ジョニー・ライデンの帰還


被せられたビニール類を外し、真新しい最新鋭の技術が集約されたコックピット内をため息交じりに眺めた。
何故、こんな状況になっているのだ。
化け物のような高性能のゲルググに自分が乗る理由も分からなければ、『ジョニー・ライデン』と呼ばれ、この謎に満ちた状況に追いやられる理由も皆目分からない。
ジョニー・ライデンと呼び続ける原因の男は、確信があるくせにハッキリしたことは何も言わないのだから。

「レッド、準備はいいの?」
「…あぁ、やってくれ」
「外見はどうであれ、最新鋭の機体に乗れるのよ。少しは喜びなさいよ」
「ケッ、嬉しかねぇ」

ジャブローに着く前に用意されていたゲルググのシステムチェックを兼ね、起動させることになった。
機動音が響き、モニター類が点灯する。
手持ち無沙汰に、端末を見つめるリミアを何ともなしに眺めた。

「こっちは良いぞ」
「こちらも問題ないわ」

真新しいシートは尻の据わりが悪い。
このむず痒い感じが落ち着かない。
双方で機体のチェックを終え、三十分ほどでシステムチェックは終わった。

「お疲れさま、コーヒー貰ってきた」

缶コーヒーを二つ持ったアシュレイが訪れ、開いたままのコックピットに顔を覗かせた。
アシュレイは、見慣れた困ったようなニコニコとした笑みを浮かべている。
コーヒーを受け取りながら、落ち着かないコックピットから這い出た。
リミアの持つ端末を覗き込み、アシュレイが感心したような反応を示した。

「凄い機体だね」
「最新技術の寄せ集めよ」
「アシュレイ、お前は何してるんだ」
「機材を纏めてる」
「ジャブローに着いてからの通信諸々の機材をアイシュワリヤと準備してもらってるのよ」

力仕事だけでなく細かい作業が得意なアシュレイにはちょうど良い仕事だ。
再び仕事に戻ったアシュレイを見送り、傍らに佇む真紅のゲルググを見上げてため息を吐いた。

「ユーマ・ライトニングは、あんたをジョニー・ライデンと呼ぶけれど理由は何なのかしら」
「解らん、すぐにでも教えて欲しいぐらいだ」

嫌な気分を振り払うように頭を振ると、伸ばし放題にしている前髪が揺れた。
しばらく放置していたからか、だいぶ伸びたようだ。

「…邪魔だ」
「あんたの前髪伸びたわね、鬱陶しいくらいだわ」
「そうか?」
「ちょっと屈んでちょうだい」
「?」

意味も分からずその場に屈み、何やらポーチをごそごそと漁るリミアを眺める。
普段は上から見下ろす状態であるが、下から小柄な彼女を見上げるというのも珍しい体勢だと、取り留めもないことを思った。
不意に細い指が前髪を梳き始め、思わず仰け反る。

「もう、動かないで」
「いきなりやるからだろ」
「はいはい、やるわよ」

遮られていた視界が良好になり、じっと真剣な眼差しで何かをやっているリミアの顔が近くにあった。

「よし、出来た」

ポーチから取り出された鏡に映る自分の顔を見て、心底不機嫌な表情になった。
女子よろしくピンで前髪が留められている。
邪魔ではなくなったが、まったく以て似合っていない。

「…おい」
「似合ってるじゃない、可愛いわよ」
「お前な…人で遊ぶんじゃねぇ」

腹を抱えて笑うリミアの笑い声が響く。
これから先を考えると重苦しさしか感じられない。
ならば、こうした些細なやり取りは息抜きにちょうど良いのかもしれないと頭の片隅で思う。
不満ではあるが、仕方ない。

「ジョニー!姐さん!」

突然、勢いのある声がMSデッキに響いた。
先ほど話に上がった大型犬のようなユーマが、興奮気味に駆け寄ってくる。

「あのボブって人からジョニーがゲルググに乗ったって聞いたんだ!どうだった!?あんた専用のゲルググは!?」

バタバタと抱きついて騒ぐユーマを引き剥がしながら、一度拳骨を食らわせた。

「落ち着け!!」
「す、すまない…ジョニー」

殴られた部位を押さえながら、シュンと項垂れる。
こいつだけは、どうにも距離感がおかしい。
図体は立派な青年のくせに、こちらに対しては子どもが大人にじゃれるような振る舞いが多い。
思い入れが強いのか、強化による影響なのか定かではないが、慣れないことには変わらない。
パッと顔を上げたユーマの視線が、恐らくピンで留められているであろう場所に止まった。
驚いたように目を大きく見開く。

「どうしたんだい、ジョニー?」
「私がやったのよ、似合うでしょ?」
「姐さんが?へぇ~!」

馬鹿真面目に感心するユーマにため息を吐く。
隣では、じっとユーマを見つめたリミアが、何かを思いついたように笑った。

「あなたもいけそうね」
「何がだい?」
「ほら、早く屈んで」

何も分からないまま従うユーマが、これから同じ目に遭うのだと思うと少しばかり同情を覚えた。
手慣れた手つきで比較的長い部分をまとめられ、こざっぱりとしたような微妙な雰囲気になった。
鏡で自分の状態を確認したユーマも、さすがに微妙な顔をした。

「んー…あの、おかしくないか?姐さん」
「そう?可愛くなったわよ。あなたの大好きなジョニーともお揃いだし」

その言葉を聞くなり、ぱぁっと瞳を輝かせ、再び抱きついて騒ぐユーマに拳骨を食らわせる。

「お前も少しは嫌がれ!」
「でも、ジョニーと同じなんだろう!?オレはあんたを目標にしてるんだ!こんなに嬉しいことはない!」
「お前は馬鹿か!?」

馬鹿みたいなやり取りをしている隣で腹を抱えて笑うリミアを思わず睨む。
それでも笑いは止まらず、暫くはこの馬鹿みたいなやり取りを続ける羽目になった。

「リミアさんたち、仲良しですねぇ」
「元気なのは良いことですから」

MSデッキの入り口で、支度を終えたアシュレイとアイシュワリヤの二人がニコニコと眺めていた。
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