誕生日


人のいない格納庫で、愛機のシステムチェックに夢中になっていると、ピピ、と小さな電子音が響いた。
手元の端末が、グリニッジ標準時間で日付が変わったことを報せたのだ。
普段は使わないタイマーの機能を使っていたことを思い出し、どうするべきか纏まっていなかった頭のまま、静かに真っ暗な画面を見つめる。
とりあえずシステムチェックだけ済ませ、端末を片手に部屋に戻ることにした。

「刹那」
「…ティエリア」
「休まなくて平気なのか?」
「今から仮眠を取る」

ちょうど入れ違いで格納庫に顔を出したティエリアと出会した。
じっと何かを言いたそうな視線を向けるティエリアに首を傾げ、何も言わずに言葉を待った。

「姫に贈るプレゼントは決まったのか?」
「……何故?」
「今日は姫の誕生日だろう。ヴェーダで調べればすぐに出てくる」
「それはそうだが…何故俺が彼女にプレゼントを贈るんだ」
「想いを寄せる相手には、そうした日にプレゼントを贈るものなんじゃないのか?」

さも当たり前だろう、という口調で話すティエリアに、何も言えずに口ごもる。
そもそも彼女とはそんな関係ではない。
想いを寄せるなど考えたことも無かった。
あくまで俺が安寧を願う存在だ。
そう言ったところで、変わらないだろうと一蹴されるであろうことは目に見えている。

「…贈るものは何もない」
「そうか、てっきり会いにでも行くのかと思っていた」

言外に、会いに行ってこいと諭されている。
それくらいの無茶を見て見ぬふりをする心積もりだ、と。
何故そんなにも彼女との関係を気にするのだろうか。

「君に特別視する相手がいることを祝福したいだけだ」

心を読んだようなタイミングで言葉を紡いだティエリアに、今度こそ何も言い返すことができなかった。


自室に戻り、電気もつけずに固いベッドに身を投げる。
四年前よりも人間らしさを身につけた仲間に背を押されるなど、当時の険悪な関係を思い出すと嘘のようだ。
元々の話題に意識が移り、知らず眉間に皺が寄った。
何かを贈ると考えていた訳ではない。
ただ彼女の誕生日なのだと、数年前に知った情報がずっと残っていただけだ。
それでも、意味もなくタイマーをかける辺り、心のどこかではそれを祝福したいと思っているのだろう。

握りっぱなしだった端末の電源を入れ、中東方面のニュース記事をつらつらと表示させる。
情勢は最悪だ。
見せしめのような扱いを受け、砂漠に住まう民は貧困に喘ぎ、疲弊している。
同時にカタロン関連のニュースも呼び出して、静かに嘆息した。
安易に会いに行ける距離でもなく、会うべき関係でもない。
補給・修理のために地球にいるとはいえ、宇宙でも地球でも、アロウズに捕捉されずに会いに行くのは難しいだろう。

「……手紙、か」

五年前に取った方法を思い出し、再び頭を抱えた。
あの時は端末にメッセージを送ったのだ。
今の彼女が端末を携帯しているとは考えにくい。
何を悩んでいるのだと自分に対して呆れながら、暫く暗い天井を見つめた。
ふとあることを思い出し、まともに休みもせず、再び自室を後にした。

「手紙…?あ、便箋ってことかな」
「持っていたら、俺に分けてほしいんだが」
「五年前に使ったきりだから、残ってると思う。探してくるから待ってて…!」

ブリッジにいたフェルトに頼むと、すぐに部屋に戻っていた。
共にブリッジにいたミレイナの興味津々な視線が飛んでくる。

「ラブレターですか?」
「違う」
「むむ、外れたですぅ…セイエイさん、誰にお手紙送るですか?」
「…色々と迷惑をかけた」
「女の人ですね!」
「あぁ」

隠しても仕方のないことではあるのだが、何故だか彼女の名を明らかにするのは嫌だと思う。
だから、満足したのかそれ以上追及してこなかったミレイナに安堵し、ブリッジの外でフェルトを待つことにした。
ほどなくして、白い紙の束を持ってフェルトが戻ってきた。

「はい、これ」
「すまない」
「…刹那にも、手紙を書きたい人ができたんだね」
「迷惑かもしれない」
「そんなことないよ…!きっと大丈夫よ…」

俯きがちに笑ったフェルトに礼を言い、薄く脆そうな紙を抱えて部屋に戻った。



「そっちは大丈夫か?うちの知り合いのお姫様もお元気かい?」
『あぁ、もちろんだ。高貴な御身を匿うというのは少し気負うものがあるが、私の優秀な補佐の願いでもあるからな』
「ご苦労なこって。あー…それで、そっちにひとつ届けたいものがあるんだが」

カタロンの実質的なリーダーになりつつあるクラウスとの定期連絡を取り、数時間前に頼まれた用事を済まそうと切り出す。
話していて、つい思い出して笑ってしまった。
爆撃で崩壊した人気のない廃墟を指定ポイントにし、僅かな雑談ののち、頼まれたものを渡した。

「手紙…?」

真新しい真っ白な封筒を見て困惑した様子のクラウスに、自分も似たような反応をしたなと笑った。
あの表情の変化に乏しい戦士が、見たこともない最大級に困ったような渋い顔をして、丁寧な手つきでそれを渡してきた時は、夢でも見ているのかと自分の目を疑った。

「これは、誰に渡せば…?いや、そもそも誰から?」
「そうだな…寡黙な騎士より砂漠の姫君へってとこかね」
「砂漠の姫君…あぁ、なるほど。寡黙な騎士というのは…」
「おっと、それは秘匿義務ってやつだな」

悪戯っぽく笑いかけ、誰から誰になのかが判ったクラウスが、なるほど…と言葉を漏らした。


「マリナ姫、貴女に贈り物が届きました」
「私に…?」

子供たちと戯れ、素朴な生活に身を隠す皇女に、ライルから渡されたものを渡す。
送り主も宛名も書かれておらず、何の装飾もないシンプルな封筒。

恐る恐る開けると、たった一言。
『おめでとう』
と書かれていた。

「寡黙な騎士から、砂漠の姫君への手紙だそうです」
「彼が、刹那が…」

言葉に詰まり、じっと手紙を見つめる。
言葉にならない感情が溢れているのだろう。

─彼らしい、と笑った皇女の美しい碧い瞳から。
美しい涙が零れ落ちた。
5/17ページ
スキ