誕生日


寒さを過ぎ、生命が芽吹き始める季節が訪れた。
風が植物の香りを運び、太陽は惜しみなく生命に光を与える。
開けられた窓から、果てなく広がる花畑を眺める。
決して見えているわけではないが、広がる世界が色づき始めているのを感じた。
頬を撫でる風、暖かな空気、まだ青い瑞々しい花々の香り。

「…綺麗」
「何が綺麗なんだ」

素直に零れ落ちた感動に、柔らかに疑問が問いかけられた。
チャリ、チャリと金属質な足音が近づく。
返事の代わりに微笑み返した。

「何か良いことでもあったのか?機嫌が良さそうだ」
「ふふ、春が来たわ」
「来た?誰か訪ねてきたのか」
「違うの、外を見て」

怪訝そうな様子の彼の手を引いて、窓辺に促す。
金属のひんやりとした感触。
けれど、不思議と温かい気がする。

「あぁ…確かに綺麗だな」
「これが春よ」
「しかし、君は見えないだろう?」
「感じることはできるもの」

閉じられたままの目元を、労るように彼の指が触れていく。
くすぐったいけれど、心地よい。

「…貴方と季節を楽しむ日がくるなんて考えてもいなかったわ」
「あぁ…俺もだ」
「ふふ、お互い様ね」

昔だったら、考えられなかった。
こうして多くの言葉を交わし、触れあって、価値観を分かり合う。
当たり前のことのはずが、酷く難しい時代だったから。
そんなことを考える余裕もなかった。

「君のおかげだ」
「そんなことないわ、貴方のおかげよ」
「これも、お互い様か」

ほんの少し、頬を緩めた気配を感じる。
笑っているのね。
見れないことが本当に残念だわ。
きっと素敵な笑顔なのでしょうね。

「君と出逢えたことで、俺の世界は一変した」
「私の世界も変わったわ。私自身も変われたの」

目元に触れていた手が、優しく頬を包み込む。
その手に、そっと自身の手を重ねた。
出逢った時から、決して短くはない時間を刻んだ皺だらけの私の手。
願いの末に辿り着いた金属質な彼の手。

「君は、いつまで経っても綺麗なままだ」
「貴方は願いを実現したのね」
「…君に出逢えて良かった」
「私もよ、刹那」

…あぁ、ダメね。
幸せすぎて、涙が溢れてしまう。

「…生まれてきてくれて、ありがとう」

そして、出逢えて良かった。

どちらからともなく零した祝福の言葉は、陽だまりの中に響いてとけた。
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