JOJO


「たまにはペッシも親離れした方がいいんじゃあねぇか?」

ホルマジオの一言で、その瞬間、酷く心細い気持ちになった。
救いの船を出してくれるだろうと思っていた兄貴が、意外にもあっさりと「そうだな」と返事をしたせいでもある。
チームに入ってからずっと教育係の兄貴の側にいて、仕事だって二人で行くことがほとんどだ。
少数精鋭の時にアジトで留守番をさせられる以外は、ほとんど兄貴と一緒にいる。
自分から離れようと思ったことは、ただの一度もなかった。

「そうか、仕事も溜まっているしな…手分けしてこなせるなら、その方がいい。そのついでに、それぞれの仕事にペッシを連れて行け」
「一緒にディ・モールトな経験しようか!あらかたの情報は吐かせたからから、あとは始末だけなんだ」
「直近の仕事はメローネか…首尾よく進んだようだな。情報の内容は後で確認しておく。後始末は綺麗にな」
「ヴァ・ベーネ!」

ご機嫌なメローネに引っ張られ、アジトを出る。
メローネのバイクに跨がり、目的の建物へと夜道を疾走した。
ここまで来て嫌だとは言えなかった。
言えなかったが、何か一言くらい愚痴を溢しても許されるのではないかとも思う。
スタンドの一部であるパソコンを操作しながら先導するメローネの後を追いかける。
こんな真っ暗な闇の中に置いていかれるのは嫌だ。怖い。
目的の建物は二階建てであり、どうやら二階に標的が集めてあるらしい。階下はガレージにもなっており、人影は無かった。
薄暗い階段を昇り、メローネが寂れた扉を開けると、五人の人影が縛られて転がされているのが見えた。
開けると同時にメローネが発砲したせいで、すぐに人影は動かなくなってしまったのだが。

「あ、ペッシにも撃ってもらえば良かったのか」
「メローネ!危ねぇッ!」

くるり、とこちらを振り向いたメローネの後ろで、死ななかった人影が銃を向けていた。
咄嗟にビーチ・ボーイを構え、拳銃を奪い取る。
再度メローネに銃弾を撃ち込まれ、今度こそ標的は沈黙した。
ベイビィで死体の様子を探り、全員の始末を確認する。
よくよく見ると、メローネの弾が運悪く紐を切ってしまったらしい。
他の奴らは頭蓋や首、胸を貫通していたが、この男は運良く掠めた程度の傷だったようだ。

「ちぇ、ホルマジオみたくはいかなかったか」
「ホルマジオ?」
「この前の仕事で、今みたいな状況で全員を撃ち殺すのを見たんだよ。てっきりナイフの方が得意かと思ってたから、それがディ・モールトかっこ良くてさ、ちょっと真似したかったんだけどなぁ」
「でも、一気に四人始末してたぜ。オイラにはできねぇよ」
「いや、ペッシが助けてくれたんじゃあないか。グラッツェ!」

メローネにハグされ、兄貴のよしよしを思い出してしまう辺り、思っているより兄貴に依存しているらしい。
それではダメだ。早く一人前にならないと。
教育係として面倒をみてくれている兄貴に申し訳ない。
仕事を終え、メローネがリーダーに連絡を入れる。
次は誰の仕事を見るのだろうかと思っていると、メローネがニッコリと笑った。

「このままギアッチョのとこまで送るよ。ここから近いらしいから十分で着くかな」
「ギアッチョか…キレてないかな」
「ギアッチョはキレてこそのギアッチョだからね~もうキレてると思うよ」

キレ所が分からないギアッチョと二人きりでいるのは苦手だ。
それ以外は比較的気の合う友達のような関係を築いているが、あのいきなりキレるところは苦手なままだ。
自分が怒られているような気持ちになるのがダメなのだ。
決して自分に怒ったりはしないのだが。

「じゃ、アジトで会おう。頑張ってな、ペッシ」

メローネのバイクを見送り、港に設けられた倉庫の群れの中を走る。
組織の利益を掠め取ろうという集団の妨害らしい。
組織に刃向かう勢力というなら、自分たちも同じような存在だ。
釘を刺されて大人しくしているだけであって、チームメンバーはいつもギラギラしている。
一番汚い仕事をしている自覚はある。そして、その待遇の悪さも。
チームメンバーは好きだ。メンバーは、自分にとって家族だ。
平穏から切り離され、世界の闇でしか生きていけないことに後悔はない。
だから、暗殺という血腥い役目に不満はない。
それによって家族が満足に生きていけるような報酬を貰うことは当たり前だし、それに見合う仕事をしているという自負もある。
待遇の改善が認められないなら、組織を乗っ取る方が早い。
自分たちには、それだけの技量があるのだから。

