも飲むだろう?」
「あぁ」

四人掛けの一席に腰を下ろし、無機質な白い天井を仰いだ。

「…オレは、誰だ」

ぽつり、と零すつもりの無かった言葉が零れた。
隣に座ったリミアから、返事は無い。
聞こえていないなら、その方が良い。
言うつもりのないことだったのだ。

ジャブローでジョニ子と闘り合った時に包まれた光。
覚えていないはずの記憶。
知らない男の、知らないやり取り。
記憶がこんがらがっている。
何を視たのだ、オレは。

「─あんたは、レッド・ウェイラインでしょ」

聞こえていないと思っていたはずのリミアが、さも当たり前のような声音で発した。

「…聞いてたのか」
「こんなに近くにいて、聞こえない訳ないじゃないの」
「お前も、オレがジョニー・ライデンじゃないかと疑ってるだろ」
「それはそうよ、皆があんたをそう呼ぶんだもの。本当にそうなのか気にはなるでしょ。でも、私にとってあんたはレッド・ウェイラインよ。私は、『レッド』であるあんたしか知らないわ」

確信してる人もいるみたいだけど、とカップを三つ持って戻ってくるユーマを目で示した。
話が聞こえたのか、胸を張って断言する。

「もちろんだ」
「何故だ」
「まだ言えない。でも、あんたはジョニーだ」

腹立たしさも失せるほどの真っ直ぐな瞳。
年相応というには精悍すぎる表情を浮かべ、すぐに崩した。
冷えたアイスティーを飲んで、暫し沈黙する。
考えても埒が明かないことか。

「ユーマ、少し暇潰しに付き合え」
「あぁ!何をするんだ?」
「模擬戦」
「ジョニー!!!」

興奮して飛びついてくるユーマを引き剥がしながら、呆れたような顔をするリミアを見やる。
せっかく落ち着いたばかりなのに、などとブツブツ文句を言うリミアも引っ張り、再び格納庫へと向かった。
余計な思考を振り払う為ではあったが、何処か吹っ切れた心地ではある。

興奮したユーマに絡まれているリミアをちらと見て、人知れず頬を緩めた。
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