ジョニー・ライデンの帰還


小生意気なエンジニアがチームに入って数ヶ月。
自分で豪語しているだけあって、彼女は優秀だ。
やはりメカニックとエンジニアは違うのだな、と今さら気づいたのだった。

端末を片手に、周囲に指示を出す姿はきびきびとしている。
コックピットに座り、その様子をモニター越しに眺めた。
FSS赴任早々切ってしまった長髪を思い出しながら、彼女の動きに合わせて短く切られた髪が揺れる様を見つめる。
ヘッドマイクに指示を吹き込む顔つきは一人のエンジニアだ。
不意に、幼さの残る顔がこちらを向いた。
不躾に眺めていたのがバレたのかと思ったが、モニター越しなのだからあり得ないと気づいた。

『レッド!そろそろシミュレーション始めるわよ!』

ヘッドマイクに吹き込まれた声に、現実に戻された。
準備が整ったらしい。
大きめな瞳がこちらを見つめており、甲高い声が指示を続ける。
シートに座り直し、リミアに準備ができていることを伝えた。
外の景色を映していたモニターの表示が切り替わり、宇宙に放り出された。
機動テストを兼ね、スラスターを噴かす。
全身へ緩やかにGが掛かった。
己の肉体のように動き、神話の巨人のような暴力的な力を奮う機械。
仮想部隊との会敵を報せるアラームに、一気に緊張感が高まる。
自機が放ったライフルの閃光が、破滅の軌跡を描いて伸びていく。
敵の四肢を焼き、その肉体が歪んだ。
敵が発した閃光が、殺気を纏って己を焼こうと進んでくる。
かわした機体を掠めた光は、そのまま宇宙の深淵に呑み込まれていった。
幾筋かの閃光を交えた果てに、三つの爆発的な光が輝き、収束した。
─作戦目標の撃沈。

『──ミッション終了よ。お疲れ様』
「…あぁ」

シミュレーションとはいえ、何度経験しても虚しさを感じる。
戦争は終わったにも関わらず、命のやり取りの再現をしている。
目的は機体のデータ集めなのだが。
コックピットが開けられ、一瞬視界が白くなった。
──レッド、と。
彼女が呼ぶ声が響く。

「どうかした?体調でも悪いの?」
「いや…考えてただけだ」
「ふーん?まぁ、いいわ。このまま休憩にしましょ」
「了解」

コックピットから抜け出し、ひとまず身体を伸ばした。
ゴキゴキと妙な音がするのは、無意識に緊張して固まっていたのだろう。
片付けに回るリミアの背中を眺めつつ、アシュレイに声をかけた。
アシュレイに飲み物を貰い、ようやく一息つけた。


「あー…疲れたぜ」
「お疲れ様、レッド。リミアもレポートは纏まりそう?」
「もう少しで終わりそう」

社員食堂の片隅で端末と睨めっこを続けながら、リミアはニコリと微笑んだ。

「リミアは仕事するの楽しそうだね」
「楽しいわ」

端末から顔を上げたリミアが、ケーキを口に運ぶ。
仕事が楽しいなど変わった娘だ。
仕事振りの良さを考えれば、好きなことを自由に行える環境は幸せなのだろう。

「以前に、姉さんに成り代わってここに来たことがあるの」
「お姉さんの?」
「バレたからすぐに戻されちゃったけど」
「そりゃ、また随分とお転婆なこって」

軽口を叩いて茶化せば、隣に座っているリミアが軽く爪先を蹴飛ばした。
地味な衝撃だが、鈍い痛みが生じる。
恨みがましく見やれば、ジトッと睨みつけるリミアと目が合った。
…女の眼というのは、存外でかいのか。
いや、でかいというよりは、瞳がくっきりとしていると言うのだろうか。

「…まぁ、あの時はバカなことしたなって思うけど」

言葉を切ったリミアが、それまでとは違うささやかな笑みを浮かべた。

「自分の名前で、自分の仕事を褒められるのって、とても嬉しいことだわ」

心の底から嬉しそうな笑み。
若さにばかり目が行ってしまうが、彼女の才能は目を見張るものがあるのは確かだ。
素晴らしい才能とは別に、彼女自身が無邪気に喜んでいる姿を見るのは、ほんの少し心臓が暖かくなるようだった。

