JOJO


隠れ家として使っている建物に、何者かが侵入して数分。
入口で誰かが捕まり、絶叫が響いて途絶えた。
きっと殺されたに違いない。
相手の報復が始まったのだ。
この恐ろしい状況になって、ようやく手を出してはならないモノに手を出してしまったのだと思い至った。


壁に配置された何の変哲もない鏡が、不気味に輝く。
鏡からずるり、と生身の腕が生えた。
みるみるうちに腕、肩と姿が露わになり、逞しい男の上半身が飛び出した。
背後ばかり気にして壁沿いを駆けていた男の首を引っ掛け、そのまま鏡の中へと引き摺りこんだ。

「な、なんだ!?」
「よぉ、ここには何人いる?偵察だと十人だったよな?一人はもうぶっ殺したから九人か?」
「き、貴様…!」

怯えを隠すように目の前の男に銃を向ける。
不可解な状況に混乱したが、こんな丸腰の奴に負ける訳がない。
そのまま引き金を引いて、事は終わるはずだった。
手は構えているが、肝心の獲物が無いのだ。
慌ててスーツの中や周囲を探ったが、見つかるはずもなかった。
己の無様な姿を嗤う男の束ねた髪が、不愉快なほど軽やかに揺れる。

「てめーの武器は許可してねぇんだよ。あ~あ、骨のあるスタンド使いはいねぇのか?」

こんなんじゃ腕が鈍っちまう、と。
その言葉とともに長身の男の影が動いた。
顎下からの衝撃に、ぐらりと世界が歪む。
痛みを感じる間もなく、意識が混濁し始める。
振り上げられた脚が、そのまま頭蓋に振り下ろされた。
ブチン、と何かが切れる音がする。
視界が赤く染まって、喉奥から何かがせり上がってくる。
声を出すこともできず、呆気なく意識を手放した。

トドメを刺すように撃ち込まれた弾丸の衝撃とともに痙攣した死骸には目もくれず、イルーゾォは鏡の外へと出た。

「残り八人か…入口でも見張っとくか」

再び鏡の中へと入り込み、静かに姿を消した。


「もう侵入されてる…どこに逃げればいいんだよ…!?」
「武器を持って戦うしかねぇよ…!俺たちだってギャングだろ!?」

せめて武器庫に辿り着ければ、何かしらの応戦はできる。
スタンド使いとはいえ、相手は生身の人間なのだ。
スタンド使いという言葉につられ、ふと、あることに気づいた。
─身体が冷えている。
これだけ走ってエネルギーを消費しているにも関わらず。
荒い息を吐く口元から、白いモノがたなびく。
集めた情報の中に、氷を扱うスタンド使いが居たのではなかったか。
ピキピキ、と微かに響く音は、何かが凍りついた音に似ている。

「ま、まさか!?」

後ろを振り向こうとした瞬間。
隣を走っていた仲間が仰け反った。
首の後ろから血飛沫が吹き出し、そのまま倒れた。
吹き出した生暖かい血液すら凍りついている。
後ろを振り向いたなら、間違いなく恐ろしいモノを見ることになる。
目的の場所まで走り続けようと思った。
思ったが、全身を包む冷気に取り込まれ、何もできずに終わった。

「ケッ、程度が低いんじゃあねぇのかァ~~~?」
「まぁまぁ、殺りやすいってのはいいことだよ。この先には何かあるみたいだし、ちょっと探ろうか」
「ろくでもなかったら、ぶっ飛ばすッ!!」
「アッハッハッ!もう死んでるじゃあないか!」

男だった氷塊を踏みつけると、粉々になって飛び散った。
ギアッチョの怒りをよそに、今回の仕事のために偵察用に育てたベイビィを起動させる。
少しオツムのマシな女を母体にしたお陰か、比較的指示に従う可愛いベイビィになった。
死体を蹴散らしながら廊下を走ると、頑丈な鍵の掛けられた扉を発見した。
二人で蹴破ると、どうやらそこが武器庫だったらしい。

「一丁前に武器だけは蓄えてたのかよ」
「ディ・モールト!ホルマジオに知らせて、これを持って帰ろう」
「運びやすくすんのか」
「自分の特技は有効に使うべきだろ」
「そりゃそうだ」


きっと、一番普通の人間を相手にしていると思っていた。
短く整えられた頭髪、ラフな服装。街に溢れたチンピラ程度にしか見えなかった。
気怠く、しかし余裕を覗かせた笑みを浮かべている。
手には、たった一本のナイフ。
当初の予想を裏切るように、目の前の男は軽やかに身を翻して、こちらを弄ぶようにナイフを振るう。
甚振るような獰猛さが煌めいて、身体の至るところから血が垂れた。

