ナンバリングシリーズ


勇者を導くというラムダの姉妹は、よく似ているようで、それほど似ていない。
姉のベロニカは物事に積極的に関心を寄せ、自分から事態を動かそうとするタイプだ。
一方、妹のセーニャは姉と同等に聡いくせに、姉に判断を委ねることが多く、姉の陰から姉のサポートに徹するタイプのようだ。
必然的に姉の方が他者から認知されやすく、それと同時に優秀だという評価が下されているらしい。
それに呼応して、妹は、姉の出来損ないのような存在だと受け取られてしまう。
姉妹が同レベルであるのだと、何故当たり前の事実をそのまま認識できないのかと不満が募る。
姉の方はそうした妹の扱いに不満を見せることもあるが、当の本人が何とも思っていないのだから、それ以上のことはしないらしい。

『いいのよ、別に。セーニャができる子だっていうのは、あたしが一番知っているんだから』
『そういうもんか?』
『そうよ。それにね、そんなこと気にならないくらいセーニャの良いところはたくさんあるもの』
『ふーん…』

妹の話を振った時、姉は誇らしげに胸を張った。
キャンキャンと騒ぐ普段とは違い、宝物を自慢するかのように穏やかな口調で語っていたのが印象的だった。
長らく旅をして、彼女の様々な姿を見た気がしていたが、姉しか知らない面はあるのだろう。
そんな当たり前の事実に思い至り、何故だか靄がかかったようにスッキリしない心を自覚した。


化物イカ退治を終え、その祝宴が開かれてから一時間ほど経った。
目的のキナイという男は祝宴には姿を見せていない。
小さな漁村とはいえ酒場は活気があり、無事に戻ってきたことを喜ぶ男衆で溢れていた。
酒を浴びて酔っぱらう男たちを退かしながら、何とか酒場から脱出する。
どこかに向かう相棒の背中を追いかけたかったが、人の波を抜けるのに思ったより時間が掛かってしまった。
比較的夜目が利くが、酒気に当てられたのか普段よりも闇を見通せない。
もたついている間に、すっかり相棒の姿を見失ってしまった。
ため息を吐き、ぼんやりと周囲を眺める。

「はぁ~、セーニャちゃんは天使だべ」
「あんな聖女様みてぇに優しい子がずっと一緒だなんて、旅の人たちは羨ましいだな~」

浮かれたような村人たちの声を聞き、ふと声のした方へと顔を向けた。
にやけた顔で、漁師たちが並んでいる。
側に近づいて様子を窺うと、ベロニカが聞いたなら自慢気にしそうな言葉を交わす村人たちの先で、見覚えのある人影が回復呪文を唱えていた。
彼女の善意が、男たちに要らぬ好意を植え付けているのだと気づいた。
大仰にため息を吐き、思わず額に手を当ててしまった。

「…ったく、面倒くせぇことになんなきゃいいけどな」

列を追い越して、目的の人影に声をかける。
一瞬、きょとんとした顔でこちらを見上げ、ほっとしたように笑みを浮かべた。

「まぁ、カミュ様。どうかなされましたか?」
「あいつがどこに行ったか知らないか?」
「イレブン様なら、お姉さまとマルティナ様と一緒に坂を上がっていきましたわ。教会の方へ向かわれたと思います」

相棒一人でないなら、己がいなくても問題はないか。
本来なら一緒に行って事態を見届けたいが、ここにセーニャを一人で残していくのも気が引ける。
善意の塊である彼女に変な気を起こす男がいないとも限らない。
当の本人は、なかなか減らない男たちに小首を傾げている。
その間にも、男たちの浮かれた会話は交わされていた。

「天使だの聖女だのって…なんつーアホらしい…」

人間相手に何を言っているのだ。
人間が、そんな大層な存在になれるものか。

「セーニャ、行くぞ」
「はい、この方たちの手当てを終えたら行きますわね」

善意に付け込む男たちが、素直に居なくなるわけがない。
セーニャの肩に手を置き、まずは治療を止める。
手を止め、こちらを見上げたセーニャの瞳を真っ直ぐに見返した。

「そろそろ切り上げないと、お前の魔力も無くなるだろ。イカ退治してからずっとやってるんだから」
「確かに、そろそろ魔力が…」
「魔力回復のアイテムだって、あいつに渡してある袋に入れっぱなしだろ?それにな、明日からまた旅に出るんだ。早めに休んでおくべきだぜ」

つらつらと真っ当なことを並べて、半ば強引にセーニャの手を引いて、男たちから離れる。
憩いの空間を取り上げられた男たちからのささやかなブーイングを聞き流す。
バカ丁寧に頭を下げている彼女の手をさらに強く引き、仕上げのように男たちをひと睨みした。
相棒たちが向かった方に足を進めていると、セーニャがぽつりと言葉を零した。

「皆さまの傷の手当てが終わっていないのが心残りです…」
「オレも見たが、たいした怪我じゃなかったろ。放っておいてもすぐに治る」
「…ですが、治癒しにくい傷もあるかもしれません。その方の体質もありますし…」
「セーニャ、お前はオレたちの仲間なんだ。オレたちは大事な旅の途中だろ。優しいのも良いが、仲間の言うことも聞いてくれ」

そう言ってから、厳しいことを言ってしまったような気がした。
決して怒った訳ではない。
むしろ、彼女のしたいことを取り上げてしまったのは己の方だ。
彼女を心配しているのだという建前を並べ、言い知れぬ己の苛立ちを解消しようとしたたけだ。
言葉選びを間違えたと思い、ハッと後ろを歩くセーニャを振り返った。

「…すみません、誰かのお役に立てることが嬉しくて、つい…」
「お前は立派にやってる。オレだって何度も助けてもらってるさ」

今度は素直な言葉を伝えたが、彼女から返事は返ってこなかった。
伏せがちだった顔をさらに下げ、一瞬泣いているのかと思った。
僅かな沈黙のあと、ゆっくりと顔を上げた彼女は、泣き笑いのような笑みを浮かべた。

「セーニャ…」

彼女が人に尽くしたいと願うのは、優しさだけでは無いのだろう。
己の存在が、誰かを救えたのだという証が欲しいのだ。
優秀な姉、姉と比較して優劣を付ける他者に囲まれて。
彼女は、彼女自身を肯定できるほどの自信が無いのだろう。
自分にどれだけの力が秘されているのかも気づけぬほどに。

ほらみろ、こんな天使だの聖女だのがいて堪るか。
これだけ惨めな姿を晒す人ならざる者がいる訳がない。
ここにいるのは、一緒に旅をしている彼女は。
…ほんのささやかなことを嬉しがる、ただの少女だろうに。

「行こうぜ、セーニャ」
「カミュ様…」
「お前の凄さは、オレたちが知ってるんだ。それで十分だろ?」
「はい…っ」

きっと、彼女の晒した弱さは、姉であるベロニカは知らないのだろう。
仲睦まじく、ずっと一緒に生きてきたのだとしても。
大好きで、尊敬している姉には伝えられないだろう。
側にいるからこそ言えないこともあるのだ。

差し出した手に、白い手が重ねられた。
しっかりと繋がれた手に迷いはなく、ほんの少し気恥ずかしそうに微笑む彼女が可愛らしく思える。

「ありがとうございます、カミュ様」

花が綻ぶような笑みが、靄がかかっていた心を晴れさせる。
彼女の明るさを取り戻したという喜びが、ゆっくりと胸を満たした。
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