運命と踊る


友人がリーン国に返事を出した三日後。
二名の使者とともに騎士団員が数名派遣されてきた。
作戦の主導はこちらに任せたいという使者からの言伝を確認し、作戦立案までの滞在許可が出された。
滞在許可が出るまでに、派遣されてきた人間の素性はあらかた調査させている。
騎士団員には気になる点は見つからなかった。
使者二名は、元は敵対しているはずのアンチェ国にルーツを持つ人間らしい。
表面上はリーン国に従順なのだろうが、腹の底は知れない。
危険因子としてマークし、滞在許可とともに行動範囲は城内のみという行動制限をかけることにした。

「…あまりクレアには接触させたくないな。あの子に余計な事を吹き込まれたくないし、余計な考えを起こさないでほしいからね」
「お嬢さんを城内から退避させるか?」
「いや…早急に決着をつけよう。それが一番手っ取り早いはずだ」
「仰せのままに」


使者たちは昼前に到着し、儀礼的な歓迎パーティーを開いた。
数時間でパーティーは閉幕し、時間を置かず夕食前には作戦会議が行われることになった。
友人と己、使者二名と数名の騎士団員のみが参加する小さな作戦会議の空気は重苦しいものになっている。
騎士団員たちの表情が強張っている。
恐らく実戦経験が少ないのだろう。
あれらは戦力にはならなそうだ。
友人を主導に黙々と進められる会議の最中、部屋の扉がノックされた。
一瞬、誰なのかと不審に思い、友人と視線を交わす。
微かに首を振った友人が幾分硬い声音で入るようにと返答すれば、開いた扉の先には、この場に似つかわしくない友人の妹の姿があった。

「……クレア?」

重苦しかった空気が一瞬で変わる。
華やぐ…とは違うのだろうが、強張っていたものが和らぐとでも言うのだろうか。

「お兄様が、お呼びだと言伝があったのですが…」

彼女のおずおずとした声音に、ハッとした。
友人も予想外の状況であったのか、驚いたように一瞬目を開き、すぐに平静を取り繕って困惑する彼女を室内に招いた。

「…そうか。こちらにおいで…使者の皆、私の妹だ」

よくできた人形のような顔に冷たい微笑みを浮かべる友人の隣に立ち、彼女は優雅に自己紹介を済ませた。
友人の鋭い視線が飛んでくる。
微かに頷き返し、席を立って二人の側に移動した。
腰に据えた剣には、きっちりと手を添えておく。
警戒心を隠すことなく振る舞わざるを得ない程度には、何か妙なことを仕組まれたらしい。
やはり敵は、既にリーン国に紛れ込んでいるのだ。

「─姫様を、使者とするのは如何でしょうか?」

それまで相槌程度の反応しか示していなかった使者の一人が、神経を逆撫でるような言葉を発した。
笑っているような顔も、苛立ちを増幅させる。
反射的に引き抜いた剣を見て、男の言葉が一瞬止まる。
しかし、すぐに開いた男の口からは、だらだらと不愉快な言葉の羅列が垂れ流された。

「て、敵対はしておりますが、アンチェ国は思慮深い国だと聞きます。姫様に停戦協定の旨を伝えていただければ、相手もおいそれと手を出すような事態は避けられるのでは…」
「──貴殿は、私の妹を囮に使いたいと言っているのか?」

地獄の底から響くような低く冷たい声が、使者たちを圧倒する。
底冷えするような怒りを滲ませる兄の珍しい姿を見て、彼女は怯えるように此方に身を寄せた。
彼女の肩に添えられていた友人の手が動き、腰に吊るしたレイピアを握るのが見えた。

「そんな!滅相もありません…!ただ、我が国は武力で劣ります故、戦乱が避けられるならその方が…っ」
「自国からかの国へ戦争を仕掛けておいて何を言うか。今さら戦乱を避けたいと?この共同戦線が泥沼を加速させるのだと理解していて、それでも協力を求めてきたのだろう」
「わ、我々戦線に向かう者たちは、一刻も早い終結を望んでいるのです。此度の作戦は、我々の願いを実現させる大いなる機会であると…っ」
「──もう良い。それ以上の無駄口は許さない」

カツン、と甲高い音を立てて友人の構えるレイピアが床に突き立てられた。
更に言葉を重ねようとしていた使者も、友人の気迫に呑まれ、流石に閉口したようだ。

「…本日の会議は終了だ。明日までに貴殿らの案を撤回しないなら、今回の件は無かったこととする。賭けるべきものは貴殿らの命だけだ」

ピシャリと言い放った友人の言葉に、使者どもは何も言えずに黙り込んだ。
事態の読めない彼女を護るように庇いながら、会議室を後にする友人の背後につく。
彼女の私室には送らず、そのまま彼女を友人の執務室に連れていくことにした。
きっちりと扉の鍵を閉め、室内を注意深く観察する。
侵入者の痕跡もなく、脅威がないことを確認し、友人に軽く頷いた。
執務室に置かれたソファーに友人の妹を座らせると、青ざめた顔をした彼女が、震える声音で言葉を紡いだ。

