誕生日


数日後に予定されているミッションに備えて機体の調整をしながらも、ソワソワと浮き立つような、不思議な気分に包まれていた。
ミーティングルームでのアレルヤからの定期連絡を終えてから、それは続いている。

『そろそろ刹那の誕生日だったよね。少し早いけど、おめでとう』
『今度、そちらにお土産を送りますね』
「すまない、ありがとう」

組織に属してから、幾度か自身の誕生日を祝ってもらい、逆に他のメンバーの誕生日を祝うことを重ねてきた。
それはどれだけ繰り返しても、こそばゆさを感じさせるものだ。

「刹那」
「どうした、ロックオン」
「今回のプレゼント、期待しててくれよ」
「そうか、楽しみにしておく」

揶揄うような気さくな笑みを浮かべ、ライルも機体のメンテナンスを始めた。
長らく端末を使って何かしている姿を見かけたこともあり、気遣いな相棒は、今回も何か企んでいるらしい。
そうした所は、お節介な兄貴分だった男にそっくりだ。



今度の議会用の書類に目を通していると、プライベート用の端末が鳴った。
通信を知らせた端末を確認すると、懐かしい名前から連絡が来ていた。

「…ジーン1」

世界から姿を消していたと思っていたかつての仲間からの連絡に、急いで返信する。
数分後に返ってきた返事に、思わず笑ってしまった。

「どうかしたの、クラウス」
「いや、懐かしい仲間から珍しい依頼が来てね」

公私ともにパートナーとなったシーリンが、コーヒーを持って部屋に入ってくる。
カップを受け取り、代わりに端末を渡す。
宛名と送り主を確認したシーリンが、細い眉を潜めた。

「ジーン1から…マリナへ?」
「何でも特別な贈り物をしたいらしい。そのために、姫様の力を借りたいと」
「何故…って、そういうことね」

メールの内容を確認し終え、思わずため息が零れた。
長年の友人であり、祖国の皇女であるマリナと知らぬ間に交流を深めていた彼の組織のパイロットは、並々ならぬ強い繋がりを持ち続けていた。
その関係に反対をした時期もあったが、今となっては、あの二人は互いを支えにしていることを理解している。
そのパイロットへの祝福を手伝ってほしいと言うならば、彼女も喜んで協力するだろう。

「はぁ…私の苦労も知らないで」
「君が一番マリナ姫の身を案じているのは誰もが知っているさ」
「…ありがとう、クラウス。私からマリナへ連絡をしておくわ」


近隣諸国との定期会議を終えると、急いで私室に戻った。
今日は親友であるシーリンが訪れてくれると、昨夜連絡をもらったのだ。
戦後の目まぐるしい世界情勢の中で、議員として忙しく活躍している友人の久しぶりの訪問に、子どものように胸が踊っている気がする。
私室で軽く身だしなみを整えていると、控え目に扉がノックされる。入るように声をかければ、待っていた友人が立っていた。
互いに抱き締め合い、再会を喜ぶ。

「久しぶりね、マリナ」
「本当にね、議員は忙しそうだわ」
「平気よ、今に落ち着くわ」
「いつ聞いても、シーリンの言葉は頼もしいわね。それで、今日はどうしてここに?急ぎの用があるって言っていたけれど…」
「今日はそれで来たの、すぐに話しても?」
「えぇ」

紅茶を用意して一息ついてから、シーリンの提示したメールを確認する。
読み終えてから、嬉しい気持ちと戸惑いを抱えた。
ようやく人間らしい生を選び始めた刹那に対し、祝福をしてほしいという彼の仲間の願いについては、断る理由はない。
ただ、何故それを自身に願うのかが判らなかった。

「メールの内容については、私も協力させてもらいます…けれど、何故私に…?」
「彼にとって貴女が必要な存在なのだと思っているのでしょうね。贈る物が整ったら、私に連絡をして」
「えぇ」

僅かな近況報告を済ませたのち、シーリンは退室していった。
端末にコピーされたメールを再度確認して、そっとその画面を撫でる。

『砂漠の姫から、砂漠の青年への祝福を
──彼が生まれてきたことを祝うために』

その、たった二行の文が。
とても重みを持っているように感じた。

少年兵として幼い頃から戦場を駆け抜けていたことを、彼の口から聞いたことがある。
今に至るまでに、幼少期の友人やCBの仲間を多く喪ったと、彼はぽつりと語った。
その時に見せた感情を表に出せない彼の、読み取りにくい静かな眼差しを思い出す。
…生きてほしい。
そして、生まれたことを後悔しないでほしい。
そう思った時。
ぽたり、と撫でていた画面に雫が落ちた。



「刹那!約束のプレゼントが届いたぜ」
「すまない」
「ハハッ、きっと驚くぞ」
「ありがとう、ロックオン」

端末を操作し、ライルからデータを受け取る。
おめでとう、と言って格納庫を出ていくライルの背を見送ってから、調整を終えたコックピットに籠り、送られたデータを確認する。
データを開いてすぐに、マリナと子ども達の写真が画面に映った。
初めて会った時よりも僅かに大人びた子ども達の様子に、彼女の保護下で健やかに成長していることに安堵する。
彼女の元にいれば、己のような道を進むことなく過ごすことができるだろう。
さらに添付されていたデータを開くと、聴き馴染みのある音楽が流れた。
オルガンの優しい調べと、穏やかな歌声が響く。
彼女との再会を誓った歌だ。
驚きと嬉しさが混ざった感情のままに画面をスクロールすると、メッセージが添えられていた。

『貴方の生涯が幸福でありますように
…いつまでも、貴方の幸福を祈っています』

柔らかな余韻を残して終わりを迎えた歌とともに、これを送ってくれた彼女の面差しが脳裏に浮かんだ。
名残惜しく、幾度も再生を望んでしまう。

そうして読み返した短い言葉が、すぅ、と胸に沁み入るように。
じわりと目頭が熱くなった。



「…ん?どっかで聞き覚えのある歌が聴こえるな」

共に調整をしていたイアンが、微かに聴こえる違和感に調整中の手を止めた。
普段は電子音や駆動音しか響かない格納庫で、それ以外の音がしているからだ。
プレゼントとして中身を知っている自分でさえ、まさかこんなところで流すとは思っていなかったため少し驚いている。

「刹那のとこさ」
「刹那の?」
「最近地球で流行ってる歌の、その本人が歌ってるんだよ」
「何だってそんなもの刹那が聴いてるんだ?」
「さてね…存外ベタ惚れなんじゃないか」
「はぁ?」

不可解そうなイアンをよそに、何度も繰り返される穏やかな歌が、静かな子守唄のように身を包んでいた。
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