ジョニー・ライデンの帰還


ふぅ、と深いため息を吐く。

暫く一人で宇宙を漂う羽目になり、それはそれで楽しくも淋しくもあったが、 その間の状況を全て理解するのにも疲れてしまった。
人同士の繋がりも、他勢力との共闘だの知らないことばかりだ。
機体や艦隊のデータだって早く収集・分析をしたい。

もう一度ため息を吐いてから、目の前に置いていたプレートに手をつけた。
だだっ広い食堂には、今は自分一人しかいない。
割り当てられた殺風景な部屋に戻る気分にはなれなかった。
頭はまだ混乱しているし、帰って来られた安堵から眠さもある。
それでも、誰か知っている人間の顔を見られる場所に居たかった。

プレートを半分ほど食べ終えた頃、食堂の入り口からひょっこりとユーマが顔を覗かせた。
凛々しい顔を子どものような笑みで彩って、飼い主を出迎える犬よろしく興奮気味に近づいてきた。
何の躊躇もなく隣に座って、じっと見つめる。

「良かった、元気そうだ。お帰り、姐さん」
「えぇ、ただいま…って言うのも変な感じだけど」
「俺のヘマで姐さんを一人にしてしまって、本当にすまなかった…ジョニーにも迷惑かけちまった」
「だいたい聞いたわ」

自分を責めて酷く落ち込んでいたことも、待ち焦がれたジョニーと再び小隊を組めて大喜びしていたことも。
しょぼくれた子犬に、これ以上落ち込まれても困る。

「私は、別にあなたを責めるなんてことしないわよ。私が好きで選んだことなんだから」
「…ありがとう、姐さん。そういや、クリストバルとは話したかい?」
「クリストバル…って、迎えに来てくれた?」
「そうそう、あのバンダナの」

サングレ・アスルのブリッジで対面した時は、敵か味方かも分からなかったのだ。
緊張した。
今は、父と縁があるらしいということしか知らない。
懐かしさを滲ませた瞳で微笑んでいた顔は、記憶に新しい。

「あとでゆっくり話したいわ。迎えに来てくれたお礼も言いたいし」
「本当はジョニーが迎えに行ければ良かったんだろうけどな。姐さんが宇宙に上がってすぐ、ジョニーは怖いくらい怒ってたんだ」
「あいつが?」

飄々とした振る舞い、気怠げな眼差し。
憎まれ口しか叩かないあの男が怒っている場面は見たことが無い。
想像すら出来ずに、考えることは諦めた。

「あぁ、姐さんが帰って来たから今は落ち着いてるみたいだ」
「何でも解るのね」
「ジョニーも、クリストバルも嬉しそうだ。家族が嬉しいのは、オレも嬉しいよ」
「…家族か」

サングレ・アスルを発見した時。
彼はそれに向けて郷愁を滲ませて微笑み、また『家』と呼んだ。
ならば、そこに集い、同じ時を過ごしていたキマイラの仲間は、当時少年だった彼にとっては家族そのものだったのだろうか。

「姐さんもキマイラと縁があるんだろ?だから、姐さんも家族だ」
「私も家族なら、私の姉さんも家族になるわよ」
「姐さんの姉さんか?うん…ややこしいな」

姐さんという呼び方にもすっかり慣れてしまった。
おっとりと柔らかな面差しの姉の姿を思い浮かべて、少しの懐かしさが込み上げる。
夢では散々な目に遭わされたが、やはり肉親というのは特別だ。
元気にしているだろうか。
久しぶりにちゃんも顔を合わせて会いたい。

「ふふ、怒ると怖いわよ」
「でも、姐さんは良い女だから、きっと姐さんの姉さんも良い女なんだろうな」
「…そういうことを恥ずかしげもなく言うんじゃないの」

ユーマ視点のこれまでの状況を聞きながら、残っていたプレートを平らげた。
デザートが欲しい気分だが、物資の限られる艦内で我が儘を言うのも気が引ける。
ふと静かになっていることに気づくと、それまで元気に語っていたユーマが眠りに落ちていた。
この男なりに苦しんで、悩んで、喜び、今になってようやく緊張の糸が切れたのだろう。
起こして部屋に戻るのを勧めるか、このまま眠らせておくかを悩んでいると、今度は食堂にスコットが顔を出した。