「面白くねぇなぁ。もうちょい遊ぼうぜ。最近籠りがちで身体が鈍っちまうんだよなぁ。仲間内で暴れるとめちゃめちゃ怒られるしよォ、手の内知ってっからつまんねぇんだよ」

親しげに、のんびりとした口調で語りかける。
そのうち、一瞬後ろに目を向けて、嫌そうな表情を浮かべた。
殺るなら今しかない。
今殺らねば、このまま死ぬだけだ。
拳銃を構え、引き金を絞る。
──異変が起きたのは、その瞬間だった。
世界が大きくなっていく。
大きくなっていく拳銃を支えることができず、無様に手から離れた。
床に落ちた音すら大きく聞こえる気がする。

「他にやることできちまったからサクッと終わりにするわ。情報吐かせるなら二人くらい捕まえときゃいいだろ」

ポケットから空のビンが取り出された。
これからされることに気づき、慌ててその場から走りだす。
しかし、あっという間に捕まり、空ビンの中へ放り込まれる。
空だと思っていたビンの底には、息も絶え絶えな仲間が横たわっていた。
気に掛けてやる余裕すらない。
もはや死んだも同然だ。

「武器庫ったって、どんだけの数なんだよなぁ。オレのこと便利屋かなんかだと思ってやがるな、ガキどもめ」


コツ、コツ、と。
ゆったりとした靴の音が薄暗い廊下に反響する。
その優雅な音を掻き消すように、荒い息と乱れた足音が重なる。
今、自分たちを追いかけてきている奴はヤバい。
本能がそう叫んでいる。
あの冷徹な眼差しは、恐怖しか感じさせなかった。
逃げる者から、追う者にならなくては。
そうでなくては、このまま何もできずに死ぬだけだ。
パンッ、と足元に銃弾が撃ち込まれた。
止まったら死ぬ。死にたくない。
会議室として使っている部屋の入口が見え、何も考えずにその中に飛び込んだ。
始末するつもりなら、部屋の中に入るしかないだろう。
街中で建物を爆破するなど、暗殺チームなら目立つ行動は避けるはずだ。
入口に照準を合わせ、息を殺して拳銃を構える。
しかし、いつまで経っても扉は開かない。
怪訝に思っているうち、酷く渇きを覚えた。
考えることを放棄したくなり、世界からの情報が薄れ、動く意思さえ無くなっていく。

「おい…!お前、どうしたんだ!?」

部屋の奥で構える男から声がかけられたが、何も聞こえない。

「老いてる…?馬鹿な…ッ」
「スタンドってやつじゃないのか!?」

気づけば、部屋の中には妖しげな紫煙が漂っていた。
扉の隙間から入ってきている。
しまった─と思った時には、自分たちが敵にとって一番の愚策を取ったことに気づいたのだった。
愕然としていると、トプン、と妙な水音が響いた。
勢いよく何かが飛んできて、手にしていた拳銃が奪われる。
それと同時に、扉が蹴破られた。

「ペッシよぉ~~標的は三人いたんだぜ?最低でも人数分の獲物くらい奪い取れるようになれ」
「そんな無茶な…ッ!」
「お前にできねぇことは言ってねぇ。お前はまだまだ成長するんだ!」

うっすらと光が射し込み、敵が姿を見せる。
撃とう、と思った。
思っていたが、すでに老いていた。
若々しく冷徹な男の手には拳銃が握られ、火花が爆ぜた時には、何もかもが終わった。


「…既に終わったようだ。こちらも終わりにするぞ」
「あ、あんたらに手を出したことは謝る…!すぐに手を引いて、今後一切関わらねぇ!だから、頼む…いの、」

ゴボッと口から大量の血液とともに鋭利な何かが出た。
命乞いもできぬうち、標的の頭は沈黙した。

「仲間が死んだってのに、頭のテメーが命乞いなんぞ笑い話にもならねぇ…仇取る気概でも見せりゃ考えたがな」
「おい、リゾット!サッサとずらかるぞ。こんな黴くせぇとこ不愉快だ」
「風呂入ってパーッと酒でも飲もうぜ!」
「ベネ!情報吐かせるのに捕まえた奴の拷問したいしさ」
「こんな奴らにチーム全員で制裁加える必要あったかァ?時間の無駄じゃあねぇのか?」
「…たまにはチームで仕事がしたかっただけだ。どれだけ成長しているのかも見たかった」
「で、結果は?」
「上出来だ」

言葉とともに微笑めば、返り血で濡れた顔を笑みで彩る。
スタンドを用い、チームでの共闘を重ね、徐々に個々の暗殺者としての能力は上がっている。
ボスへと辿り着き、殺すのも夢ではない。

「ヘタな証拠は残すなよ、引き上げる」

…こうして、静かに刃を研ぎ続けている。
3/11ページ
スキ