幕間


正式に騎士団長になる以前より、友人と親しいこともあって城には頻回に出入りしていた。
暇な時は訓練場で訓練なんかもしていたが、大概友人の側にいた。
視察に行けば護衛に付き、妹との面会なら必ず呼ばれる。
城で過ごすようになり、何かが変わったということも無い。
ただ、これまであまり関わり過ぎることがないように注意していた友人の妹には、これまで以上に側にいる機会が増えてしまった。

「君が城内にいて、すぐ側にいるっていう状態は最高だね。やっぱり安心感が違うよ」
「…お前の安心感ではないだろ」
「もちろん、私の可愛い妹が心穏やかに過ごせるという安心感だよ」
「城内なら、オレがいても変わらないだろ」
「何を言っているんだ、アレク。城こそどんな輩が侵入しているのか分からないんだよ。婚約者気取り、犯罪者…何が潜んでいるのか分からない敵地みたいなものだよ、今はね」
「…今はな」

廊下を駆けてくる足音に気づき、音の方に目をやる。
蜂蜜色の髪をふわりと広げ、笑みを浮かべながら駆けてくる人影は、まさしく話題にしていた友人の妹だ。
新しいドレスが届いたらしく、そのお披露目にやってきたらしい。
淡い青のドレスはたっぷりとした広がりを持ち、くるりと回った彼女の白い背中がぱっくりと開いていた。
和やかな笑みを浮かべて褒め称えていた友人の顔が凍りつき、妹の両手を握って一見優しげに言葉をかけた。

「クレア、その新しいドレスもお前によく似合っているね。ただ、少し肌を見せすぎじゃないかな?それはパーティー用ではないよね?」
「えぇ、普段使いのドレスです。肌は…見せていないと思っていたのですけど…」
「随分と背中が見えているよ。まるでパーティー用かと思うほど」

パーティー用のドレスは、華やかな装飾だけでなく肌の露出も増える。
美しく手入れをされた肉体さえも女性の武器であるかの如く、首から肩回りの露出したデザインのものが多い。
露出しすぎたものは逆に品が無いとは言われるが、普段着のドレスに露出したデザインのものはほぼ無い。

「…あの、もし普段のものより背中が気になるなら、最近流行りの新しい薄い生地が使われているって説明を、受けて…」
「おや、本人が気になっても良いように先手を打たれているのか。背中は本人じゃ確認できないしね。アレク、君のコートを」
「……仰せのままに」

着ていたコートを脱ぎ、彼女の背中が隠れるように着せてやる。
多少長めの丈になっているとはいえ、彼女の身体はほぼコートに隠れてしまった。
その間にも、随分とご立腹な友人は彼女から情報を聞き出している。
普段利用している仕立屋の婦人ではなく、新しく雇われたという男が持ってきたこと。
決して兄には見せぬように忠告されたこと。
着替え自体は侍女が手伝ってくれたらしいが、それまでの経緯に不自然な点が多い。

「もしも、こんなに可愛らしい娘が、これほど下心が誘われるドレスを着ていたとして」
「何が言いたい?」
「身分も糞もない下世話な男どもが絶対に手を出さないと、言い切れるだろうか?」
「………」
「それは肯定だと捉えるよ。正面からの婚約者選定は諦めたと思わせて、いっそ傷物にしてしまえば手中に落ちると考えたのかな…笑わせる」

例の男に挨拶に行ってくる、と何らかの制裁を考えているであろう友人の背を見送った。
言いつけ通り、自分に落ち度があるのかと不安そうな顔をしている彼女を宥め、彼女の部屋へと送る。
いつの間にか掛けていただけのコートに袖を通したらしく、袖口まで届かずプラプラと揺れるだけの袖に驚いた様子だった。
小さく、細いと思っていた彼女との体格差に、思わずこちらが驚いた。

「逞しい騎士様には及びませんね。私はこんなにも細くて頼りないのです」
「それでいい。お嬢さんは護られる側だ」

相変わらず上手い言葉の一つも言えない己の返答に嬉しそうに笑みを浮かべた彼女が、照れたように余った袖で口元を隠してしまった。
部屋に戻り、ドレスを着替えるという彼女からコートを受け取る。
妙に良い香りのするコートに、どうしたものかと頭を掻いた。
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