ジョニー・ライデンの帰還


「―あの跳ねっ返りとは、どんな話をしたんだ」

着々と宇宙に上がる準備を進めているニカーヤの格納庫を眺めながら、事の中心に居座る男が、ぽつりと呟いた。

「姐さんとは…エイシアに似ているってことと、命は大事にしてくれってことを話した」
「…エイシア?」
「ジョニーのいい人だった。けど、死んだ。もういない」

…自分が殺したようなものなのだ。
それは彼には伝えなかった。

「見た目が似ているわけじゃないんだ。ただ…姐さんとのやり取りが、妙に懐かしかったんだ」
「そうか。きっと世話焼きだったんだろうな」
「…ジョニー、本当にすまない」

胸が痛い。
まるで、無数の銃弾を撃ち込まれたような断続的な衝撃を感じる。
迎えに行く準備をしているのに。
本当なら、きっと彼女とこの男はずっと一緒にいるはずだったのに。
命令違反と誓いを破った自身は、もっと怒られるべきなのに。
誰も責めない。
いっそ責めてほしい。
真っ先に自身を責める権利を持つはずのこの男が、まったく責めないからだ。

「ユーマ、もういい。今は迎えに行くことだけに集中しろ」
「…あぁ」

ぐずぐずと涙を拭うユーマの背を眺めながら、エメはクリストバルを見やった。
普段は飄々とした明るい笑みを浮かべているはずのクリストバルは、険しい眼差しで二人のやり取りを見つめていた。

「あなたも気になるわね、クリストバル」
「はは…そうですね」
「そうか、クリストバルも姐さんと関係があるんだったな」

真っ赤な目をしたユーマが、耳聡くこちらを振り向いた。
ハンカチを渡してやれば、ゴシゴシと子どものように強く拭ってしまった。
明日は目元が腫れぼったくなってしまうだろう。

「どんな縁があるのか聞いても?」
「もちろん。昔世話になった隊長の娘さんです。隊長の代わりに、娘さん達をお守りしたいと思ってるだけですよ」
「あなたねぇ…そんなに軽いものじゃないんでしょうに」
「はは…恩ある隊長の娘さんと、まさかこんな時に出会えるなんて思ってもいなかったんで…実感が沸きませんよ」

どんな娘なのだろうか。
昔見せてもらった家族写真は、今でも明確に覚えている。
険しいはずの隊長が、写真の中ではありふれた父親の顔つきになっていたことが懐かしい。
姉のアマリアは、賢く、大人しそうな少女であった。
今回の事の中心である妹のリミアは、明るく悪戯っぽい雰囲気を纏った少女であった。

「―リミア嬢は、どんな娘さんなんですか」

ぽろ、と心の声が溢れてしまった。
三人の視線が向けられる中で、背後にいるジャコビアスからも視線が向けられている。

「姐さんは…頼りになるぜ!頭は良いし、情報を集めて柔軟に対処してたが、大胆な強引さもあったから、なかなか楽しい作戦だったっ」
「……お前ら二人はやはりそんな無茶をしてたのか」
「大丈夫だ!姐さんの指示通りに上手くいってた!」
「作戦行動中はお前が暴走しないように監視をつけといた方がいいな」
「信用してくれ!ジョニー!」

アッガイに乗り込んで戦場に赴くほどの度胸は父親譲りなのだろうか。
随分とお転婆らしい。写真で見た頃の印象のままだ。

「ジャコビアスも関係あるんでしょう?」
「契約を結んだだけだ」
「契約?」
「プラントでの一件でな。テミスとの契約だが、契約の保証は幻獣の誇りだ」
「それって…」
「リミアが言ってたな、『我々キマイラ由来の部隊はあなたの麾下となる』なんて本当だろうかって」
「契約は違えない」

ジャコビアスは、昔から一途な忠犬だった。
その彼が、よく知らぬはずの人間にキマイラであることを明かし、キマイラの誇りをかけて契約するというのは、それだけで特別な人間のように感じてしまう。

「ズバリと切り出せる度胸のある女性だったな」
「リミアが言うには、ジオンの女は強いそうだ」
「姐さんは強いぜ!」

気の強さも父親譲りなのだろう。
姉とはあまり似ていないのだろうか。
あの頃から、どんな風に成長したのだろう。

「早く会えるといいわね」
「えぇ、そうだと嬉しいです」

エメとクリストバルのやり取りを聞きながら、機体のチェックが進められていく格納庫の様子を眺めていた。
いつもなら、きっと自分は機体のコックピットに座り、機体周辺のシステムチェックをリミアが行っているだろう。
その溌剌とした茶髪の揺れる様を眺めながら、きびきびと忙しく、楽しそうに作業を進める彼女と軽口を交わしながら、飽きもしない時間を過ごしていただろう。
『レッド!』と呼ぶ声が耳に甦る。
今頃、宇宙のどこかを漂っているはずだ。
怪我さえしていなければいい。
迎えに行くのが遅くなって、怒れるくらいの元気があればいい。

「姐さんに会ったらなんて言おうかな」
「甘いものでも奢れば許してもらえるさ」
「スイーツならオススメできるわよ」
「本当か、エメ!教えてくれ!」

エメに助け船を出してもらいながら、まだ格納庫を眺めているジョニーをちらと見る。
微かに微笑む彼の横顔を盗み見るたびに。
宇宙に一人で行ってしまった彼女は、やはりこの男にとって大事な人なのだと感じる。
そう感じるたびに、誰も、何も責めずに変わらずに振る舞う彼の様子が辛くて。

…子どものように泣き出してしまいたくなるのだ。
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