「オイラは何もしてねぇけど…その時が来たら、絶対に皆の役に立つんだッ」
「ペッシ!遅ぇぞッ!」
「ごめんよ…探すのに手間取って…」

既にホワイト・アルバムに身を包んだギアッチョが、倉庫の入口から中の様子を窺っていた。
荷物の受け渡しを護衛、強襲に備える予定だったようだが、荷物自体はもう相手に渡っているようだった。
組織の人間が数人倒れている。相手もスタンド使いなのだろう。
相手は七人。組織の人間は全滅と考えた方がいい。
凍らせて、身動きを取らせなければまとめて始末できるだろうか。
入口の隙間から冷気が滑り込んでいく。
このまま静かに凍りついてくれれば、仕事は楽に終わるのに。

「スタンド使いだ!」
「…バレたな。行くぞッ!!」

扉が蹴破られ、倉庫内が見渡せる。
床は既に凍りついており、スピードスケートのように滑るギアッチョの独壇場だ。
凍結していく人間の脚を砕き、奪った拳銃で動けない人間に撃ち込んでいく。
無防備に身を晒せば撃たれるリスクは高くなるが、撃たれたとしても、『超低温』はすべての動きを止める。弾丸さえも無効化できる。
奪った拳銃の弾が尽きれば、足に形成されたブレードで首筋を切り裂く。
血液さえ凍りつき、赤い粒がパラパラと撒かれた。
スポーツを生で観戦しているような高揚した気持ちになりつつ、倉庫に置かれた目的の荷物を回収する。
倉庫付近に置かれた一台の車を見つけ、その中に荷物を載せた。
元々回収用に用意してあったものなのだろう。
始末を終えたギアッチョと合流し、そのまま車でアジトに戻ることにした。

「車はどっかで捨てて、荷物だけ持って戻るかァ」
「荷物はオイラが持つよ。ギアッチョはスタンド使って疲れただろ?」
「大したことしてねーから疲れちゃいねぇよ」
「へへ、生のスケート見てるみたいで楽しかったぜ」
「あれ見て楽しいとかぬかすのかよ。オメーもギャングっぽくなってきたなァ」

ギアッチョと笑い合いながら、車を乗り捨て、荷物を抱えてアジトに戻った。
荷物の経緯をリーダーに報告し、暫く考えた後、リーダーが直接荷物を届けることとなった。
一仕事終えたギアッチョは休憩時間になり、一足先に休憩しているメローネも含め、二人の睡眠を護る役目を担うことを命じられた。
他にイルーゾォとホルマジオが待機しており、自分一人で対処しなくてはならないことはない。
一緒に広間で寛ぎながら、リーダーの帰宅を待てばいい。

「よぉ、ペッシ。上手くやってるか?」
「うん、兄貴以外のメンバーと働くのは少ないから、なんていうか…新鮮だぜ」
「色々経験しとくのは良いことだからな」
「口うるせぇマンマと離れて、淋しくねぇか?」
「そこまでマンモーニじゃねぇや!そういやプロシュート兄貴は?」
「お前が出てった後に仕事に行ったよ」

居れば、仕事の報告でもしようと思っていたのに。
仕方ない。優秀な暗殺者は忙しいものだ。

メローネに聞いたホルマジオの話をしながら、まったりと過ごした。
時刻も日付を跨いだ頃、じわじわと眠気と戦い始める。
そんな頃、イルーゾォが鏡の中に入った。
それと同時にホルマジオの気配も鋭くなる。
一拍遅れて、敵の強襲が来るのだと気づいた。
玄関の鏡の中に移動したイルーゾォから合図が来る。
三人。武器は銃のみ。スタンド能力なし。

「…ペッシ、お前が捕まえろ」
「お、オイラが…!?」
「大丈夫だ。オレ達が援護する」

リトル・フィートで縮んだホルマジオを見失わないように注意しつつ、ビーチ・ボーイを構える。
カチリ、と玄関のロックが解除された。
気配が雪崩れ込む。
が、それ以上気配が進むことはない。