「我らが麗しき姫のご帰還を祝福しに馳せ参じました…って、おや」
「寝ちゃったんだけど、どうしたらいいかしら。あら、それデザート?」
「姫を魅了していた品を幾つか御用意しておきました」
「流石ね、嬉しいわ」

ニコニコと微笑むスコットが向かい側に座り、 手にしていた袋から幾つかデザートを取り出した。
気になっていた品も、お気に入りの品もある。
まったくどこから情報を手に入れるのだ。
予約などはボブに任せているから、そこら辺から情報が伝わっているのだろう。
細かいことは気にせず、今は目の前の幸せを堪能しようではないか。
スプーンで掬うと、ぷるんと揺れるプリンを頬張る。
程よい甘さと、滑らかな舌触り。

「んん~、幸せ」
「喜んでもらえたなら良かった」
「あなたも食べたら?」
「滅相もない、これらは全て姫のもの」
「…残りはあとで頂くわ」

一口ずつ噛み締めるように味わっていたが、デザートも食べ終えてしまった。
そうして、ようやく気分も落ち着く。
スコットの苦労話や、周辺の状況もあらかた聞き、一人で漂流している間に事態は目まぐるしく変化していたのだと改めて実感した。

「はぁ…暫くは頭が混乱したままになりそうだわ」
「助けが必要であれば、このスコットになんなりと」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
「……ん」

隣で眠っていたユーマが顔を上げた。
寝ぼけ眼の険しそうな顔が、ぼんやりと自分を捉える。
徐に伸ばされた手が、左手首を掴んだ。
脈を測るように、じっと固定される 。
ノーマルスーツ越しに掴まれた時も手の大きさの違いを感じたが、今はよりハッキリと感じる。
皮膚と皮膚が直接触れ合い、熱が伝わってくる。

「大丈夫?寝惚けちゃって」
「……うん、すまない」

すまない、ともう一度呟くと、自身の視界が揺れた。
大きな熱に包まれている。
サラサラとした茶色の髪が視界の端に映る。
スコットの驚いた顔を見つめながら、ゆっくりと今の状況を把握した。
抱き締められている。
隣で寝惚けていたユーマに。
しかし、恋人同士のハグというよりは、ぬいぐるみを抱いて眠る子どものような抱き締められ方だ。

「……どうにかして」
「レッドを呼んでこようか」
「それだと、あいつがこの子を殴る想像しか出来ないわ」
「確かに…ふふ、なら暫くはそのままかな」

仮にも妙齢の女が、同じくらいの男に抱き締められているというのもおかしな構図ではあるが、男の方は子どもがそのまま大きくなったような存在だ。
それほど色々と心配することも無い。

「まぁ、このあとの予定も無いからいいけれど」
「では、邪魔者は退散するとしようか」

ひらひらと手を振って食堂を出て行ったスコットを見送り、今日何度目かも知れないため息を吐いた。


「……何してんだ、こいつら」

通路で擦れ違ったスコットから、面白いものが見られると背中を押されて連れて来られたものの、当の本人は仕事があると行ってしまった。
何故か渡された数枚のブランケットを持って入れば、食堂の隅の方の一席で、眠るユーマに抱き抱えられたリミアがそのまま眠っていた。
広げられた書類とデータ類の残骸を見るに、留守の間のデータを確認していたのだろう。
五月蝿いほど快活なユーマでさえ、目元にうっすらと隈ができていた。
ここまでの騒動は、関係者全員に疲労を齎しているのだ。
緊張が続く中での僅かばかりの休息に水を差すのも気が引ける。
渋々ブランケットを眠る二人にまとめて掛け、向かい側の椅子に腰を下ろした。
それなりの心配はしていたが、リミアも怪我一つなく帰ってきた。

安堵のような吐息を零して、穏やかに眠る二人を眺めた。
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