ジョニー・ライデンの帰還


ポキッ。パキッ。
何かを折るような軽い音が響く。
その妙に耳につく音を側で響かせる男に目を遣れば、視線に気づいたのかニッコリと笑った。

「姐さんも食べるかい?」
「いらない」
「チョコじゃない方がいいか。イチゴはどうだい?」
「…味の問題じゃないのよ」
「そうか…欲しくなったら言ってくれ!姐さんになら箱ごと渡すぜっ」

棒のようなビスケットにチョコがかけられたお菓子を頬張りながら、手持ち無沙汰らしいユーマが隣を陣取る。
相変わらず妙な音をさせながら、ジョニー用に用意したという深紅のゲルググへの拘りを語る。
大事にカバーに注意書きまでして他者が触れることを禁止していたのに、私のような部外者に触らせていいのかと疑問に思う。
メンテナンス前にこの疑問をぶつけてみたが、姐さんなら大丈夫だ!という謎の返答が返ってきた。

「なぁなぁ、姐さんはジョニーをどう思ってるんだ?」
「レッドのこと?」
「あぁ!」

ポキッとお菓子を折って、ニッコリと笑う。
質問の意図が読めない。
彼を『ジョニー・ライデン』であると確信しているユーマにとって、その確証もない自分の意見が欲しいとは思えない。

「オレの知らないジョニーが知りたいだけさ」
「短気で、ぶっきらぼうで、単純な奴よ。まぁ…たまに良いこと言うけど」

化物、最悪な記憶の代名詞であった『一年戦争』の呪縛を、ほんの少し解き放ってくれた。
兵器の存在意義も、自分が存在する意味も。
『一年戦争』という化物の中で生きたとしても、どんなに辛くとも希望があるのだと言ってくれたことが。
あの寒々とした期間を。
少しだけ、化物として忌避する嫌な記憶ではなくしてくれた。

「オレが知ってるジョニーは、いつまでも、ずっとカッコイイ男なんだ。だから、姐さんの言ってることは解るよ」
「レッドに『ジョニー』って言ったら、怒られるわよ」

『ジョニー』と呼んでは、散々拳骨を食らっているのだから。
それでもいいのだと笑ったユーマは、酷く嬉しそうな笑顔を浮かべた。
すっかり『姐さん』と呼ばれることを受け入れてしまっている自分に苦笑しか浮かばない。
嫌われているわけでないのなら、好意を拒否する理由もない。
忠犬っぽさに絆されているのだろう。
格納庫に満ちる不思議な活気を感じながら、黙々とメンテナンスを進めていく。
何かの視線を感じれば、呆れた様子のレッドがこちらを見ていた。

「何か用?」
「いや、何も」
「あんたも自分の機体に興味を持ったらどう?嫌だって言ったって、どうせ乗るんだから」
「ふん、やなこった」

その悪ガキじみた言動が彼らしい。
考え込むような繊細さも、近寄り難い険しさも似合わない。
謎多きエースパイロットにはほど遠い奔放さが、レッドがレッドたる所以なのだから。


リミアに呼ばれ、仕方なく自分用だという深紅のゲルググを見上げる。
その隣で『姐さん!』と呼ばれ、ジョニー・ライデンの忠犬に懐かれている相棒をぼんやりと見つめた。
菓子を片手にメンテナンスについて回る姿は、まさに忠犬である。
会話の中では何やら自分の名前が聞こえるような気もするが、呼ばれているわけではないのだろう。
と、思っていたのが、肩を掴んでぐらぐらと揺らしながら無邪気に絡んでくるユーマに、自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。

「ジョニーと一緒に戦うのは久しぶりだ!あの頃より成長したオレを見てくれよな!あんたぐらい強くなったんだ!」
「だから!オレはジョニーじゃねぇ!以前のお前を知らんオレに無茶を言うな」
「一緒に戦えば分かるさ!姐さんも楽しみにしててくれ!」
「伝説の部隊のパイロットの腕なんてそうそう見られないものね」
「さすが姐さん!」

興奮すると飛びつく忠犬に抱き締められながら、リミアは呆れた笑みを浮かべる。
小柄な彼女は、すっぽりとユーマの肉体に埋もれてしまう。
微笑ましいと言えば微笑ましいが、それは何故だか面白くない。
なのに、面白くない理由は分からぬ。

「妬いてるの?」

無言を通して見つめ続け、無邪気に笑う彼女が側にいることに、心底安堵した。
いつか離れるような予感を感じながら、その頭を撫でた。

「あんたが優しいなんて不気味だわ」
「まったくもって可愛くないな、お前は」
「あんたほど失礼な奴はいないわね」

憧れの男の話をしながら、子どものように無邪気に振る舞う忠犬に絡まれる。
動物のように全身で感情を表し、ぎゅっと抱きついてくるユーマのその背中を撫でた。
尻尾があればブンブン振っていそうだ。

「なぁ、姐さんはジョニーが好きかい?」
「は?」
「だって、あんなに格好良くて憧れる男はいないだろ?」

ちらと向けた視線の先では、話題の男がふて腐れた顔をしていた。

「…まぁ、嫌いじゃないわよ」
「オレはジョニーも姐さんも大好きだ!」

満面の笑みで飛びつくユーマに驚き、レッドを巻き込んでよろめいた。
レッドを下敷きにしたお陰で身体に怪我はない。

「…ユーマ」
「はいはい、お疲れなら甘いもの食べときなさいよ」
「オレのおすすめなんだっ」
「お前らな…」
「人気者は大変ね」

クスクスと笑う彼女の様子に、どうでもいい心持ちになってしまう自分にため息を吐いた。
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