誕生日


「……これは」
「次のミッションで必要な衣装らしいぜ」
「そうか」

ミーティングルームに向かう通路でミレイナから渡された衣装を持って固まっていると、苦笑したようなライルが説明してくれた。
どうやらスメラギからの指示が出る前に、ミレイナから衣装だけが渡されたようだ。
衣装を持ったままミーティングルームに入ると、意味深に笑ったスメラギに出迎えられ、一瞬困惑した。
スメラギから次のミッション内容を確認したが、詳しい場所の説明だけは省かれてしまった。
疑問に思って問えば、詳しいことはライルに先導されれば分かる、とはぐらかされ、さらに疑問が深まる。

「きちんと挨拶だけはしてきなさいね」

と、気遣うような言葉だけを投げ掛けられ、ミーティングは終了してしまった。


ライルとともに軌道エレベーターを利用して地上に降り立った。
久しぶりの地球の重力は、暫く宇宙を漂っていた身には重い。
しっかりと地に足がつく感覚を確かめ、ミッションの全容を知っているライルに連れられて移動する。
戦後、MSを使わないミッションは増えた。
それだけ大規模な紛争が減り、僅かな介入で事足りるようになったのだろう。
世界を覆っていた闇が取り払われたことで、問題が取り上げられ、世界として対応できることが増えたことも影響している。
様々な輸送手段を乗り継いでたどり着いた場所は、懐かしい砂の大地であった。

「…何故、ここに」
「よし、ここらでミッションの打ち合わせでもするか」

そう言ったライルが、悪巧みをする子どものような笑みを浮かべる。
端末を開いてミッションの内容を確認し、ようやく何故この地に訪れたのかが理解できた。

「お前もよく知ってるお姫様の生誕日なんだとさ。それに合わせた式典の護衛が今回のミッションだ」
「そのためのスーツか」
「オレは狙撃専門で、刹那はSPとして潜り込んでの護衛。中東情勢も落ち着いて国内も安定してるが、お姫様自体が良くも悪くも注目されるようになったから、まだテロや暗殺のリスクは考えられるだろ」

とても納得できる理由に聞こえる。
彼女は相変わらず狙われやすい立場ではある。
一方で、多くの国でそれぞれの式典が催されてる中で、一国家を今回のみミッションとして立案するのは何故なのだろうか。

「ったく、だからお前は鈍いんだよ」
「?」
「アザディスタン復興の式典、お前はトレミーで見てただろ。お得意の方法で直接見届けることもできたのに、それもしないでさ」
「彼女の姿はニュース越しに見届けた」
「だからな、ずっと気にかけてたんだからさ、一言でも良いから祝ってこいってことだよ」
「……」

本当に、仲間たちのお節介な優しさには苦笑が漏れる。
組織やメンバーについては最重要の秘匿情報として厳格に管理していたはずなのに。
身勝手な逢瀬を許してくれるのだから、おかしな話だ。
それだけ組織としての厳格さは無くなり、想いや希望で繋がる組織に変化したのだろう。



『一人、臨時のSPを雇ったから派遣しておいたわ。粗相があったらあとで連絡してちょうだい』

祝福の言葉とともに伝えられたシーリンの連絡事項に、通信を切ったあとに首を傾げた。
久しぶりに街中を通る式典であることもあり、心配性な友人がSPを増やした方がいいと忠告してくれたことは分かる。
派遣してくれるというSPはありがたいが、さすがにSP一人ひとりの顔や名前は分からない。
そんな状態でSPの評価をできるものだろうか。

「…私の知っている人?」

そう考えて、よく知った青年の眼差しが脳裏を過った。
いや、そんなまさか。
彼らの所在は分からないのに。

「マリナ様!そろそろ行きましょう!」
「えぇ」


宮殿の広間での演説ののち、正装に身を包んだ子どもたちとともに、ようやく祖国の街中へと歩き始めた。
街中を歩くのは好きだ。
自由だった頃の日々を思い出すこともあれば、笑顔の増えていく民を見ることが幸せなのだ。
穏やかな顔をした民から祝福の言葉を投げかけられ、時々花束が従者越しに渡される。
長い間目指し続けた光景に、朝から日暮れまでかけて行われた式典の中で、幾度も涙が溢れそうになった。

はしゃいで歩き疲れた子どもたちが寝入ったことを見届け、私室で積み重なった贈り物をひとつひとつ確認していた。
そして、今朝のシーリンとのやり取りを思い出す。
残念ながら、考えていたような人影は見つけられなかった。
ため息を吐きかけた瞬間、微かに扉がノックされた。
入るように促すと、黒のスーツに身を包み、サングラスをかけたSPであった。
私室に来る人物にしては珍しいと思ったが、花束を抱えて立つ人物の、癖の強い黒髪に見覚えがある。

「…せ、つな…」
「贈り物を届けにきた」
「まぁ、ありがとう」

ゆっくりと歩み寄る彼に、胸が高鳴る。
会えると思っていなかったのに。
彼から渡された花束に、送り主の名前は無かった。
もしかしたら、彼の組織からなのだろうか。

「…おめでとう」
「とても嬉しいわ…貴方に会えて良かった」
「何も用意していないんだが…」
「貴方からの言葉が嬉しいのよ」

サングラス越しに見える彼の眼差しは、以前よりも穏やかなように思える。
ほんの少し照れたように見えるのは、私の勘違いだろうか。

「笑えているようで良かった。お前の努力は、確実に実を結んでいる」

その言葉が、酷く嬉しいものに感じた。
祖国を失った彼が、かつての敵国を認めてくれるのだから。
今日一日我慢していたはずの涙が、今になって溢れてしまった。

「すまない、俺は泣かせてばかりだ」

思わず溢れた涙を、武骨な彼の指先が拭ってくれた。
彼のぎこちない手つきが、微かな笑みを呼ぶ。

「違うのよ、これは…嬉しいから。貴方がいつかこの国に還ってくるまで、私はこの国を護り続けます」

再会の約束はできない。
もしかしたら、死ぬまで会えないのかもしれない。
それでも、この国が存在し続けることは、私の生きた証になる。
そして、彼の還るべき印になればいい。

涙を拭ってくれた武骨な手を両手で包みこんで、何も言わずに微笑みを向ける。
振り払わず、暫くの間されるがままになっていた刹那は、そっと身を引いた。
別れの時間なのだろう。
静かに闇夜にとけて消えていく刹那を見送り、送られた花束の手入れをしてから、ようやく眠りについた。



王宮を後にし、街外れの合流ポイントでライルと合流する。
ライルの運転する車に揺られながら、彼女との逢瀬に、頬が熱くなっている気がした。

「少しは話してきたのか?」
「あぁ」
「そりゃ良かった!」

かつての彼の兄のように無遠慮に頭を撫でられる。
自分の周囲にいるのは優しい人間ばかりだと、つくづく思う。
その一人である彼女の笑みが懐かしく、ずっと脳裏に焼き付いていた。
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