誕生日


「マリナ様!お誕生日おめでとうございます!」

子どもたちの明るい声と共に、パン、パンッとクラッカーが鳴り響く。
その中心にいるマリナは、気恥ずかしそうに微笑んだ。

世界が落ち着きを取り戻して数ヶ月が経った。
祖国にも豊かさが広がり始め、王宮の一角ではマリナの生誕日を祝うささやかなパーティーが開かれることとなった。
近隣諸国からも来賓があり、ささやかとはいえ立派なパーティーが催された。
子どもたちの笑い声が響く中で、かつては厳しい情勢下に置かれていた諸国の代表たちが穏やかに談笑を交わす。
贈り物を受け取っていると、こっそりと子どもたちに呼ばれた。
柱の陰に隠れるようにして顔を出す子どもたち一人ずつから、手紙や似顔絵、花などのプレゼントが渡される。
少し照れたように振る舞う姿が愛らしく、言葉の代わりに精一杯抱き締め返した。

「ケーキの飾り付けを手伝ったんです。上手にできてますか?」
「えぇ、素敵ね」

パーティーの準備を手伝ったという子どもたちの声を聞きながら、ふと零された言葉に一瞬固まった。

「お兄ちゃん、来てくれるかな」
「お兄ちゃん…?」

満面の笑みで問いかけられた人物に、思わず苦笑が零れる。
彼らにとってのヒーローのような扱いを受ける青年の姿を思い描き、少しばかり切ない心地になった。

「そうね…彼は忙しい人だから、来られないかもしれないわね」
「そっか…でも、来てくれると良いですね、マリナ様!」

頬にクリームをつけながら、元気いっぱいに笑う子どもたちを抱きしめる。
ケーキを食べ、満足げにぎゅうと抱きついてくる子どもたちの笑顔を見つめながら、彼の姿を探してしまう自分がおかしかった。

パーティーが終わりを迎えても幸福な空気は漂い続けた。
贈られてきた荷物の管理や来賓のもてなし、会場の後片づけなど、王宮に仕える民たちは大変であるはずだったが、それでも幸福そうに振る舞う様子が、何よりも嬉しいことであった。


夜も更け、ようやく王宮内に静けさが訪れる。
私室でゆったりと子どもたちからの贈り物を確認していると、自然と笑みが零れた。
こんなにも多くの人々に支えられているのか。
信頼し、親愛を寄せてくれている。
だから、私は力を尽くしたいと思えるのだ。

明日の公務に支障が出ないように仕方なく眠る支度を整える。
部屋の灯りを消し、寝台に体を横たえる。
このまま眠りにつくのが勿体ないほど幸せだ。
程良い疲れに身を委ね、眠ろうと瞼を閉じる。
…そうして、ふと昼間の子どもたちの言葉を思い出した。

『お兄ちゃん、来てくれるかな』

何となく心に引っかかった言葉。
来るわけが無い、と頭では理解していても、心の片隅で期待している自分がいた。
思わず姿を探していた自分を思い出し、苦笑が漏れる。
彼の属する組織は、先の戦争以降世界から姿を消している。
彼の消息も明確ではない。
─きっと、生きている。
そんな予感めいたものを抱いているだけだ。
言い知れぬ予感を抱きしめながら、窓から差し込む月明かりを見つめる。
青白い光に満たされ、室内は幻想的ですらある。
かつて、今夜のように月明かりの美しい夜に、彼は現れた。
答えがたい問いと、彼の想いを残して。
あの忘れがたい夜のようだと思っていると、突然、部屋の様子が変化した。
部屋に差し込んでいた月光が、何かに遮られたのだ。
期待と不安が入り交じる。
会いたいと願った彼なのか、私の命を狙う者なのか。
緊張から息を詰めながら身体を起こす。

「…そこにいるのは、誰?」

震える喉から、微かな声が漏れる。
ゆったりと近づく人影が、寝台から一歩離れた場所で止まった。
天蓋に映った陰は、待ち望んでいた彼のものであった。

「─刹那…!」

寝台から身を乗り出し、思わず驚きと嬉しさから少し弾んだ声で彼の名前を呼んだ。
まろぶように顔を出した自身を抱き留めるために伸ばされた腕に触れると、一瞬戸惑ったのか固まってしまった。

「…マリナ」

何処か照れくさそうな様子で私の名前を呼ぶ彼に、不思議な気配を感じた。
緊張しているのだろうか。
視線が交わっても、すぐに逸らされてしまう。
落ち着いて話ができるように椅子を勧めたが、彼は寝台に腰かけ、私の隣に並んだ。
言葉を交わさない不思議な時間が訪れた後、おろむろに私の方に何かを差し出した。

「…花?」
「……おめでとう、という言葉で合っているだろうか」

ぽつり、と溢された言葉が、柔らかに鼓膜を揺さぶった。
目の前には、淡く色づいた黄色の花が一輪。
この土地によく見られる名もなき花。

「マリナには幾度も助けられた。そのお礼にもならないとは思ったが、何かをしなければならないと…そう思った」

ここまで来られたのは、彼の助けがあったからだ。
助けてもらっていたのは私の方だったのに。
お礼も祝福も、どちらの意味であっても嬉しいということは、きっと彼には考えつかなかったのかもしれない。

「ありがとう、刹那。とても嬉しいわ」
「…もっと摘むべきか迷ったんだが、マリナには一輪の方が似合って見える」

やはり照れくさいのか普段よりもぶっきらぼうな彼の様子に、思わず笑みが零れてしまった。
不器用な青年が、精一杯の気持ちを込めてくれているのだから、嬉しくない訳がない。

「私も、その方が好きだわ」
「そうか」

花弁に鼻先を寄せて、香りを楽しむ。
その様子を窺っていた彼の顔に、安堵したような小さな笑みが浮かんだ。
彼自身も、とても緊張していたのだ。
少し解れた笑みにつられ、彼の手に触れる。
何も言わずに、触れることを受け入れてくれた。

「ねぇ、刹那…貴方の誕生日はいつかしら」
「何故?」
「素敵な贈り物をしてくれた貴方に、私も何か贈りたいの」
「…良いんだ、俺のは」

刹那は距離を取るように立ち上がり、答えを得られぬまテラスの方へと移動した。
このまま帰ってしまうのだろう。
いつか、彼が教えてくれた時に祝えればいい。

「…また、花を摘んでくる」
「会いに来てくれるのね」
「分からない…ただ、それだけで笑顔が見れるなら、贈りたいと思っただけだ」

一年に一度でも、数年に一度でも。
送り主のない花が届いたなら、それは彼からの贈り物だろう。
それは、きっと貴方が生きているという証になる。

「えぇ、楽しみにしているわ」

闇に紛れて消えていく彼の背中を見送って、静かになった私室に戻る。
小さな花瓶を探して、そこに彼からもらった花を飾った。
この満ち足りた幸福に包まれるなら、歳を重ねることに何の恐れもなかった。
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