「テメーらの上半身だけを許可してやるよッ!!」

イルーゾォの声が響き、鏡から下半身を生やした男たちが藻掻いている。
その足を絡めとるように糸を操り、三人を纏めて縛り上げた。
足から一筋血を垂らした男たちが、徐々に小さくなっていく。
鏡の世界から解放され、成す術もなく捕まった男たちは、まず一人が銃殺された。

「オレ、拷問苦手なんだよなぁ。やり過ぎてよ~つい殺しちまうんだよ」
「その割にはやりたがるじゃあねぇか。メローネに任せればいいだろ。その間に玄関の片付けしねぇとよぉ」
「そりゃそうだな。しょうがねぇなぁ…とりあえず瓶に詰めとくか」

部屋に戻ったホルマジオが玄関に戻ってくると、普段猫を可愛がるのに愛用している空き瓶を持ってきた。
ビーチ・ボーイで結んだままだった男二人を空き瓶に放り込む。

「お、上手いもんだな。今度それで遊べねぇか考えるか」
「どうせ拷問のやり方だろ」
「ハハッ、楽しけりゃその方がいいだろ~」
「…玄関を片せ、汚ねぇぞ」
「おぅ、リゾット。早かったな」
「プロシュートはまだか…ペッシ、お前の兄貴分の手伝いに行ってこい」
「へいッ!」

片付けをホルマジオとイルーゾォに託し、兄貴の仕事場所を教えてもらった。
車で三十分ほどの場所らしい。
リーダーに送ってもらって、その場所に着いて、まずは頬を叩く。
眠気を吹き飛ばし、気合いを入れて建物へと踏み込んだ。
心許ない明かりに照らされた廊下を歩いていくと、どこからかバタバタとした気配がする。
廊下の突き当たりにグレイトフル・デッドの残滓が見えた。
慌てて廊下を走り、その先を目指す。
死骸が廊下の隅に倒れている。兄貴の通り道を示すように、ぽつぽつと死骸が転がっていた。
老いたものと、銃弾で死んでいるもの。
兄貴はスタンドを使わずとも、生身でも強いのだ。

「兄貴!プロシュート兄貴ィッ!」

ガタガタと一際煩い部屋の扉を開けると、残りの標的を蹴り倒した瞬間だった。
トドメを刺すように数発蹴り、床へと叩きつけた。
頬にべったりと張り付いたあの黒いものは、血液なのではないだろうか。

「兄貴!け、怪我してるんじゃあないですかい!?」
「なんでオメーがいるんだ?ペッシ」

煙草を咥え、優雅に佇む兄貴はどこ吹く風だ。
手の甲にも血が付いている。
慌てて側に近寄ると、視界がぶれた。

「仲間がいるからって何も考えずに敵地を歩くんじゃあねぇ!自分で身の安全を確保しやがれ!!偵察は基本中の基本だと何度も言ってるだろうがッ!」
「ご、ごめんよ兄貴…つい兄貴と会えたのが嬉しくて…」
「ハンッ!このオレが怪我なんざする訳ねぇだろ。返り血と、殴り過ぎただけだ」

殴られた頬を押えつつ、改めて無傷であることに気づいた。
頬が腫れ上がった死体もあり、殴り過ぎたというのも事実らしい。
兄貴の使った車を入口に移動させ、ようやくアジトに戻れる。
たった数時間のことだったのに、酷く長い時間を過ごしたような心地だった。

「他の奴らとも仕事はできたか」
「オイラのことも頼りにしてくれて、なんだかスゲー嬉しかった」
「当たり前だろ。誰の弟分だと思ってやがる」
「でも、でもさ…オイラは兄貴と仕事してるのが一番安心するよ。やっぱり兄貴が一番かっこいいぜ」
「褒めたって何も出ねぇぞ。マンモーニに褒められたって箔もつかねぇよ」
「へへッ!」



「──で、その荷物は何だ?」
「あ?ペッシが世話になったからよ」

仕事を終えた連絡をもらって一時間。
大量の酒を抱えて戻ってきたプロシュートに、思わず呆れてしまった。
弟分への期待と愛情は深いが、ここまでくると過保護なんじゃあないかとも思えてくる。

「ブハハッ!オメーが子離れできてねぇのかよ!」
「うるせぇ、オメーにゃやらねぇよ」
「何言ってやがる!!オレの提案だったろーが!」

プロシュートの過保護にストップが掛かることと、若々しいペッシの成長を願って、静かに瓶を傾けた。
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