太陽の牙ダグラム


デロイアに新政権が樹立して、地球からの圧力も多少緩和されつつあるらしい。
革命の成功に喜ぶ人々の興奮は落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、デロイアは活気に満ちている。
キャーキャーと庭を走り回る子どもたちの無邪気な歓声が、そんな穏やかな空気の象徴のようだ。
地球の本社に戻らず、デロイアの革命の行く末を見届けることを決めて半年。
記者としてデロイア各地を回るとはいえ、今回のドガ訪問は明確な目的がある。
歴史の彼方に追いやられたデロイアの英雄が、もうじき地球から帰還するという。
その迎えの為、英雄の伴侶を連れだって、彼らの再会を祝そうという魂胆があるのだ。
その伴侶が働く孤児院のベルを鳴らすと、子どもたちの波が押し寄せてきた。

「こら!お客様に飛び付いてはダメよ」
「わはは!子どもは元気が有り余ってるくらいがちょうど良いと思うがね」
「ラルターフさん!」
「やぁ、デイジー。君は会うたびに綺麗になっていくな」

眩い金髪を束ねて、令嬢とは思えぬラフな服装に身を包む少女。
初めて会った時には世間知らずのお嬢さんとしか言えない頼りなさを漂わせていたが、今では自立した一人の女性に成長した。
地球生まれではあるが、野戦病院で世話になったダロウェイ看護婦長の下で、彼女の経営する孤児院に身を寄せている。
自分のやりたい道を選び、その意志を貫く強い生き方は、彼女の愛する英雄そっくりだ。

「君に良い報せを伝えたくて、突然押しかけてしまったよ」
「良い報せ?」
「どうやらな、クリン君がもうじきデロイアに帰ってくるらしい。出迎えついでに再会のパーティーでもと思ってな」
「クリンが帰ってくるんですね…!」

伴侶の帰還の報せに、嬉しそうに笑みを溢す。
しかし、それもすぐに困ったような、寂しげな笑みに変わってしまった。
彼女の周りに集まる子どもたちに目をやりながら、迷っているように子どもたちの頭を撫でる。
騒ぎを聞いて玄関に顔を出したダロウェイが、怒った風な険しい口調で彼女の背中を押した。

「迎えに行ってきなさい、デイジー。大事な人なのでしょう?」
「でも…子どもたちのことを放ってなんて…」
「休むことも仕事のうちです。自分を大切にできない人は、他人も大切にできないわよ」

ダロウェイに背を押され、力強く頷く。
再び嬉しそうな笑みを浮かべたデイジーが、子どものように抱きついてくる。
旅支度をする彼女を待つ間、元気いっぱいの子どもたちの相手をすることにした。
戦災孤児とはいえ、ダロウェイとデイジーから溢れんばかりに愛情を注がれている子どもたちの瞳には一点の曇りもない。
裕福とは言い難いが、それでも、生きていけるだけの食糧や日用品は蓄えられている。
貧困に喘いでいたとは思えぬほど、良い変化はこうした小さな場所にも訪れているようだ。

「ラルターフさん、お待たせしました」
「よし、じゃあ行こうか」

纏めていた髪はほどかれ、光沢の美しい青いワンピースの裾が揺れる。
少し整えるだけで、本来の令嬢の姿に変わってしまう。
希望に満ちた輝く瞳と、喜びに綻ぶ口元。
化粧っ気はないとはいえ、それだけでも女性の美しさというのは磨かれるのだと染々と思った。
ダロウェイと子どもたちに見送られながら、ジープを走らせる。
道を進む度に、助手席に座る彼女に声がかけられる。
半年も暮らせば、よそ者とは言え街に溶け込むには十分な時間なのかもしれない。
彼女は穏やかで優しい。
看護婦の経験もあり、子どもたちの世話もしており、面倒見も良い。
その上、見目も整っているのだから、彼女に向ける感情に好意が混じっていてもおかしくない。
これでは、彼も大変だろう。
やるべき事の為に一度この地を離れ、恋人を半年も一人きりにしているのだ。
彼女の好意は彼にだけ向けられているが、それでも気が気でない状況には変わりないはずだ。
他人事でありながら、苦笑を溢すしかなかった。


空港に着くと、ロビーに置かれたベンチに腰を下ろした。
ロビー全体を見渡せる位置にいるとはいえ、人々の群れの中からたった一人を見つけるというのは骨の折れる作業だ。
万年寝不足気味の目を擦りながら、記憶の中の少年の姿を探す。
短めに整えられた黒髪、ほどよく日焼けした肌、意志の強い緑の瞳。
そんな姿を探していると、隣に座っていたデイジーが駆け出した。
突然のことに驚き、きっと目当ての人物を見つけたのだろうと気づいて、一拍遅れながらその後を追いかけた。


人の波に逆らうというのは意外と大変なことなのだ、と。
細い身体で、人々の隙間を縫うように移動しながら思った。
記憶にあるものより少し高い位置で、見覚えのある緑の瞳と目が合った気がした。
それが待っていた彼のものだと微塵も疑うことなく、弾かれるように走り出してしまった。

「デイジー!」
「クリン…!」

子どもたちの世話をしていた時は、半年なんてあっという間だと思っていた。
それでも。
駆けてくる彼の背が伸びて、顔立ちに精悍さが滲んで、聞き慣れた声が何度も呼ばれた名前を呼んでくれることが。
半年という時間はあまりに長くて、寂しくて、彼との再会が嬉しくて。
色んな想いが途端に溢れ出して、ぽろぽろと涙が頬を伝っていく。
両手を広げた彼の腕に飛び込めば、力強く抱き締め返される。
追いかけ、繋がって、再び離れてしまい、ずっと焦がれ続けた温もりが全身を包み込む。
逞しさが増した背中に手を回すと、抱き締める腕にもっと力が込められた。
──会いたかった、と。
自分の声も、彼の声も。
同じ言葉を紡いだ。

お互いへの想いが生きる糧になっている。
やるべき事も、進むべき道も。
使命に似たそれらは、明確に生きる目的にはなっているのに。
愛してる、と。
言葉では足らないほどの想いが、激動の日々の中でたった一つの変わらぬものだ。
多くの人を慈しみながら、それだけは目の前のお互いにしか向けられていなかった。

「ただいま」
「お帰りなさい」

お互いの瞳を覗き込んで、変わらぬ想いにただ笑みを深めあった。
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