「さて、レポートも仕上がったことだし、提出しに行くわよ」
「オレ達が届けに行くんだったか?」
「そう、変わったこともあるのね。ボブ、車の手配をお願い」
「ラジャー」


会長に連絡を入れ、指示された会社へと向かう。
機体調査はともかく、FSSに加入した新しいエンジニアを見たいという希望もおかしなものだ。
さっさと他の機体の解析をしたいのに。
まぁ、顔を売るのも無駄ではない。
無理矢理に納得できる理由を作って、不満いっぱいの自分の心を落ち着ける。
ロビーで面会理由を告げれば、すぐに所長室まで案内された。
一見、人受けの良さそうな中年男性。
養父よりも年嵩は上だろうか。
ニコニコと人好きのするような笑顔を浮かべていたが、エンジニアがうら若い女性だと知って、あからさまにバカにしたような空気に変化した。

「あぁ…女性だったのか…レポートを拝見するに、能力は低く無さそうだけどね。男性の方が機械への理解はあると思っているんだが、キミはどうだい?興味ないかね」

左隣に立つアシュレイへ声をかける姿に、プチン、と頭の何処かで何かが切れた。
女だから、若いから、と。
不当な理由でバカにされることが無かった訳ではない。
しかし、それを一度も許したことはない。
実力がモノを言うのなら、結果さえ示せば良いのだから。
それでもバカにするなら、それは相手が下衆なだけだ。

「──レッド、ボブ、行くわよ」
「待ちたまえ、私の話は終わってない」
「たとえ彼らが納得しても、チームメンバーが、女を見下すような人の下で働くのを私は許さない。うちのボスの方が、よっぽど最高よ」
「何を…!」

それまで静かに佇んでいたレッドが、庇うように私の前に立った。
普段は気怠そうな背中が、酷く頼もしく見えた。

「おっさん、あまりウチの女王様をナメるなよ」
「…彼は短気なので、何をするか分かりませんよ」

怯えを見せ、何度も頭を下げ、逃げるように笑顔を張り付ける姿の、なんとみっともないことか。
レッドとアシュレイの手を引いて、小者との縁を断ち切るように部屋を出る。

「精々後悔すればいいわ!逃したエンジニアが、どれだけ素晴らしかったのかをね!」

颯爽と所長室を後にした自身の心は、とても穏やかだった。



「くくっ…聞いたぞ、リミア嬢の啖呵の話」
「笑い事じゃないだろ…」
「いやいや、戦後においてあれだけの気骨のある女性は珍しいぞ。良い人材を手に入れられて、私は運が良いよ」
「…そういう問題かね」
「お前だって、リミア嬢を庇ったんだろう?良いモノを護るのは大事なことさ」

記録庫で出会したフーバーは、楽しげに笑う。
頭にきたから感情に従って行動したが、後々思い直して仕事の関係に影響が出るのではないかと心配したのは無駄らしい。
話振りを考えると、元々フーバー自身も好きでは無かったようだ。

「ま、色んな人間はいるが、私の可愛い部下を侮辱したのは許さないってことだ」
「おー…怖い怖い」
「ハハハッ」

朗らかに笑って出ていくフーバーの背中を見送り、そのままリミアの仕事スペースへと移動する。
モニターに写されたデータと端末を睨むリミアを、じっと見つめた。
相変わらず仕事に没頭している。
楽しいと笑っていた姿は曇っていないらしい。

「…何よ、何か言いたいことでもあるの」
「何でもねーよ」
「そんなに見られてるとやりにくいんだけど」

椅子を回転させ、くるりと向いたリミアはふて腐れたように唇を尖らせた。
不躾に目線をくれる時の方が多いのだが、こちらから見れば文句を言われる。
女というのは身勝手なものだ。
否、この女だからか。
彼女だけは、扱いにくいばかりだ。
振り回されるのは、こちらだと言うのに。
それでも、彼女が楽しげに笑うなら、そんなことも許せてしまうのだ。
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