「お、お兄様…私、お兄様にご迷惑を……」
「あぁ、違うよ、決してクレアのせいじゃない。お前は何も悪くないよ。優しいお前を利用しようとする奴等が屑なんだ。クレアが責任を感じる必要はない、いいね?」
「お兄様が…そう言ってくださるなら…」
「私の方こそ、お前を怖がらせてしまったね。すまなかった」

妹の隣に腰を下ろした友人が、未だに青ざめた顔をしている彼女を抱き寄せる。
宥めるように髪を撫で、落ち着かせるように細い肩を支えた。
暫くすると、泣き出しそうになっていた彼女の様子が穏やかになっていく。
浅めになっていた呼吸も鎮まり、泣き笑いのような笑みを浮かべた。
そんな彼女に問い質すのも悪いとは思ったが、今後の策を練るにも奴等の企みは早々に明らかにしておきたい。

「…お嬢さんは、誰から伝言を受け取ったんだ?」
「使者の方々の歓迎パーティーが終わるまでは部屋で待つように言われていましたので、それまで部屋で過ごしていました…側に居てくれたハンナが気づいたのですが、部屋の入口に紙片が差し込まれていました」
「お前の部屋の入口に…?ということは、クレアの部屋の位置を知っている者が実行犯か…」
「紙片を開いて確認したら、お兄様の居場所とお兄様がお呼びだという内容が書かれていたのです。私には、それが誰からなのかは…」
「いいや、十分な情報だよ」
「紙片は残っているのか?」
「はい、ハンナに預けてあります」

再び俯いてしまった彼女を励ましながら、友人は鋭い眼差しで情報を整理する。
彼女のもたらした情報と、彼の持つ情報を組み合わせながら事態を明らかにしていくことに集中した。

「二階を歩き回れるのは、使用人か城内警備の騎士だけだな」
「…買収されたか。使用人はベテランしか二階に割り当てていないはずだ。炙り出しはアレク、君に一任するよ。早めに頼む」
「ルインを使う。あれは、そういうのが得意だからな」

優秀な右腕に雑務を任せることにし、まずは面倒な事態に巻き込まれた彼女の安全確保を最優先に考える。
完全に堪忍袋の緒が切れている友人が何を選択しても良いように、ざわめく精神を静める。

「クレア、事が済むまで私の部屋で過ごしなさい。アレクの部屋でもいいけれど」

その言葉を聞いて、彼女の顔が一瞬強張った。
怖々とした視線を向けられ、すぐに伏せられてしまう。
彼女の態度に何かを察した友人の問い質すような視線に貫かれ、肩を竦めて後でこってり叱られるのだと諦めた。

「…私がここに居ては、お兄様のお邪魔になりませんか?ハンナもいますし、私は大丈夫ですよ」
「今の城内は不安定だからね、なるべくなら私とアレクの目が届く場所にいてほしいんだ。嫌なら無理強いはしないが…」
「…分かりました。お兄様のお側におります。お邪魔でしたら、すぐに教えてくださいね」

気丈に微笑む彼女を抱き締めると、友人はようやく肩の力を抜いた。
執務室に隣接する私室へと彼女を案内する。
奥に消えた彼女の姿を確認し、友人は大きなため息を吐いた。

「…今回の件も奴等に利用されていると考えるのが妥当かな。リーンなんか障壁にもならない只の駒に過ぎない、か」
「騎士団は利用されているだけだろう。あの使者二人が面倒だな」
「だろうね…奴等に行動制限はかけてあるが、それも時間の問題だ」
「早いとこ共同戦線とやらを終わらせたいな」
「…あと一手がね」

遠距離と近距離を組み合わせたシンプルな作戦を組んだ。
自国の騎士団を戦力の中心とし、戦場に不慣れなリーン国は遠距離を任せる。
我らが騎士団長がいれば敵の頭を沈めるのは造作ない。
敵の頭さえ落とせば、大概の戦闘は終結するのだ。
ただ、何かあと一押しが欲しい。
規模の大きい戦闘になることは目に見えている。
策は多いに越したことは無いのだ。
それを考えると、不意をつけるものがあれば良い。
奴等の提案を呑むことはできないが、それほどのインパクトがあれば敵陣を乱すことはできるかもしれない。
地図を広げ、双方のおおよその戦力を見比べながら、あれこれと議論を重ねる。
夕食もまともに摂らず、すっかり夜の帳が降りた頃。
酷使した精神が限界を迎え、大きなため息を吐いて天井を見上げてしまった。
疲労の見える友人に休むよう声を掛けようとした瞬間。
友人の私室に繋がる扉がゆっくりと開いた。

「お嬢さん?」

どうした、と問うより早く、彼女の唇が言葉を紡いだ。

「…お兄様」

穏やかな彼女が、あまり聞くことのない静かな声音で呼びかける。
その顔が、何かを覚悟したように引き締まっているのを見て、それ以上何も言わないでくれと懇願したい衝動に駆られた。

「会議での案…私でよければ、お引き受けしたいと思います」


これは酷い悪夢であってくれ、と。
願わずにはいられなかった。
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